五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
33 / 400

第33話:森色の衣と開かれゆく心

しおりを挟む
 セレスティーナとレオノーラがアキオたちの離れで保護されてから、季節は晩秋から初冬へと移り変わろうとしていた。森の木々はほとんど葉を落とし、朝晩の空気は肌を刺すように冷たい。しかし、アキオたちの小屋の中、そして離れの中は、暖炉の火と人の温もりで満たされていた。

 最優先課題だった二人の衣服作りは、アヤネとシルヴィアを中心に、家族総出で着々と進められていた。シルヴィアが森で見つけてきた、イラクサに似た植物の強靭な繊維や、特定の若木のしなやかな内皮は、アヤネの手によって丁寧に処理され、アキオが改良を重ねた原始的な紡錘と地機(じばた)を使って、少しずつ、しかし確実に糸となり、そして素朴ながらも丈夫な布へと姿を変えていった。子供たちも、繊維をほぐしたり、糸巻きを手伝ったりと、小さな手で懸命に作業に加わった。アキオは、骨針よりも格段に使いやすい、硬い木を丹念に削り出して磨き上げた縫い針を何本も作り、アヤネを喜ばせた。シルヴィアは、植物染料の知識を活かし、森の木の実や根を使って、布を落ち着いた森の色――深緑や朽葉色――に染め上げた。

 その間にも、セレスティーナとレオノーラの体力は徐々に回復し、日中は離れの部屋から出て、小屋の周りを散策したり、アキオたちの作業の様子を静かに眺めたりする時間が増えていた。
 食事の際、アヤネが運んでくる料理――土鍋で煮込んだ根菜と干し肉のシチューや、香ばしい黒パン――に対して、レオノーラは依然として最初に毒見をする役目を忠実に果たしていた。彼女はアヤネから匙を受け取ると、まず自分のために少量を取り分け、味と体に異常がないかを慎重に確かめる。そして、セレスティーナに「お嬢様、問題ございません」と告げてから、ようやくセレスティーナが食事に手を付けるのだった。アキオたちは、そのやり取りを静かに見守り、彼女たちの警戒心がまだ完全には解けていないこと、そしてレオノーラの忠誠心の深さを改めて感じていた。

 そんなある日、ついに二人のための新しい服が完成した。セレスティーナのためには、森の緑を基調とした、シンプルながらも彼女の気品を引き立てるようなゆったりとしたワンピース。レオノーラのためには、動きやすく丈夫な、朽葉色のチュニックとズボン。どちらも、アヤネとシルヴィアが心を込めて縫い上げた、手作りの温もりに満ちた衣服だった。
 アヤネが、少し緊張した面持ちで完成した服を二人に手渡すと、セレスティーナは、その柔らかな手触りと、自分たちのために費やされたであろう時間と労力に思いを馳せ、美しい瞳にじわりと涙を浮かべた。
「……こんなに心のこもった贈り物は、生まれて初めてですわ。アヤネさん、シルヴィアさん、そして皆さん……本当に、ありがとう」
 その声は震えていた。レオノーラも、新しい服の機能的で丁寧な作りに目を見張り、「……かたじけない。この御恩は、決して忘れぬ」と、ぶっきらぼうながらも深い感謝の言葉を述べた。
 新しい服に袖を通した二人は、身も心も少しだけ軽くなったように見えた。特にセレスティーナは、鏡(アキオが磨いた黒曜石の板)に映る自分の姿を見て、久しぶりに柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑顔を見たことがきっかけになったのかもしれない。その日の午後、小屋の外で日向ぼっこをしていたセレスティーナのそばで、ミコとユメが、以前シルヴィアに教えてもらった「森の雫」の顔料と、アキオが作ってくれた木の板で、無邪気に絵を描いて遊んでいた。セレスティーナは、その楽しそうな様子をぼんやりと眺めていたが、ふと、その瞳に深い寂しさと悲しみの色がよぎった。
「……私の故郷にも、あの子たちと同じくらいの歳の……妹が、おりましたの……」
 独り言のように呟かれたその言葉を、そばで薬草の手入れをしていたアヤネは聞き逃さなかった。
「セレスティーナお嬢様……?」
 アヤネが心配そうに声をかけると、セレスティーナは堰を切ったように、ぽつり、ぽつりと自分のことを語り始めた。自分たちが何者かに国を追われ、多くの忠臣たちが犠牲になり、命からがらここまで逃れてきたこと。そして、もう二度と故郷の土を踏むことはできないかもしれないという、深い絶望感。彼女は、具体的な国名や「姫」という身分については最後まで伏せていたが、その言葉の端々からは、彼女がただの「商家のお嬢様」ではないことが痛いほど伝わってきた。

 その夜、アヤネからセレスティーナの様子を聞いたアキオとシルヴィアは、重い沈黙の後、互いの顔を見合わせた。
「……シルヴィア。やはり、彼女たちに伝えるべき時が来たのかもしれないな」
「……ああ、アキオ。これ以上、偽りの安心の中に彼女たちを置いておくのは、むしろ酷かもしれぬ。そして、我々が真実を隠したままでは、本当の意味で彼女たちと信頼関係を築くことはできまい」
 二人の意見は一致した。セレスティーナたちが少しずつ心を開き始めている今こそ、森の奥の「偽りの墓標」について、そして自分たちが施した偽装工作の全てを、彼女たちに打ち明けるべき時だと。それは、彼女たちにとってさらなる衝撃となるかもしれない。しかし、共に未来を考えるためには、避けては通れない道だった。
 アキオは、レオノーラに。シルヴィアは、セレスティーナに。それぞれが、その重い真実を告げる覚悟を、静かに固めた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...