ウロボロスの世界樹

主道 学

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赤い月

初のデート

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 私はルゥーダーの体に入っていた。
「何人死んだ」
 カルダがまるで呪いを呟くように言う。
「星の数ほど……」
 ルゥーダーが答える。
「生き残っている者がいるのなら死を……金を払え……おぼろげなのを纏い死を……金を払え……」
 ルゥーダーはそんなカルダを優しい眼差しで見ていた。

 翌日。安浦の元気な声で目を覚ました。
「おはようございます! ご主人様!」
「解った。今行くよ」
 私は携帯の時計を見た。朝の9時だった。今日は祝日。仕事も休めて生まれて初めてのデート。軽く顔を洗って、着替えはラクダ色のワイシャツと青のジーンズ。朝食は食べなかった。
 ウキウキして外に出ると……。安浦は緑色のゴチャリとしているフリルが一杯付いたブラウスと、スカイブルーのフレアスカートとの格好だった。髪はロングヘアーで、小柄でポッチャリしている容姿は可愛らしい人形のようだ。

 私は少し長めの髪をぽりぽりと掻いてから、
「どこに行こうか?」
「遠くてお金かかるけど渋谷に行きましょう」
 私は安浦の手を握って東京の渋谷に向かった。
 電車の中では緊張しっぱなしだ。安浦も可愛いと思い始めたのだ。車内では快適に走る電車は、祝日のためか今の時間帯は人が疎らだった。
 渋谷の雑踏が心地よい。人々の行き交う景色を眺め、俺にも彼女ができたのか……。私は感慨深くなる心を踊らした。でも、私は呉林を……。
「ご主人様。朝食は?」
「まだだ。安浦は?」
「へへん。まだです」
 少しピントが……ズレているのかも知れないが、とても可愛い彼女が出来た。思えば、この26年間。本当に何もしていなかった。恋人どころか仕事も。中村・上村には悪いが、一生懸命にやっていると言った仕事も、本当は真剣に打ち込んだことは私には皆無だった。
 でも、今は違う。彼女も出来て……あ、呉林はどうしよう。やっぱり、今は仲間だと思って、食事のお礼ということにしようか?取り敢えず、南米に行くために仕事にも精がでるようになった。

「ご主人様。知ってますか。渡部くんはこの辺りで歌を歌っていたんですよ」
「ふーん」
 安浦は生き生きとした笑顔をしている。こんな笑顔は初めて見た。
「あたしは偶然出会って……。渡部くんったら、歌がうまいのよね。私も歌の練習をもちっと、しようかしら」
「俺はカラオケに行った時はないんだ。中村や上村は、あ、バイト仲間なんだが、二人は結構行っていたな。俺の娯楽は、まあ娯楽ばかりしていたが、パチンコと競馬が好きなのさ。中村や上村とは最近はプライベートではあまり会わないし。いつも一人で……」
 キンモクセイの近くを通る。。
「いいな。バイト仲間。あたしも独りぼっち。でも、あたしのバイトはお給料がとてもいいの」
「へえ。どんなバイトなんだ」
 安浦はしばらく俯くと、
「メイド喫茶」
 呟くような言葉だったが、私は合点がいった。

「それは……天職なんじゃ」
 安浦は急に微笑んで、
「あたし。人をもてなすのが好きなの。大好き。小さい頃から……」
「そうなのか。俺はメイドとかよく知らないが……。ま、いいか」
 安浦は顔を上げた。
「ご主人様! 大好き!」
 私の手を思いのほか強く握り、私も柔らかく握り返した。
 そんな二人の後を何かが走ってきた。
「あぶねえぞ! コラァ!」
 私は咄嗟に安浦の手を引張り、こちら側に引き込んだ。

「危ないじゃないか!」

 私は生まれて初めて人のために怒声を発した。よく見ると……渡部だった。
 蕎麦の重箱を片手に担いで、片手で自転車を器用に運転している。
「あ、赤羽さん?」
 どうやら、出前中のようだ。渡部はこちらに謝ると人混みの間を器用に走り去って行った。
「渡部くん。お蕎麦屋のバイトしているんだ」
 安浦が感心しているが、私は渡部の急な性格の変化のほうに、呆気にとられていた。乗り物に乗ると、性格が変わるのだろうか?
「なんか、お蕎麦食べたいな、あたし」
「俺も」
 私たちは金が惜しいので、立ち食い蕎麦屋を探しだした。
 渋谷は平日でも電車の昇降量は一日平均60万人。見渡す限り、人、人、人。とても賑やかで、若者に人気で、恐らく渡部はこの近辺にちょくちょく来るのだろう。彼の歌の精神はこの若者の街からきているのかも知れなかった。

 車のリズミカルな騒音の風を感じ、灰色だが活気がある空を感じる。そんな自由な歌声は渋谷の雑踏が産んだのだろう。
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