五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第189話:聖域の憂愁、エルドリアからの便りと旅立ちの決意

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 聖域製魔導車・試作一号機の初の長距離走行テストが成功裏に終わってから、アキオの町には確かな自信と、未来への明るい期待が満ちていた。ドルガン親方とドワーフたちが率いる工房では、凛の描く精密な図面をもとに、魔導車の心臓部であるハイブリッド動力炉の改良と、より効率的な動力伝達を可能にするための歯車の試作が、熱を帯びて続けられている。その力強い槌音は、町の未来を切り拓く希望の響きそのものだった。

 町の運営は、秘書官である凛の卓越した差配によって驚くほど円滑に進み、カイやアルトといった若きリーダーたちが、それぞれの持ち場で新しい住民たちを力強くまとめ上げている。アキオは、彼らの頼もしい成長に目を細めつつ、自らは町の大きな方向性を定め、そしてこの聖域全体の守護者としての役割に、より深く心を砕いていた。

 しかし、その充実した日々の裏側で、アキオの心には、一枚の薄い、しかし決して消えることのない影が差し始めていた。それは、遠いエルドリアの地で、故国復興という重責を双肩に担い、懸命に奮闘しているであろう二人の愛する妻――セレスティーナとレオノーラ――への、どうしようもない想いだった。
 魔導車があれば、会いに行ける。その事実は、アキオの心に大きな希望を与えてくれた。だが、町の長として、そして多くの赤ん坊と妊婦である妻たちを抱える一家の主として、自らが軽々にこの地を離れるわけにはいかない。その責任感と、愛する者を想う気持ちとの間で、アキオの心は静かに揺れ動いていた。

 シルヴィアやアウロラは、そんな夫の心の機微を、誰よりも敏感に感じ取っていた。
「アキオ、少し顔色が優れませんわ。あまり、根を詰めすぎないでくださいね」
 シルヴィアは、夜ごと、彼の疲れを癒やすための特別な薬湯を準備し、その広い背中を優しくさすった。
「アキオ。そなたの魂が、遠き地を想い、少しばかり揺らいでおるようですな。わらわの祈りが、そなたの心の安らぎとなれば良いのじゃが」
 アウロラもまた、その聖なる力でアキオの精神的な疲労を和らげようと、静かに寄り添った。凛も、そんな主君の様子を察し、彼の負担を少しでも減らそうと、以前にも増して献身的に秘書官としての務めに励んでいた。

 そんなある日の午後。ヴァルト子爵領からの定期連絡の使者が、一通の分厚い書状を携えて中央館に到着した。その中には、アキオ個人に宛てられた、二通の私的な手紙が同封されていた。差出人は、セレスティーナと、レオノーラだった。

 執務室で、アキオは逸る気持ちを抑えながら、まずセレスティーナの手紙の封を切った。美しい、しかしどこか切実さが滲む文字が、羊皮紙の上に並んでいた。
『――愛するアキオ様。お変わりなくお過ごしでしょうか。クリストフや民のため、ここで弱音は吐けません。ですが、日に日に大きくなるこのお腹の子の胎動を感じるたび、あなた様への想いと、この町に残してきた子供たちの顔が脳裏に浮かび、胸が張り裂けそうになります。ステラとエドワードは、健やかに育っておりますでしょうか。エルザとライナスは、悪戯をして、皆を困らせておりませんでしょうか。一目、一目だけでも、あなたと子供たちに会いたい…』
 次に、レオノーラからの手紙。その力強い筆跡にも、隠しきれない愛情と、母としての想いが溢れていた。
『――アキオ殿。エルドリアの再興は、まだ道半ばです。ですが、このお腹の子が、あなた様との絆の証として、確かに息づいていることが、わたくしの何よりの支えとなっております。いつか、この子が生まれたなら、あなた様のような、強く、そして誰よりも優しい男に育ててみせます。…ですが、やはり、寂しいものは寂しいのです。あなた様の、あの温かい腕が、今すぐにでも恋しいと…そう思ってしまう、弱い自分をお許しください…』

 手紙を読み終えたアキオは、固く拳を握りしめた。もう、迷いはなかった。
「凛殿」
 アキオの、普段とは違う、硬質で、そして揺るぎない声色に、凛は背筋を伸ばした。
「緊急の会議を開く。主要メンバー全員を、今すぐ集めてくれ」
「…承知いたしました」
 凛は、アキオのその声と瞳に宿る、絶対的な決意を感じ取り、迅速に行動を開始した。

 その日の夕刻、中央館の集会室には、シルヴィア、アウロラ、アヤネ、キナ、カイ、アルト、そして凛が集っていた。
「皆、聞いてくれ。俺は、エルドリアへ行く。魔導車を使って、今すぐにでも」
 アキオのその力強い宣言に、反対する者はいなかった。誰もが、彼の決断の理由を理解していたからだ。
「セレスティーナとレオノーラは、今、まさに母親として、そして王族として、一番苦しい時だ。そんな彼女たちを支え、そして俺たちの家族の絆を確かめるために、俺は行かなければならない」

「はい、アキオ様。それが、あなたの、そして私たちの家族の形ですわ」シルヴィアが、正妻として、誰よりも深く、そして優しく夫の決意を肯定する。
「だんな! 行ってこいよ! 留守の間のことは、あたしたちがしっかり守るからな!」キナも力強く頷く。
「アキオ様…セレスティーナ様とレオノーラ様に、わたくしたちの想いも、どうかお伝えください。子供たちのことは、何も心配いらないと」アヤネもまた、母として、その気持ちを痛いほど理解していた。

 皆の同意を得て、アキオの表情がわずかに和らいだ、その時だった。
 それまで静かに皆の言葉を聞いていたアウロラが、その神聖な瞳でアキオを真っ直ぐに見つめ、凛とした声で言った。
「アキオ。ただ会いに行くだけでは、根本的な解決にはなりません。あなた様がこの町に戻れば、彼女たちはまた寂しさに苛まれることになる。そして、生まれてくる御子たちも、この聖域の祝福から遠く離れて育つことになる…」
 アウロラはそこで一度言葉を切り、そして、誰もが思いもよらなかった、あまりにも壮大な提案を口にした。
「――ならば、答えは一つです。エルドリアが、まだ子供たちにとって安全な聖域ではないというのなら、わたくしたちの聖域の祝福そのものを、この魔導車で、かの地へ運べばよいのです。アキオ、そしてシルヴィアと、わらわの力を合わせて、エルドリアの地に、私たちの町の分身とも言うべき『小さな聖域』を創造するのです」

 聖域の、移植。
 その、常識を遥かに超えた、奇跡そのものを贈るという提案に、その場にいた誰もが、息をのむばかりだった。
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