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第256話:亡国の騎士、そして聖域の奇跡
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ドルガン親方の祝宴から数日、アキオの町に穏やかな日常が戻っていた。しかし、その平和は、突如として破られることになる。その夜、聖域は、木々を根こそぎ薙ぎ倒さんばかりの、激しい嵐に見舞われた。
町の外縁部を巡回していたケンタ率いる防衛隊が、ずぶ濡れになりながら監視所へと駆け込んできた。
「大変です! 聖域の結界の外に、人が…! 馬から落ちて、倒れています!」
アキオとカイ、そして診療所から駆けつけたミコたちが、嵐の中を現場へと急行する。そこに倒れていたのは、満身創痍の一人の騎士だった。その豪奢な鎧は見るも無残に砕け散り、身体の至る所から血が流れ、もはや虫の息だった。
「こいつは…!」
カイが、騎士の鎧に刻まれた紋章を見て息をのむ。それは、内紛で崩壊したとされる、ガルニア帝国の、皇帝直属の近衛騎士団のものであった。
騎士は、診療所へと運び込まれたが、その傷はあまりにも深かった。シルヴィアとミコが懸命な治療を施すも、その命の灯火は、今にも消えかけている。
「…アキオ様、もう…手の施しようが…」
ミコの悲痛な声が、部屋に響く。
アキオが、悔しさに唇を噛んだ、その時だった。騎士が、最後の力を振り絞るように、わずかに目を開き、アキオの姿を認めると、その手を必死に伸ばした。
「…貴方が…ここの、主か…? どうか…我が君、皇女…殿下を…お救い、ください…」
騎士は、そう言い残すと、がくりと首を垂れ、その心臓の鼓動は完全に停止した。
「くそっ! 死なせるな!」
アキオは、叫んだ。この男を死なせては、彼が命を懸けて伝えようとした、皇女に関する全ての手がかりが、永遠に失われてしまう。
アキオは、懐から、アウロラから万一のためにと渡されていた、小さな小箱を取り出した。中には、生命樹の実をすり潰し、聖なる力で練り上げた、究極の秘薬。彼は、その一粒を、躊躇いなく騎士の口の中へと押し込んだ。
次の瞬間、奇跡が起こった。
騎士の身体が、淡い翠色の光に包まれる。致命的であったはずの傷口が、みるみるうちに塞がっていき、失われた血が、まるで時間を巻き戻すかのように、その身体へと戻っていく。死人のように白かったその顔に、ゆっくりと血の気が差し、やがて、止まっていた心臓が、力強く、再び鼓動を始めたのだ。
その、常識を超えた治癒の光景を目の当たりにし、その場にいたカイやミコたちは、改めてこの聖域の力の、そしてアキオという男の底知れなさに、畏敬の念を抱いていた。
それから、丸一日が経過した。
騎士は、奇跡的に一命を取り留めたものの、深い眠りからは覚めず、町には静かな緊張感が流れていた。そして、翌日の午後、ついに騎士は、ゆっくりとその瞼を開いた。
意識を取り戻した騎士の枕元には、アキオ、凛、そしてカイが待機していた。
騎士は、自らの身体が完全に癒えていることに驚愕しながらも、アキオの姿を認めると、ベッドの上から深々と頭を下げた。
「命の恩人よ…感謝の言葉もない。私は、ガルニア帝国近衛騎士団、団長補佐を務めておりました、クラウスと申します」
そして、クラウスと名乗った騎士は、震える声で、絶望的な状況を語り始めた。
「我が君、皇女殿下は、先の帝国内乱において、最後まで開戦に反対の姿勢を貫いておられました。そのお考え故に、帝国の覇権を狙う複数の軍閥から、その御命を狙われることとなり…」
彼の目から、悔し涙がこぼれ落ちる。
「我ら近衛騎士団は、殿下をお守りし、この伝説の聖域を目指してまいりました。しかし、追手の猛攻は凄まじく…殿下を逃がすための最後の戦いで、我ら護衛は、私を残し、全滅いたしました…」
クラウスから語られた、衝撃の事実。
その夜、中央館の会議室には、アキオと、彼の妻たち、そしてカイやアルトといった町の幹部全員が集められていた。アキオは、クラウスから聞き出した全ての情報を、皆に共有した。
「助けを求めて、俺たちの門を叩いた者がいる。しかもそれは、戦いを望まぬ、誇り高き皇女だ。…俺は、彼女を助けたい」
アキオのその言葉に、反対する者は、誰一人いなかった。凛が、冷静に、しかし強い意志を込めて言った。
「その皇女殿下を受け入れることは、帝国の残党全てを、敵に回すことを意味します。ですが、それこそ、我ら聖域が示すべき覚悟でしょう」
アキオは、力強く頷いた。
「カイ、キナ。お前たちに、斥候としての任務を与える。クラウス殿から、皇女殿下が潜んでおられる場所の、最後の目印を聞き出せ。そして、直ちに救出に向かう。準備を始めろ」
