268 / 387
第268話:棟梁の夢、そして白亜の館
しおりを挟む
アキオの町は、歴史的な転換点を迎えようとしていた。数年にわたり、町の誰もが、その完成を夢見てきた一大プロジェクト——「新・中央館」が、ついにその全貌を現す日が、間近に迫っていたのだ。
その最後の追い込みで、最も熱い火花を散らしていたのが、ドルガン親方が率いる鍛冶場だった。
「ギムル! その研磨、まだ甘いわ! 侯爵様への献上品だということを忘れたのか!」
「フレイヤさんこそ、その焼き入れの温度、コンマ1秒早すぎるわよ! 親方の名に泥を塗る気!?」
親方の弟子となった若いドワーフたちは、互いに檄を飛ばし合いながらも、その瞳には、最高の仕事をしているという、職人としての誇りと喜びに満ち溢れていた。彼らの驚異的な働きにより、新・中央館の窓枠や扉に使われる、アキオ鋼の精密な装飾部品が、次々と生み出されていく。
そして、その工房の片隅では、もう一つの奇跡が産声を上げようとしていた。
「親方! 最後の魔力伝導管、接続完了しました!」
「おう! よくやった、ボリン! フィーリ、動力炉の最終チェックだ!」
ドルガン親方の雷のような声が響く。ヴァルト子爵に贈る約束となっていた、新型の魔導ワゴン『天馬』。流線形の優美なフォルムを持つその車体は、町の技術の結晶であり、ドワーフたちの情熱そのものだった。
「…ふん。上出来じゃわい」
親方は、完成した『天馬』の車体を、我が子のように優しい手つきで撫でながら、満足げにその巨体を揺らした。
中央館の建設現場もまた、最後の仕上げに追われていた。
アヤネは、町の女性たちをまとめ上げ、数百人が集うことになる大食堂の準備を、完璧な手際で指揮していた。
「サラさん、そのタペストリー、とても素敵ですわ。中央の柱にお願いします。ユリアさん、新しいテーブルクロスの枚数は足りますか? 新住民の方々にも、綺麗な席を用意してさしあげて」
一方、キナは、持ち前の腕力と、元荒くれ共への顔の広さを活かし、屈強な男たちを率いて、巨大な家具や装飾品の搬入作業を行っていた。
「おらおら、てめえら! その梁一本、傷つけてみやがれ! あたしが、お前らを梁にして吊るすからな!」
彼女の冗談めかした、しかし本気の檄に、男たちは「「「へい、姐さん!」」」と、楽しそうな声を上げて応える。
そして、ついにその日がやってきた。
雲一つない青空の下、町の中心に、白亜の輝きを放つ、壮大で、しかしどこか温かみのある「新・中央館」が、その全ての姿を現した。それは、アキオの棟梁としての知識と技術、そして、この町に住む全ての住民の汗と努力、その全てが結実した、夢の結晶だった。
アキオは、広場に集まった全住民を前に、新館のテラスに立った。
「皆、聞いてくれ!」
アキオの声が、広場に響き渡る。
「この館は、俺一人のものじゃない。ドルガン親方とドワーフたちがいなければ、この骨組みは生まれなかった。カイとアルト、そして再生班の皆がいなければ、この壁は立ち上がらなかった。アヤネと町の女性たちがいなければ、俺たちは腹を空かせて、働くこともできなかった。そして、この町に来てくれた、新しい仲間たち一人一人の力がなければ、今日この日を迎えることは、決してできなかっただろう!」
アキオは、一度言葉を切り、そして、万感の想いを込めて叫んだ。
「この館は、俺一人の夢じゃない。ここにいる、お前たち全員の、汗と、涙と、そして未来への希望が詰まった、俺たちの家だ! 今日は、理屈抜きで、ただ楽しんでくれ! 宴の始まりだ!」
うおおおおおっ!! という、地鳴りのような歓声が、聖域の空へと高く、高く、響き渡った。
盛大な祝宴の喧騒が、少しだけ落ち着いた頃。アキオは、妻たちだけを連れて、新・中央館の、プライベートな居住エリアへと、特別な内覧会を開いていた。
