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不死の儀
36話
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車の停車する音と共に外が騒がしくなる。
薄暗いあばら屋の中の奥まで、両手と両足と胴体を順に引きずっていた大原先生は、呼吸を荒くして。ぼくに合図した。
ぼくは恐る恐る。村の人たちの顔を覗くと、それは、人形のような硬質な蝋がべったりと顔中にくっついた顔だった。体も所々に腐敗した腐肉が覗き。蝋で固めてあった。今でもじくじくと不定期に動いている。
生きているの?
どうしてそんなになったの?
「大原先生? この人は?」
「しっ、隠れて!」
ぼくはひやりとした。小声だったけど、よく耳に入る声で、後ろから複数の声が聞こえているのに気が付いた。
慌てて柱を避けて藁に身を隠したけど、薄暗い空間で静かだから隠れても同じ意味。
ぼくは腐臭を我慢して、体の震えを抑えた。
「いやー、四部木が死にそうだっていうから。来たんだが。こりゃ、死人が出るな」
知らない声だ。
ぼくは震える体を摩って、この声の主は誰だろうと考えた。
急に空想が頭に溢れた。
そうか!
三部木さんには会っているから、この声は二部木さんか田中さん一家の人だ。
「また食うか」
すぐに荒っぽい笑い声がする。
この声の主は三部木さんだ。
ぼくは悲しい。
涙が次から次へと流れても、とても悲しかった。
また悲しい歌を心の中で歌った。
涙を拭いても拭いても、嗚咽しそうでしばらく両目をごしごし拭いていた。この惨劇を呼んでいる事件は、一体何?
真相は何?
「まあ、夜だな。夜に見つかるよ。ほんじゃ、お前。夜にガキたち連れてくるからな」
「俺。死なねえから、腹減って腹減って」
三部木さんの声ともう一人の声が、笑っていた。豪快な笑いで。二人は悲しかったんだ。罪の意識もなにもないんだね。ぼくは二人以外の人が一度も笑ってもいないし、話してもいないことに気が付いた。
でも、確かに誰かもう一人いるんだ。
「次はあの学校か。確か稲荷山小学校だな。あの俺たちを嗅ぎまわっているガキがいる学校だから、食うのはいつまでも覚えてって腹が膨れるかもな」
三部木さんの声で、ぼくはカチンときた。
すぐに藁から抜け出して、あばら家から外へ歩き出した。
静かに呼吸を整えて、三人の間へ向かった。初めて見る三部木さんと、二部木さんと、もう一人は村の人だった。
ぼくは大人たちに叫んだ。
「やーめーろー!!」
ぼくは何をしているの?
大人たちに引っ張られ、捕まって……。
三部木さんの腕からは、物凄い力がみなぎっていた。ぼくの腕や頭や髪は、所々に痛みを発している。
「ほれほれ。ほれほれ。こっちだ、こっちだ」
村の人は、蝋で固まった硬質な声を出しながら、ぼくをこの不死の儀の村で一番大きいあばら家へと歩けと引っ張っているようだ。今では、ぼくの両腕は二部木さんと三部木さんが互い互いに笑いながら、あちこち引っ張り回している。
カラスの鳴き声が辺りに響いて、数羽がこちらに向かって降りて来た。
きっと、カラスもお腹が空いているのだろう。
ぼくは怖くはない。
悲しい歌を口ずさんで、俯いていた。
これは、きっと、彼らに対してだ。
ぼく自身はまったく悲しくない。でも、彼らは悲しい。そう、ぼくは彼らを悲しんでいるんだ。
大原先生は、きっと、どこかでガソリンを撒いているはずだ。
もう、ぼくを気にせずに村に火を点けてもいい。
何なら、この悲しい。そして、黒い街ごと……。
全て何もない灰色にしてしまえばいいんだ。
悲しいこともなく。殺人もなく。
子供たちはどこへ消えたの……。
街の人たちもいっぱい関わっていたし、もう街に呑み込まれてしまったの……。
あばら家の奥まで、ぼくは歩かされた。そこは一段と暗く。腐臭の臭いが強かった。
「坊主。お前一人か? そうじゃなくてもいいが、どうせ、村田先生か大原先生がいるんだろう?」
三部木さんが、古い木々の香りのするあばら家の柱へとぼくを、縛った。丁寧な縛り方だったけど、何故かしら? 優しさもあった。
