白いスープと死者の街

主道 学

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白いスープ

31話

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「ほれほれ。ほれほれ」
「ほれほれ。ほれほれ」
「ほれほれ。ほれほれ」
 硬質な声が複数聞こえる。

 あの人形のような声だ。
 心臓がバクバク鳴りだして、呼吸が苦しい。耳が激しい心臓の音で聞きにくい。
 冷や汗を必死で両手で拭うと、頭をフル回転した。
 きっと、ぼくは今は仮死状態だからだろう。
 捕まったら食べられるのかも知れない。
 慌てて時計を見ると、夜の12時だった。

 ナースコールを押しても誰も返事をしない。この病院もどこかおかしい。
 ベットから降りて床に足を静かに置くと、ぼくはここ四階の室内から廊下を覗く。硬質な声はどうやら近くの階段を上がってきているみたいだ。
 点滴の針を腕から外して、廊下へ出た。
 針を抜いたから少し血が出るかと思ったけど、血は出ない。
 入院患者は皆、寝静まっている。この時間だからか、定かでないけど、廊下を歩く医師や看護婦もいない。
 ここは本当に病院なのだろうかと疑問が過る。
 ぼくには誰もいないどこかの廃病院に思えた。
 壁には手摺がつけられ、右側の西階段から硬質な声が聞こえる。ぼくはその反対の東へ向かった。そこにはエレベーターがあるはず。

 もう消灯時間が過ぎているから蛍光灯が弱く辺りを照らしだしていた。入院患者を起こさない限り。みんなには危険はないと思う。頼りない蛍光灯の明かりでエレベーター前まで歩く。そこまで行くと何だか蒸し暑い空気に息苦しさを感じた。
 周りに意識が集中される。けれど、空想の世界だと容易に思える。
 よし、大丈夫だ。
 ぼくは犠牲者になるわけにはいかないんだ。

「ほれほれ、ほれほれ」
「ほれほれ、ほれほれ、ほれほれ」
 硬質な声の歩く音が徐々に近づいてきた。でも、院内だから反響しているし、どれくらい近いかよく解らない。
 ぼくはそこで思う。
 一体。この声の主たちはどういう人なんだろうか?
 不死の儀を使った人達なのだろうか?
 それとも……村の人たち?

 心臓の鼓動が激しすぎるのに気が付き、ぼくは吐き気を催した。 
 エレベーターで下のボタンを何度か押して、ぼんやりしてきた頭を振った。
 エレベーターが来るまで少し壁に手をついて体を休めることにした。額の汗が大量に浮き出ていた。ここで吐いてしまえば楽になるかも知れない。
 こんな時に幸助おじさんがいてくれたなら。
 ぼくは切実な思いを抱いて嘔吐した。
 床にばら撒かれた吐しゃ物は、何故かほとんど消化されていなかった。
 朝食べたものがそのままの形で床に転がる。
 ぼくの体はどうしてのだろう?
 仮死状態だからだろうか?

 ゴクリと不気味な音がして、突然、後ろから肩を掴まれた。
 ぼくは心臓が跳ね上がり、ハッとして薄暗い廊下で恐る恐る後ろを振り向くと真っ青な顔の大原先生だった。
 服装はボロボロで、元はスーツ姿だったはずが今は見る影もない。
「歩君。 村の人たちは私が何とかするから。逃げていいのよ……」
 大原先生は真っ青な顔だけど優しかった。
「大原先生? 一体何が起きているの? ぼくの家の裏の畑でバラバラにされても生きている子供たちはどうしたの? やっぱりもうこの世にはいないの? ぼくは今まで一人ぼっちだった……。誰も助けてくれないんだ! でも、今までは空想で助かっていたけど。これからもそうだといいけど、もう無理! 誰も助けてくれない!」
 ぼくは大粒の涙を流しながら大原先生に訴えた。
 ぼくは孤独だったのだ。

 今まで人に話したことがないことや、秘密が自然に口からあふれ出した。
「ほれほれ、ほれほれ」
「ほれほれ、ほれほれ、ほれほれ、ほれほれ」
 硬質な声がすぐそばまで追いついてきた。
 大原先生は苦悶の表情で立っていたけど、ぼくに白い液体の入った瓶を渡した。後ろを向いて歩きだした。
「後にして! 助けてあげるわ! 村のためだけじゃないの! なんとか説得します! その瓶の中身を飲みなさいね!」
 エレベーターの扉が開いた。

 ぼくは真っ暗なエレベーター内へ泣きながら入ると、大粒の涙を拭って勇気を振り絞った。
 一階のボタンを押してみると、エレベーターはゆっくりと降下音を発した。
 瓶の中身は白いスープのように濁っていた。

「怖くない。怖くない。ここは夢の中だ。きっと、今頃はぼくは病室で眠っているんだ。そして、ここは心霊スポットで有名な廃病院を探索する夢を見ているんだ。きっと、大原先生や硬質な声で人形みたいな人達は役者で、ぼくを驚かそうとしているだけだ」
 そう自分に言い聞かせていると、扉がゆっくりと閉じている間に聞こえていた声を思い出す。
 廊下の先には大原先生の説得の声が聞こえていたんだ。
「村の事情は……でも、わかります! もう……止めるのもいいかも……だから……」
 ぼくには聞こえた話を整理する気力もない。
 力なく涙を拭いていると、大粒の涙が零れ落ちている。同時に激しい金属のぶつかり合う音も思い出す。
 一人ぼっちでブーンとか細い音がするので上を見ると、照明の明かりは消えかかり一匹匹の蝿が周りを飛んでいた。

 それを見て恐怖で圧迫された頭の片隅で、一つの考えが浮かんだ。


 ぼくの検査結果!
 そうだ、ぼくの検査結果を見つけないといけないんだ!
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