アキオの町は、その理想と平和を守るために、外部世界の大きな動乱へと、自らの意志で関わっていくことを決断した、歴史的な瞬間だった。
町の外縁部を巡回していたケンタ率いる防衛隊が、ずぶ濡れになりながら監視所へと駆け込んできた。
「大変です! 聖域の結界の外に、人が…! 馬から落ちて、倒れています!」
アキオとカイ、そして診療所から駆けつけたミコたちが、嵐の中を現場へと急行する。そこに倒れていたのは、満身創痍の一人の騎士だった。その豪奢な鎧は見るも無残に砕け散り、身体の至る所から血が流れ、もはや虫の息だった。
「こいつは…!」
カイが、騎士の鎧に刻まれた紋章を見て息をのむ。それは、内紛で崩壊したとされる、ガルニア帝国の、皇帝直属の近衛騎士団のものであった。
騎士は、診療所へと運び込まれたが、その傷はあまりにも深かった。シルヴィアとミコが懸命な治療を施すも、その命の灯火は、今にも消えかけている。
「…アキオ様、もう…手の施しようが…」
ミコの悲痛な声が、部屋に響く。
アキオが、悔しさに唇を噛んだ、その時だった。騎士が、最後の力を振り絞るように、わずかに目を開き、アキオの姿を認めると、その手を必死に伸ばした。
「…貴方が…ここの、主か…? どうか…我が君、皇女…殿下を…お救い、ください…」
騎士は、そう言い残すと、がくりと首を垂れ、その心臓の鼓動は完全に停止した。
「くそっ! 死なせるな!」
アキオは、叫んだ。この男を死なせては、彼が命を懸けて伝えようとした、皇女に関する全ての手がかりが、永遠に失われてしまう。
アキオは、懐から、アウロラから万一のためにと渡されていた、小さな小箱を取り出した。中には、生命樹の実をすり潰し、聖なる力で練り上げた、究極の秘薬。彼は、その一粒を、躊躇いなく騎士の口の中へと押し込んだ。
次の瞬間、奇跡が起こった。
騎士の身体が、淡い翠色の光に包まれる。致命的であったはずの傷口が、みるみるうちに塞がっていき、失われた血が、まるで時間を巻き戻すかのように、その身体へと戻っていく。死人のように白かったその顔に、ゆっくりと血の気が差し、やがて、止まっていた心臓が、力強く、再び鼓動を始めたのだ。
その、常識を超えた治癒の光景を目の当たりにし、その場にいたカイやミコたちは、改めてこの聖域の力の、そしてアキオという男の底知れなさに、畏敬の念を抱いていた。
それから、丸一日が経過した。
騎士は、奇跡的に一命を取り留めたものの、深い眠りからは覚めず、町には静かな緊張感が流れていた。そして、翌日の午後、ついに騎士は、ゆっくりとその瞼を開いた。
意識を取り戻した騎士の枕元には、アキオ、凛、そしてカイが待機していた。
騎士は、自らの身体が完全に癒えていることに驚愕しながらも、アキオの姿を認めると、ベッドの上から深々と頭を下げた。
「命の恩人よ…感謝の言葉もない。私は、ガルニア帝国近衛騎士団、団長補佐を務めておりました、クラウスと申します」
そして、クラウスと名乗った騎士は、震える声で、絶望的な状況を語り始めた。
「我が君、皇女殿下は、先の帝国内乱において、最後まで開戦に反対の姿勢を貫いておられました。そのお考え故に、帝国の覇権を狙う複数の軍閥から、その御命を狙われることとなり…」
彼の目から、悔し涙がこぼれ落ちる。
「我ら近衛騎士団は、殿下をお守りし、この伝説の聖域を目指してまいりました。しかし、追手の猛攻は凄まじく…殿下を逃がすための最後の戦いで、我ら護衛は、私を残し、全滅いたしました…」
クラウスから語られた、衝撃の事実。
その夜、中央館の会議室には、アキオと、彼の妻たち、そしてカイやアルトといった町の幹部全員が集められていた。アキオは、クラウスから聞き出した全ての情報を、皆に共有した。
「助けを求めて、俺たちの門を叩いた者がいる。しかもそれは、戦いを望まぬ、誇り高き皇女だ。…俺は、彼女を助けたい」
アキオのその言葉に、反対する者は、誰一人いなかった。凛が、冷静に、しかし強い意志を込めて言った。
「その皇女殿下を受け入れることは、帝国の残党全てを、敵に回すことを意味します。ですが、それこそ、我ら聖域が示すべき覚悟でしょう」
アキオは、力強く頷いた。
「カイ、キナ。お前たちに、斥候としての任務を与える。クラウス殿から、皇女殿下が潜んでおられる場所の、最後の目印を聞き出せ。そして、直ちに救出に向かう。準備を始めろ」
アキオの町は、その理想と平和を守るために、外部世界の大きな動乱へと、自らの意志で関わっていくことを決断した、歴史的な瞬間だった。
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