ぼくのおじいちゃんの部屋より十倍もある部屋。黒く燻っている藁が目立ち。農具が壁に至る所に立て掛けられてある。
この集落で、もっとも古い農家の家のようだった。
ぼくの体はグルグル巻きみたいだけど、顔は無事で何でも話せられた。
「あの人たちはなあ……悲しいのさあ……人を食わぬ」
村の人が呟いた。
「食わねばのう……。食わねばのう……。生きていけない体じゃのう……」
「違う! そんなわけない! 大原先生たちは悲しいわけじゃない!」
ぼくは叫ぶと、ひどい空腹感がなくなって両腕に力が戻った。それらを一杯に動かそうとした。
何故? それはぼくの心が叫んでいるからだ。
「悲しい人は、きっと自分では気が付かないんだ! 大原先生は気が付いていたんだ! 人を殺したって、殺さなきゃならないんだって、きっと、ずっと悲しんでいたんだ!」
目の前の二部木さんと三部木さんが、一瞬、笑うのを止めた。
二人はびくびくと頬が痙攣してきた。
まるで、一見。怒っているようだけど、どこか涙がでてきそうな顔にも見えた。
「そうかー。そうかー」
二部木さんが、納得するかのように頷く。けれど、次の言葉は、ぼくを苛立たせた。
「人は美味いんだぞー」
不気味な声だった。
村の人はぼくをただじっと見つめている。
ぼくは口をいっぱい開けて、叫んだ。
「さあ、ぼくは怖くはない! これからも、こんなことを、いつまでも続けていればいいんだ! いつだって、死ねる! 死ぬののどこが悪い!」
二部木さんが再び頬をびくびくと痙攣し、自然な涙を流していた。
拳を振り上げた。
でも、二部木さん拳は三部木さんの腕で止まった。
拳を降ろした二部木さんは、このあばら家の奥の木枠へと歩いて行った。
「お前にいいものを見せてやろう」
振り返った二部木さんの顔には、微笑みが張り付いていた。
薄暗いあばら屋の中の奥まで、両手と両足と胴体を順に引きずっていた大原先生は、呼吸を荒くして。ぼくに合図した。
ぼくは恐る恐る。村の人たちの顔を覗くと、それは、人形のような硬質な蝋がべったりと顔中にくっついた顔だった。体も所々に腐敗した腐肉が覗き。蝋で固めてあった。今でもじくじくと不定期に動いている。
生きているの?
どうしてそんなになったの?
「大原先生? この人は?」
「しっ、隠れて!」
ぼくはひやりとした。小声だったけど、よく耳に入る声で、後ろから複数の声が聞こえているのに気が付いた。
慌てて柱を避けて藁に身を隠したけど、薄暗い空間で静かだから隠れても同じ意味。
ぼくは腐臭を我慢して、体の震えを抑えた。
「いやー、四部木が死にそうだっていうから。来たんだが。こりゃ、死人が出るな」
知らない声だ。
ぼくは震える体を摩って、この声の主は誰だろうと考えた。
急に空想が頭に溢れた。
そうか!
三部木さんには会っているから、この声は二部木さんか田中さん一家の人だ。
「また食うか」
すぐに荒っぽい笑い声がする。
この声の主は三部木さんだ。
ぼくは悲しい。
涙が次から次へと流れても、とても悲しかった。
また悲しい歌を心の中で歌った。
涙を拭いても拭いても、嗚咽しそうでしばらく両目をごしごし拭いていた。この惨劇を呼んでいる事件は、一体何?
真相は何?
「まあ、夜だな。夜に見つかるよ。ほんじゃ、お前。夜にガキたち連れてくるからな」
「俺。死なねえから、腹減って腹減って」
三部木さんの声ともう一人の声が、笑っていた。豪快な笑いで。二人は悲しかったんだ。罪の意識もなにもないんだね。ぼくは二人以外の人が一度も笑ってもいないし、話してもいないことに気が付いた。
でも、確かに誰かもう一人いるんだ。
「次はあの学校か。確か稲荷山小学校だな。あの俺たちを嗅ぎまわっているガキがいる学校だから、食うのはいつまでも覚えてって腹が膨れるかもな」
三部木さんの声で、ぼくはカチンときた。
すぐに藁から抜け出して、あばら家から外へ歩き出した。
静かに呼吸を整えて、三人の間へ向かった。初めて見る三部木さんと、二部木さんと、もう一人は村の人だった。
ぼくは大人たちに叫んだ。
「やーめーろー!!」
ぼくは何をしているの?
