五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
204 / 387

第204話:学び舎の新しい声と、才媛の再会

しおりを挟む
 ザックとユリアがヴァルト子爵領から帰還し、アキオの町には確かな安堵と、新たな秩序の兆しが生まれていた。子爵領で捕らえられた「荒くれ共」は、ザックの魂の叫びとユリアの赦しの姿を目の当たりにし、その多くが更生の道を選ぶことを決意したという。ヴァルト子爵は、アキオの町のやり方を参考に、彼らを自身の領地の開拓事業に従事させることを決定し、両領地の絆は、単なる同盟を超えた、思想の共有という段階にまで深まっていた。

 そんな穏やかな日々が数週間続いた、ある晴れた日のこと。町の入り口の見張り台から、ヴァルト子爵領の方角から近づく、複数の馬車の姿が報告された。
「来たか…!」
 アキオは、凛、そして町の運営を補佐するアヤネと共に、町の入り口へと向かった。先日、子爵から親書で伝えられていた、町の教育レベル向上のための「教師団」の到着である。

 馬車から降りてきたのは、いずれも知的で、品の良い衣服に身を包んだ、五名の女性たちだった。そして、一行を率いていたのは、ひときわ目を引く、華やかな雰囲気を持つ一人の美女だった。銀に近い輝きを放つ金色の髪を背中まで流し、その鮮やかな青い瞳には、聡明さと、そして悪戯っぽい好奇の色が浮かんでいる。
「この度が、アキオ様でいらっしゃいますね。わたくし、アレクサンダー子爵様よりご命令を賜り、この町の学び舎にて教鞭をとらせていただくことになりました、クラウディアと申します。以後、お見知りおきを」
 彼女が優雅に、しかし自信に満ちた声で挨拶した、その時だった。
 アキオの隣に、秘書官として控えていた凛が、息をのむのが分かった。そのいつも冷静な瞳が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれている。
「…クラウディア…!? あなたが…どうしてここに…」
 凛の、普段の冷静さからは考えられない、驚きに満ちた声。
 クラウディアと呼ばれた女性も、凛の姿を認めた瞬間、その快活な笑みを驚きに変え、目を見開いた。
「凛…! まさか、本当にあなただったなんて…!」
 次の瞬間、クラウディアは理屈も体面もかなぐり捨て、一直線に駆け寄った。
「凛っ!」
 彼女は、凛の華奢な身体を、力いっぱい抱きしめた。驚きと、喜びと、そして長い間の心配が、その腕に込められている。
 凛は、その突然の抱擁に一瞬身体を強張らせたが、懐かしい親友の香り、その温もりを感じた途端、心の堰が切れたように、その背中にそっと、しかし強く腕を回した。彼女の瞳からは、これまで誰にも見せたことのない、大粒の涙が静かに溢れ落ちていた。王都が戦火に包まれ、離れ離れになって以来、もう二度と会えないとさえ思っていた、唯一無二の親友。
 アキオもアヤネも、その感動的な再会を、ただ黙って、温かい眼差しで見守っていた。

 しばらくして、互いの無事を確かめ合うように抱きしめ合っていた二人は、ゆっくりと身体を離した。
「もう、こんな場所で何をしてるのよ、あなた! どれだけ心配したと思っているの!」
 クラウディアが、涙声ながらも、昔と変わらない親しみを込めて凛の肩を軽く叩く。
「…それは、こちらのセリフですわ、クラウディア。あなたこそ、無事で…本当によかった…」
 凛は、涙の跡を隠そうともせず、心の底からの笑みを浮かべた。それは、アキオでさえ初めて見る、彼女の少女のような、無防備な笑顔だった。

 クラウディアたち教師団は、かつてセレスティーナ様が礎を築き、現在はアヤネが中心となって運営されている「学び舎」を案内されると、その設備こそ質素ながらも、学ぶ子供たちの瞳が生き生きと輝いていることに深く感銘を受けた。
「素晴らしいですわ、アヤネ様。どのような環境でも、学ぶ意欲を引き出すことこそが、教育の第一歩ですもの」
 クラウディアは、すぐにその明晰な頭脳と卓越したリーダーシップを発揮し始め、町の教育体制を飛躍的に向上させるための、具体的で効率的な計画を、その場で提案し始めた。

 その日の午後、中央館の談話室では、凛とクラウディアが、数年ぶりの再会を祝して、二人きりでお茶を飲んでいた。
「それにしても、驚いたわ、凛。あなたが、結婚して、誰かの妻になるなんて。しかも、あれほど男性を嫌っていたあなたが…」
「…余計なお世話ですわ。わたくしには、わたくしの…この町には、この町なりの事情があるのです」凛は、少しむっとしたように答えるが、その表情はどこか柔らかい。
 クラウディアは、そんな旧友の様子を、楽しそうに、しかし探るような目で見つめた。
「ねえ、凛。貴女、随分と雰囲気が変わったわね。王都にいた頃の、氷の刃のような鋭さが、少し丸くなったみたい。何か、良いことでもあったのかしら?」
 その言葉に、凛の脳裏に、アキオの温かい手の感触と、彼が自分に向けてくれた、あの優しい眼差しが蘇る。彼女は、ふいと視線を逸らし、その白い頬を微かに染めた。
「…さあ。気のせいではございませんこと?」
 その、凛にしては珍しい反応に、クラウディアは、この聖域と、アキオという男が、親友の固く閉ざされた心を溶かし始めていることを、確信せずにはいられなかった。
 二人の才媛の再会は、町の教育レベルを飛躍的に向上させると共に、凛の心にも、新たな、そして温かい風を吹き込もうとしていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...