白いスープと死者の街

主道 学

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大根

26話

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 そうだ!
 左手と右肩!?
 見ると、血で洋服が真っ赤に染まっていた。
 すぐに、道路の雑木林から反対側の電信柱に身を潜めて、緊張しながらヨモギやドクダミなど、ガムテープで応急処置をした。

 車が一台。向こうから走って来た。
 ぼくの幸運を一滴残らず絞ったかいがあった!
 電信柱の陰から急いで走行中の車の前に行って大きく手を振った。黄色の車を停めると窓から大家族の方じゃない田中さんが顔をだした。

「ぼく! どうしたんだ? 怪我しているじゃないか?!」
 その時、雑木林から大原先生が現れた。
 その恐ろしい形相と凶器を見て、田中さんは真っ青になった。助手席のドアを開けて叫んだ。
「早く乗って! 早く乗って!」
 田中さんはぼくを乗せて車を急発進した。
 大原先生が走って追いかけてくる。

「なんだ! なんだ! あ、ぼく! 掴まって!」
 のっぺりとした丸顔が恐怖で歪む。
 田中さんは焦ってアクセルを全開にした。
 ぼくはこれ以上ないほど眠くなってきた。隣の田中さんが何か必死に前方を見つめて叫んでいたけど、ぼくは泥沼のような眠りに沈んでしまった。


 目を開けると、薬品と埃の匂いがする部屋だった。
 ぼくはベットにいた。
 病院?
 ぼくは辺りを見回した。
 あ、そうだ。

 村外れの村田診療所だ。昔、大熱をだして心配した母さんに連れてこられたことがあるんだ。
 ベットの隣には、丸っこい母さんが座った状態で眠りこけていた。
 脇の時計を見ると、今は午後の11時だ。
「助かった!」
 ぼくは自分でも解らないけど大声を張り上げていた。
 空想が一部壊れてしまったからだろう。
 ぼくは恐怖と戦うには空想しかないんだ。
 でも、大丈夫。

 まだまだ、空想はいっぱいある。
 隣の母さんが起きた。
「まあ、起きたの歩! よかった! ……大変だったわね。父さんもおじいちゃんも感
心していたわ。大原先生から無事に逃げていたって田中さんから聞いて。犯人が大原先
生だったって、みんな信じられないって大騒ぎしてたのよ。……あら、こんなこと子供に話してもいいのかしら? 田中さんに後で必ずお礼を言いなさいね」
 これで、ぼくの冒険は進行しやすくなった。
 大原先生に殺人未遂罪を着せられる。
 後は裏の畑の子供たちを助けなきゃ。

「リンゴ剥く? それともご飯?」
 母さんは優しくしてくれた。
「リンゴ」
 丸っこい母さんはテキパキとリンゴを剥いてくれた。
「食べ終わったら、母さん。ちょっと、下へ行ってくるわね。父さんたちに電話で話さなくちゃ。ご飯はその冷蔵庫の中にお弁当があるわ。お腹空いているでしょ」
「うん」
 ぼくはリンゴを口に頬張りながら、母さんがリュックに気が付いたのだろうかと、一瞬考えた。あのリュックの中身には止血剤とかがあるからだ。

 見つかるとどうなるのだろう?

 長い間、犯人の大原先生と戦っていたと思われるかも知れない。
 勇気を褒められるかも知れないし。
 無謀だったと怒られるかも知れない。
 けれども、事件はまだ終わっていない。
 これからが、本当の調査なんだ。

 ぼくは赤い染みのある包帯を見つめていたけど、痛みどころか鉈の傷による凹凸も左手と右肩にないことに手で触って気が付いた。
「あれ? ぼくの傷が治っている?」
 点滴の血液がぼくに流されているかと思ったら、点滴には透明な液体が入っていた。
 輸血しなくてもよかったのかな?
 ぼくは興味本位で左手の傷を確認するために包帯を解いた。

 何ともなっていない!

 左手は傷がないばかりか痛みもまったくなかった。
 あれだけ恐ろしかったことが夢?
 そんなことはないはずだ。
 だって、ここは病院だもの。
 母さんに聞いてみよう。
 丁度、母さんが階下から電話を終えて、戻って来た。

「あら、リンゴ一つじゃ足りないわよね。お弁当食べな。今、お茶を買ってくるわね」
「母さん。ぼくの傷や血は酷かった?」
 母さんは真っ青な顔になって、心配そうな声色になった。
「ええ。村田先生も驚いていたわ。でも、村田先生はその後に診察室に一人閉じこもっているの」
 何かある!
 きっと、これから必要になってくる知識のはずだ。
「母さん。頼みがあるんだ。隣の村田先生に聞いてきて、傷の様子が可笑しいんだ」
「まあ!」
 ぼくは咄嗟に嘘をついた。

 母さんは青い顔で村田先生がいる診察室へと走って行った。
 しばらくすると、ぼくは慎重に起き出して病室を出て、母さんに気付かれないように後を追った。
 点滴を押して薄暗い廊下を音を立てずに歩くと、階段があった。昔の記憶が正しければここは二階建で、診察室は一階にあるんだ。

 真っ暗な階下で母さんが診察室のドアを控えめにノックし、返事を待っていたところだった。ぼくは階段から屈んで聞き耳を立てた。
 村田先生が顔を出した。
「歩君の傷のことだね。中へ入って」
 神妙な面持ちの白髪の村田先生と母さんが診察室へと入ると、ぼくは古く薬品の匂いのする木製の階段の隙間で固唾を飲んだ。

 少し戸惑いの声が村田先生の口から出ていた。
「歩君の体。正確には傷から。高濃度の農薬とオニワライダケの成分が検出されている。さっぱり解らないが、前にもこんなことがあったんだ。隣……でね。その農薬は……。というより、今でも毒性が認められているオニワライダケにはまだ明らかになっていない成分が……。その成分と高濃度の農薬の影響かは解らないが、歩君の体内は今は仮死状態になっている……。何故か動けるんだがね……。」

 中々聞き取れない。

 ぼくは点滴を持って一階へ行こうかと思ったが、母さんの不安な声と鳴き声が同時に聞こえた。
「まあ! 歩はどうなるんですか?」
「現状では隣町の総合病院へ入院した方がいい。農薬には精神面への影響もあるし、毒性の強いオニワライダケの方も心配だ。私が推薦状をだすから。さあ、奥さん。今は何とも言えないけど、これから健康になる可能性を否定したら。我々は何もできないんだ。今日はもう遅いから明日歩君とゆっくり今後の相談をした方がいい」
 母さんのすすり泣く声が診察室のドアから漏れ出した。



 ぼくは閃いた。
 農薬だったんだ!
 裏の畑で大根が辛くなったのは!
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