五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第202話:才媛の小さな一歩、そして父としての日

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 アキオの心の影が、妻たちの深い愛情と凛の知恵によって完全に晴れてから数日。アキオの町は、まるで祝福するかのように穏やかな晴天が続き、中央館は朗らかな笑い声に満ちていた。
 その日、町の運営が軌道に乗ったのを見届けたアキオは、凛やカイに後のことを任せ、「今日は、父親に専念する日だ」と宣言した。大きな事件が続いた今だからこそ、町の未来そのものである、子供たちと一日中、向き合う時間が必要だと感じたのだ。

 アキオが向かったのは、町の外れにある、広々とした草原だった。そこでは、キナが、町の子供たちと、3体の聖獣の子たちを集めて、賑やかに遊んでいた。
「だんな! 来たか!」
 キナが、快活な笑顔でアキオに手を振る。彼女の周りでは、アサヒや朱莉、大地、セレーネといったアキオ自身の子供たちと、新しくやってきた元奴隷の子供たちが、一緒になって駆け回っていた。
 そして、その子供たちの輪の中心には、以前よりもさらに大きく、大型犬ほどの体躯となった3体の聖獣の子たちがいた。彼らは、その神々しい姿とは裏腹に、町の子供たちの良き遊び相手となっていた。
「うわーい! 速い、速いよー!」
 小さな子供が、聖獣の一匹の頑丈な背中にそっと乗せてもらい、草原をゆっくりと歩くその背の上で、歓声を上げる。別の聖獣は、子供たちが投げる木の枝を、魔法の光の玉を纏いながら追いかけ、じゃれついている。その光景は、種族を超えた、この聖域ならではの、平和と調和の象徴そのものだった。
 アキオもその輪に加わり、子供たち一人一人を抱き上げ、その成長を喜び、父親としての、何物にも代えがたい幸福な時間を噛みしめていた。

 その日の夕方。アキオは、執務室で、秘書官である凛と、その日の報告や明日の予定について、最終的な打ち合わせを行っていた。
「…以上が、明日の建設作業と、食料配給の予定となります。ご確認、ありがとうございます」
 凛が、全ての報告を終え、一礼して部屋を出ていこうとした、その時だった。アキオが、労いの言葉と共に席を立とうと、テーブルの上に何気なく手をついた。
 そのアキオの手に、凛の視線が、一瞬、釘付けになった。
(…この手が…わたくしの傷を癒やし、心を救ってくださった…)
 第201話で、妻たちに「覚悟」を告げてから、凛の心の中では、アキオへの思慕と、過去のトラウマからくる恐怖が、常に激しくせめぎ合っていた。このままではいけない。前に進まなければ。そう、頭では分かっている。だが、身体が、心が、最後の最後で拒絶する。
(…でも…今なら…今なら、あるいは…)
 今日一日、父親として、全ての子供たちに分け隔てなく愛情を注ぐアキオの姿を見て、凛の心の中の氷が、また一つ、小さく溶けていたのだ。

 彼女は、意を決した。
 震える指先を、ゆっくりと、テーブルの上のアキオの手へと伸ばしていく。心臓が、早鐘のように鳴り響く。
 そして、ついに。彼女の指先が、そっと、アキオの温かい手の甲に、触れた。
「…!」
 アキオは、そのあまりに不意な、そして驚くほど臆病な接触に、驚いて動きを止めた。凛の方から、触れてくる。それは、第164話の、あの儀式的な接触とは全く違う、彼女自身の意志による、明確な一歩だった。
 凛は、顔を真っ赤にしながらも、決して目を逸らさず、アキオを見つめていた。その瞳には、恐怖と、羞恥と、そして、それを乗り越えようとする、必死の覚悟が浮かんでいた。
「…いつも、ありがとうございます。アキオ様」
 それだけを言うのが、彼女には精一杯だった。
 アキオは、彼女のその行動に込められた、計り知れないほどの勇気と信頼を、瞬時に理解した。彼は、驚きを、深い、そして温かい微笑みに変えると、何も言わず、ただ、ゆっくりと、優しく頷き返した。

 凛は、そのアキオの反応を見ると、はっと我に返ったかのように、さっと手を引っ込め、「し、失礼いたしました!」と一言だけ残し、顔を覆うようにして部屋を飛び出していった。
 一人残された執務室で、アキオは、まだ凛の指先の感触が残る自分の手の甲を、静かに見つめていた。
(…大きな、一歩だな)
 その小さな、しかし彼女にとってはあまりにも大きな一歩を、アキオは、深い愛おしさをもって受け止めていた。

 自室に戻り、扉に背をもたせながら、ずるずると床に座り込む凛。彼女の手は、まだ微かに震えていた。しかし、その心臓の鼓動は、恐怖からではなく、初めて感じるとまどいと、そして確かな喜びによって、高鳴っていた。
 アキオと凛。二人の関係が、また一つ、新しい扉を開けた瞬間だった。
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