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第394話:庭師の恋、王女の決意
しおりを挟む聖域が古代技術による急速な発展に沸く一方で、地下都市の最上層にある「秘密の花園」には、地上とは違うゆったりとした時間が流れていた。
天井の岩盤の隙間から差し込む陽光の下、セフィアは泥だらけになって土を耕していた。
「よいしょ……、よいしょ……」
その額には汗が滲み、白い頬には泥がついている。
便利な「全自動耕運機ゴーレム」を使えば一瞬で終わる作業だ。だが、彼女は頑なに自分の手で鍬(くわ)を振るっていた。
「セフィア様、手伝いましょうか?」
花園を訪れたイザベラが声をかけると、セフィアは顔を上げて、花のように綻ぶ笑顔を見せた。
「いいえ、大丈夫ですイザベラ様。……私、知らなかったんです。土がこんなに重くて、温かいものだったなんて」
セフィアは愛おしそうに、植えたばかりの苗にジョウロで水をやった。
「数千年の間、私は魔力だけでこの都市を管理していました。指一本動かさず、思うだけで全てが叶う世界……。でも、そこには『育てる喜び』はありませんでした。だから今、こうして不便な思いをして、汗をかいて、少しずつ花が育っていくのが……たまらなく幸せなんです」
その言葉に、イザベラはハッとした。
かつて盲目だった頃の自分。何もできず、ただ守られるだけだった日々。
そこからアキオに救われ、光を取り戻し、収穫祭の責任者を務めるまでに成長した自分。
セフィアの姿は、かつての自分と重なり、そして同時に、今の自分に足りなかった「最後の覚悟」を教えてくれているようだった。
(……ああ。私も、もう『守られるだけの姫』ではいられない)
イザベラはセフィアの隣にしゃがみ込み、一緒に草むしりを手伝い始めた。
「セフィア様。貴女はもう、立派な聖域の『庭師』ですわ」
「庭師……。ふふ、素敵な響きですね」
◇
その日の夕暮れ。
イザベラは、新・中央館のテラスで風に当たっていたアキオの元を訪れた。
夕日に照らされた彼女の横顔は、いつもの儚げな美しさではなく、凛とした大人の女性の強さを帯びていた。
「アキオ様。少し、よろしいでしょうか」
「ん? どうしたイザベラ。改まって」
アキオが振り返ると、イザベラは一歩近づき、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「明後日は、何の日か覚えていらっしゃいますか?」
「忘れるもんか。君の二十歳の誕生日だ。……そして、約束の日だろ?」
アキオの優しい声に、イザベラは深く頷いた。
出会ったあの日。まだ幼く、怯えていた彼女に、アキオは言った。「二十歳になるまでは手を出さない。大人の女性になるまで待つ」と。
その約束を守り、大切に育ててくれた数年間。
「わたくし、ずっと待っておりました。アキオ様の妻になれるその日を。……でも、待っているだけではいけないと、今日セフィア様を見て気づきましたの」
イザベラは、そっとアキオの胸に手を当てた。
「アキオ様。わたくしはもう、貴方に守られるだけの少女ではありません。この聖域の、そして貴方の『九番目の妻』として、貴方を支え、共に歩む覚悟ができました」
「イザベラ……」
「ですから……もう『待つ』のはおしまいです。誕生日の夜……わたくしを、貴方の本当の妻にしてくださいませ」
それは、王女からの、そして一人の恋する女性からの、愛の宣戦布告だった。
アキオは彼女の腰に手を回し、引き寄せた。
「ああ。覚悟しておけよ。……今まで待たせた分、たっぷりと愛してやるからな」
誓いのキスは、甘く、そして情熱的だった。
長い助走期間を経て、ついに聖域の太陽の王女が、その花を咲かせる時が来たのだ。
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