256 / 400
第256話:亡国の騎士、そして聖域の奇跡
しおりを挟む
ドルガン親方の祝宴から数日、アキオの町に穏やかな日常が戻っていた。しかし、その平和は、突如として破られることになる。その夜、聖域は、木々を根こそぎ薙ぎ倒さんばかりの、激しい嵐に見舞われた。
町の外縁部を巡回していたケンタ率いる防衛隊が、ずぶ濡れになりながら監視所へと駆け込んできた。
「大変です! 聖域の結界の外に、人が…! 馬から落ちて、倒れています!」
アキオとカイ、そして診療所から駆けつけたミコたちが、嵐の中を現場へと急行する。そこに倒れていたのは、満身創痍の一人の騎士だった。その豪奢な鎧は見るも無残に砕け散り、身体の至る所から血が流れ、もはや虫の息だった。
「こいつは…!」
カイが、騎士の鎧に刻まれた紋章を見て息をのむ。それは、内紛で崩壊したとされる、ガルニア帝国の、皇帝直属の近衛騎士団のものであった。
騎士は、診療所へと運び込まれたが、その傷はあまりにも深かった。シルヴィアとミコが懸命な治療を施すも、その命の灯火は、今にも消えかけている。
「…アキオ様、もう…手の施しようが…」
ミコの悲痛な声が、部屋に響く。
アキオが、悔しさに唇を噛んだ、その時だった。騎士が、最後の力を振り絞るように、わずかに目を開き、アキオの姿を認めると、その手を必死に伸ばした。
「…貴方が…ここの、主か…? どうか…我が君、皇女…殿下を…お救い、ください…」
騎士は、そう言い残すと、がくりと首を垂れ、その心臓の鼓動は完全に停止した。
「くそっ! 死なせるな!」
アキオは、叫んだ。この男を死なせては、彼が命を懸けて伝えようとした、皇女に関する全ての手がかりが、永遠に失われてしまう。
アキオは、懐から、アウロラから万一のためにと渡されていた、小さな小箱を取り出した。中には、生命樹の実をすり潰し、聖なる力で練り上げた、究極の秘薬。彼は、その一粒を、躊躇いなく騎士の口の中へと押し込んだ。
次の瞬間、奇跡が起こった。
騎士の身体が、淡い翠色の光に包まれる。致命的であったはずの傷口が、みるみるうちに塞がっていき、失われた血が、まるで時間を巻き戻すかのように、その身体へと戻っていく。死人のように白かったその顔に、ゆっくりと血の気が差し、やがて、止まっていた心臓が、力強く、再び鼓動を始めたのだ。
その、常識を超えた治癒の光景を目の当たりにし、その場にいたカイやミコたちは、改めてこの聖域の力の、そしてアキオという男の底知れなさに、畏敬の念を抱いていた。
それから、丸一日が経過した。
騎士は、奇跡的に一命を取り留めたものの、深い眠りからは覚めず、町には静かな緊張感が流れていた。そして、翌日の午後、ついに騎士は、ゆっくりとその瞼を開いた。
意識を取り戻した騎士の枕元には、アキオ、凛、そしてカイが待機していた。
騎士は、自らの身体が完全に癒えていることに驚愕しながらも、アキオの姿を認めると、ベッドの上から深々と頭を下げた。
「命の恩人よ…感謝の言葉もない。私は、ガルニア帝国近衛騎士団、団長補佐を務めておりました、クラウスと申します」
そして、クラウスと名乗った騎士は、震える声で、絶望的な状況を語り始めた。
「我が君、皇女殿下は、先の帝国内乱において、最後まで開戦に反対の姿勢を貫いておられました。そのお考え故に、帝国の覇権を狙う複数の軍閥から、その御命を狙われることとなり…」
彼の目から、悔し涙がこぼれ落ちる。
「我ら近衛騎士団は、殿下をお守りし、この伝説の聖域を目指してまいりました。しかし、追手の猛攻は凄まじく…殿下を逃がすための最後の戦いで、我ら護衛は、私を残し、全滅いたしました…」
クラウスから語られた、衝撃の事実。
その夜、中央館の会議室には、アキオと、彼の妻たち、そしてカイやアルトといった町の幹部全員が集められていた。アキオは、クラウスから聞き出した全ての情報を、皆に共有した。
「助けを求めて、俺たちの門を叩いた者がいる。しかもそれは、戦いを望まぬ、誇り高き皇女だ。…俺は、彼女を助けたい」
アキオのその言葉に、反対する者は、誰一人いなかった。凛が、冷静に、しかし強い意志を込めて言った。
「その皇女殿下を受け入れることは、帝国の残党全てを、敵に回すことを意味します。ですが、それこそ、我ら聖域が示すべき覚悟でしょう」
アキオは、力強く頷いた。
「カイ、キナ。お前たちに、斥候としての任務を与える。クラウス殿から、皇女殿下が潜んでおられる場所の、最後の目印を聞き出せ。そして、直ちに救出に向かう。準備を始めろ」
アキオの町は、その理想と平和を守るために、外部世界の大きな動乱へと、自らの意志で関わっていくことを決断した、歴史的な瞬間だった。