大人たちに引っ張られ、捕まって……。
三部木さんの腕からは、物凄い力がみなぎっていた。ぼくの腕や頭や髪は、所々に痛みを発している。
「ほれほれ。ほれほれ。こっちだ、こっちだ」
村の人は、蝋で固まった硬質な声を出しながら、ぼくをこの不死の儀の村で一番大きいあばら家へと歩けと引っ張っているようだ。今では、ぼくの両腕は二部木さんと三部木さんが互い互いに笑いながら、あちこち引っ張り回している。
カラスの鳴き声が辺りに響いて、数羽がこちらに向かって降りて来た。
きっと、カラスもお腹が空いているのだろう。
ぼくは怖くはない。
悲しい歌を口ずさんで、俯いていた。
これは、きっと、彼らに対してだ。
ぼく自身はまったく悲しくない。でも、彼らは悲しい。そう、ぼくは彼らを悲しんでいるんだ。
大原先生は、きっと、どこかでガソリンを撒いているはずだ。
もう、ぼくを気にせずに村に火を点けてもいい。
何なら、この悲しい。そして、黒い街ごと……。
全て何もない灰色にしてしまえばいいんだ。
悲しいこともなく。殺人もなく。
子供たちはどこへ消えたの……。
街の人たちもいっぱい関わっていたし、もう街に呑み込まれてしまったの……。
あばら家の奥まで、ぼくは歩かされた。そこは一段と暗く。腐臭の臭いが強かった。
「坊主。お前一人か? そうじゃなくてもいいが、どうせ、村田先生か大原先生がいるんだろう?」
三部木さんが、古い木々の香りのするあばら家の柱へとぼくを、縛った。丁寧な縛り方だったけど、何故かしら? 優しさもあった。
ぼくのおじいちゃんの部屋より十倍もある部屋。黒く燻っている藁が目立ち。農具が壁に至る所に立て掛けられてある。
この集落で、もっとも古い農家の家のようだった。
ぼくの体はグルグル巻きみたいだけど、顔は無事で何でも話せられた。
「あの人たちはなあ……悲しいのさあ……人を食わぬ」
村の人が呟いた。
「食わねばのう……。食わねばのう……。生きていけない体じゃのう……」
「違う! そんなわけない! 大原先生たちは悲しいわけじゃない!」
ぼくは叫ぶと、ひどい空腹感がなくなって両腕に力が戻った。それらを一杯に動かそうとした。
何故? それはぼくの心が叫んでいるからだ。
「悲しい人は、きっと自分では気が付かないんだ! 大原先生は気が付いていたんだ! 人を殺したって、殺さなきゃならないんだって、きっと、ずっと悲しんでいたんだ!」
目の前の二部木さんと三部木さんが、一瞬、笑うのを止めた。
二人はびくびくと頬が痙攣してきた。
まるで、一見。怒っているようだけど、どこか涙がでてきそうな顔にも見えた。
「そうかー。そうかー」
二部木さんが、納得するかのように頷く。けれど、次の言葉は、ぼくを苛立たせた。
「人は美味いんだぞー」
不気味な声だった。
村の人はぼくをただじっと見つめている。
ぼくは口をいっぱい開けて、叫んだ。
「さあ、ぼくは怖くはない! これからも、こんなことを、いつまでも続けていればいいんだ! いつだって、死ねる! 死ぬののどこが悪い!」
二部木さんが再び頬をびくびくと痙攣し、自然な涙を流していた。
拳を振り上げた。
でも、二部木さん拳は三部木さんの腕で止まった。
拳を降ろした二部木さんは、このあばら家の奥の木枠へと歩いて行った。
「お前にいいものを見せてやろう」
振り返った二部木さんの顔には、微笑みが張り付いていた。
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