「まずは、シルヴィア。君の部屋だ」
アキオが扉を開けると、そこは、壁一面の巨大な書架と、薬草園に直接出られる大きなガラス窓、そして、薬の調合のための清浄な空気が保たれた研究室があった。
「まあ、アキオ…わたくしの理想が、全てここに…夢のようですわ…」
シルヴィアは、感極まった様子で、アキオの胸にその顔をうずめた。
「次は、アヤネの厨房だ」
そこは、もはや厨房というより、城の調理場と呼ぶべき、広大で機能的な空間だった。アキオが設計した、清潔な水が常に流れるシンク、火力の調整が容易な竈、そして、数百人分の食材を保管できる、巨大な食品庫。
「アキオ様…! これなら、千人分のお食事だって、作れてしまいますわ!」
アヤネは、嬉し涙を浮かべながら、新しい調理台を、愛おしそうに撫でていた。
キナの居住棟には、頑丈なアキオ鋼で補強された柱が立つ訓練室と、外の道場へ直接出られる土間があった。「うおおお! すっげえ! だんな、最高だぜ! これで、いつでも訓練し放題だな!」と、彼女は子供のようにはしゃいだ。
凛とクラウディアの居住棟は、中央に、二人のための巨大な執務室が設けられていた。町の地図や、各国の資料を保管するための、天井まで届く書棚と、二人が並んで仕事のできる、大きな執務机。
「…完璧ですわ、アキオ様。これ以上の執務環境は考えられません」
「ええ、本当に。これでは、仕事が捗りすぎて、休む暇もなくなってしまいそうですわね」
凛とクラウディアは、顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。
その夜、新しい館の、巨大な食堂で、アキオの家族、そして町の仲間たち全員での、最初の晩餐が開かれた。
アキオは、自らの隣で、幸せそうに食事をする妻たちの顔、そして、広間で笑い合う、多くの仲間たちの顔を見渡す。
職人としての、棟梁としての、人生最大の仕事。そして、一人の男としての、最高の家族。その全てが、今、この場所にあった。
アキオは、胸の奥から込み上げてくる熱いものを感じながら、この、かけがえのない幸福な瞬間を、永遠に忘れないだろうと、固く心に誓うのだった。
その最後の追い込みで、最も熱い火花を散らしていたのが、ドルガン親方が率いる鍛冶場だった。
「ギムル! その研磨、まだ甘いわ! 侯爵様への献上品だということを忘れたのか!」
「フレイヤさんこそ、その焼き入れの温度、コンマ1秒早すぎるわよ! 親方の名に泥を塗る気!?」
親方の弟子となった若いドワーフたちは、互いに檄を飛ばし合いながらも、その瞳には、最高の仕事をしているという、職人としての誇りと喜びに満ち溢れていた。彼らの驚異的な働きにより、新・中央館の窓枠や扉に使われる、アキオ鋼の精密な装飾部品が、次々と生み出されていく。
そして、その工房の片隅では、もう一つの奇跡が産声を上げようとしていた。
「親方! 最後の魔力伝導管、接続完了しました!」
「おう! よくやった、ボリン! フィーリ、動力炉の最終チェックだ!」
ドルガン親方の雷のような声が響く。ヴァルト子爵に贈る約束となっていた、新型の魔導ワゴン『天馬』。流線形の優美なフォルムを持つその車体は、町の技術の結晶であり、ドワーフたちの情熱そのものだった。
「…ふん。上出来じゃわい」
親方は、完成した『天馬』の車体を、我が子のように優しい手つきで撫でながら、満足げにその巨体を揺らした。
中央館の建設現場もまた、最後の仕上げに追われていた。
アヤネは、町の女性たちをまとめ上げ、数百人が集うことになる大食堂の準備を、完璧な手際で指揮していた。
「サラさん、そのタペストリー、とても素敵ですわ。中央の柱にお願いします。ユリアさん、新しいテーブルクロスの枚数は足りますか? 新住民の方々にも、綺麗な席を用意してさしあげて」