町の外縁部を巡回していたケンタ率いる防衛隊が、ずぶ濡れになりながら監視所へと駆け込んできた。
「大変です! 聖域の結界の外に、人が…! 馬から落ちて、倒れています!」
アキオとカイ、そして診療所から駆けつけたミコたちが、嵐の中を現場へと急行する。そこに倒れていたのは、満身創痍の一人の騎士だった。その豪奢な鎧は見るも無残に砕け散り、身体の至る所から血が流れ、もはや虫の息だった。
「こいつは…!」
カイが、騎士の鎧に刻まれた紋章を見て息をのむ。それは、内紛で崩壊したとされる、ガルニア帝国の、皇帝直属の近衛騎士団のものであった。
騎士は、診療所へと運び込まれたが、その傷はあまりにも深かった。シルヴィアとミコが懸命な治療を施すも、その命の灯火は、今にも消えかけている。
「…アキオ様、もう…手の施しようが…」
ミコの悲痛な声が、部屋に響く。
アキオが、悔しさに唇を噛んだ、その時だった。騎士が、最後の力を振り絞るように、わずかに目を開き、アキオの姿を認めると、その手を必死に伸ばした。
「…貴方が…ここの、主か…? どうか…我が君、皇女…殿下を…お救い、ください…」
騎士は、そう言い残すと、がくりと首を垂れ、その心臓の鼓動は完全に停止した。
「くそっ! 死なせるな!」
アキオは、叫んだ。この男を死なせては、彼が命を懸けて伝えようとした、皇女に関する全ての手がかりが、永遠に失われてしまう。
アキオは、懐から、アウロラから万一のためにと渡されていた、小さな小箱を取り出した。中には、生命樹の実をすり潰し、聖なる力で練り上げた、究極の秘薬。彼は、その一粒を、躊躇いなく騎士の口の中へと押し込んだ。
次の瞬間、奇跡が起こった。
騎士の身体が、淡い翠色の光に包まれる。致命的であったはずの傷口が、みるみるうちに塞がっていき、失われた血が、まるで時間を巻き戻すかのように、その身体へと戻っていく。死人のように白かったその顔に、ゆっくりと血の気が差し、やがて、止まっていた心臓が、力強く、再び鼓動を始めたのだ。
その、常識を超えた治癒の光景を目の当たりにし、その場にいたカイやミコたちは、改めてこの聖域の力の、そしてアキオという男の底知れなさに、畏敬の念を抱いていた。
それから、丸一日が経過した。
騎士は、奇跡的に一命を取り留めたものの、深い眠りからは覚めず、町には静かな緊張感が流れていた。そして、翌日の午後、ついに騎士は、ゆっくりとその瞼を開いた。
意識を取り戻した騎士の枕元には、アキオ、凛、そしてカイが待機していた。
騎士は、自らの身体が完全に癒えていることに驚愕しながらも、アキオの姿を認めると、ベッドの上から深々と頭を下げた。
「命の恩人よ…感謝の言葉もない。私は、ガルニア帝国近衛騎士団、団長補佐を務めておりました、クラウスと申します」
そして、クラウスと名乗った騎士は、震える声で、絶望的な状況を語り始めた。
「我が君、皇女殿下は、先の帝国内乱において、最後まで開戦に反対の姿勢を貫いておられました。そのお考え故に、帝国の覇権を狙う複数の軍閥から、その御命を狙われることとなり…」
彼の目から、悔し涙がこぼれ落ちる。
「我ら近衛騎士団は、殿下をお守りし、この伝説の聖域を目指してまいりました。しかし、追手の猛攻は凄まじく…殿下を逃がすための最後の戦いで、我ら護衛は、私を残し、全滅いたしました…」
クラウスから語られた、衝撃の事実。
その夜、中央館の会議室には、アキオと、彼の妻たち、そしてカイやアルトといった町の幹部全員が集められていた。アキオは、クラウスから聞き出した全ての情報を、皆に共有した。
「助けを求めて、俺たちの門を叩いた者がいる。しかもそれは、戦いを望まぬ、誇り高き皇女だ。…俺は、彼女を助けたい」
アキオのその言葉に、反対する者は、誰一人いなかった。凛が、冷静に、しかし強い意志を込めて言った。
「その皇女殿下を受け入れることは、帝国の残党全てを、敵に回すことを意味します。ですが、それこそ、我ら聖域が示すべき覚悟でしょう」
アキオは、力強く頷いた。
「カイ、キナ。お前たちに、斥候としての任務を与える。クラウス殿から、皇女殿下が潜んでおられる場所の、最後の目印を聞き出せ。そして、直ちに救出に向かう。準備を始めろ」
アキオの町は、その理想と平和を守るために、外部世界の大きな動乱へと、自らの意志で関わっていくことを決断した、歴史的な瞬間だった。
42
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
家ごと異世界ライフ
もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる