白いスープと死者の街

主道 学

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不死の儀

37話

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 三部木さんは、また荒い笑いを発した。
 いつの間にか、奥の木枠から子供たちの泣き声が複数していた。
 確かに、幼稚園児の声だ。
「へっへっ、これから、お前の目の前で食ってやる。内臓も胃袋も。血も」
 二部木さんがそういって、あばら家の奥の方まで来ると。

 バン!

 奥から何かが破裂する大きな音がした。
 この世のものとは思えない大きな驚きの声が、後ろからぼくの耳をつんざいた。
 ぼくは助けが来たんだと嬉しくなった。
 きっと、大原先生だ。

 けど、こちらに血相変えて逃げて来た三部木さんの後ろには、散弾銃を構えた村田先生がいた。
 大原先生も、村田先生の後に続き。鉈のような形状の刃物を振り回しながら、二部木さんと三部木さんを追い回す。
 あばら家は、猟奇的な空間へと変貌した。
 当然、二部木さんも三部木さんも死なない。
 バン!
 村田先生の散弾銃を浴びても、二人は逃げおおせ。腐臭漂う。濁った空気のあばら家から。やっとのことで外へ停めてある車に体をねじ込んでいた。
 でも、村の人は別だった。

「ほれほれ。ほれほれ」

 村の人は大原先生と村田先生へと近づいて鍬を振り下ろした。



 酷い形相の大原先生が狂気に任せて刃物を振り回している。
 村田先生の散弾銃が何度目かの火を吹いても村の人は死ななかった。
 それを、ぼくはじっと、縛られたまま見守っていた。
 また、悲しい歌を歌っていた。


 鉈と散弾銃で村の人がバラバラにされ、二部木さんと三部木さんが車で逃げ帰ると、ぼくは大原先生に縄をほどいてもらった。
「歩君。村の人や田中一家が大勢来てしまう。もうすぐに燃やすしかない。この村の秘密を話すわね。この子にすべて話すわ。村田先生は外を見張っててください」
 大原先生は学校の先生とは、程遠い醜く恐ろしい形相の中に仏さまのような慈愛がこもった目で、ぼくを見つめていた。

 ぼくは学校の授業を思い出していた。
「1883年の飢饉で、その時はもともと貧困のお百姓さんたちが餓死していたの。徳川幕府は市中にたくさん御救小屋を設置したのだけど、救いを求めている人たちは70万人もいた。百姓一揆や打ちこわしとかまだ歩君は知らないことを、その当時の人たちはしていたの。でも、毎日100人から200人の餓死者がでたわ」
 いつもの学校の先生だ。
 大原先生?
「でもね。まったく餓死者がでなかった場所があるの……」
 ぼくは、また悲しい歌を歌った。
 心の中で……。

 そう。その答えはもう知っている。
「そう、この街です」
「大原先生? 村の人は200年近く生きていたの?」
 大原先生は、頷き。そして、首を振った。
「彼らは生きていないところもあるの。呪い? いえ、自然よ……。永久腐敗。それが彼らの身に起こったことだった。それがこの世のものとは思えない悲劇を産んでいるの。そう、私もそうなの……彼らと同じ……人を食べないといけない体なの……」
「え?」
 大原先生は醜い顔のまま。女の子のように泣き出した。
「ごめんね……。ごめんね……。歩君……」

 ぼくはそんな大原先生に何も言えなかった。
 大原先生も悲しい人だった。
 不死の人たちはみんな悲しい。

「私も同じなの……人を食べないと生きていけないの……生きていけないの……」


 大原先生は泣き崩れ、同じ言葉を繰り返し繰り返し、嗚咽しながら吐き出していた。

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