一方、キナは、持ち前の腕力と、元荒くれ共への顔の広さを活かし、屈強な男たちを率いて、巨大な家具や装飾品の搬入作業を行っていた。
「おらおら、てめえら! その梁一本、傷つけてみやがれ! あたしが、お前らを梁にして吊るすからな!」
彼女の冗談めかした、しかし本気の檄に、男たちは「「「へい、姐さん!」」」と、楽しそうな声を上げて応える。
そして、ついにその日がやってきた。
雲一つない青空の下、町の中心に、白亜の輝きを放つ、壮大で、しかしどこか温かみのある「新・中央館」が、その全ての姿を現した。それは、アキオの棟梁としての知識と技術、そして、この町に住む全ての住民の汗と努力、その全てが結実した、夢の結晶だった。
アキオは、広場に集まった全住民を前に、新館のテラスに立った。
「皆、聞いてくれ!」
アキオの声が、広場に響き渡る。
「この館は、俺一人のものじゃない。ドルガン親方とドワーフたちがいなければ、この骨組みは生まれなかった。カイとアルト、そして再生班の皆がいなければ、この壁は立ち上がらなかった。アヤネと町の女性たちがいなければ、俺たちは腹を空かせて、働くこともできなかった。そして、この町に来てくれた、新しい仲間たち一人一人の力がなければ、今日この日を迎えることは、決してできなかっただろう!」
アキオは、一度言葉を切り、そして、万感の想いを込めて叫んだ。
「この館は、俺一人の夢じゃない。ここにいる、お前たち全員の、汗と、涙と、そして未来への希望が詰まった、俺たちの家だ! 今日は、理屈抜きで、ただ楽しんでくれ! 宴の始まりだ!」
うおおおおおっ!! という、地鳴りのような歓声が、聖域の空へと高く、高く、響き渡った。
盛大な祝宴の喧騒が、少しだけ落ち着いた頃。アキオは、妻たちだけを連れて、新・中央館の、プライベートな居住エリアへと、特別な内覧会を開いていた。
「まずは、シルヴィア。君の部屋だ」
アキオが扉を開けると、そこは、壁一面の巨大な書架と、薬草園に直接出られる大きなガラス窓、そして、薬の調合のための清浄な空気が保たれた研究室があった。
「まあ、アキオ…わたくしの理想が、全てここに…夢のようですわ…」
シルヴィアは、感極まった様子で、アキオの胸にその顔をうずめた。
「次は、アヤネの厨房だ」
そこは、もはや厨房というより、城の調理場と呼ぶべき、広大で機能的な空間だった。アキオが設計した、清潔な水が常に流れるシンク、火力の調整が容易な竈、そして、数百人分の食材を保管できる、巨大な食品庫。
「アキオ様…! これなら、千人分のお食事だって、作れてしまいますわ!」
アヤネは、嬉し涙を浮かべながら、新しい調理台を、愛おしそうに撫でていた。
キナの居住棟には、頑丈なアキオ鋼で補強された柱が立つ訓練室と、外の道場へ直接出られる土間があった。「うおおお! すっげえ! だんな、最高だぜ! これで、いつでも訓練し放題だな!」と、彼女は子供のようにはしゃいだ。
凛とクラウディアの居住棟は、中央に、二人のための巨大な執務室が設けられていた。町の地図や、各国の資料を保管するための、天井まで届く書棚と、二人が並んで仕事のできる、大きな執務机。
「…完璧ですわ、アキオ様。これ以上の執務環境は考えられません」
「ええ、本当に。これでは、仕事が捗りすぎて、休む暇もなくなってしまいそうですわね」
凛とクラウディアは、顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。
その夜、新しい館の、巨大な食堂で、アキオの家族、そして町の仲間たち全員での、最初の晩餐が開かれた。
アキオは、自らの隣で、幸せそうに食事をする妻たちの顔、そして、広間で笑い合う、多くの仲間たちの顔を見渡す。
職人としての、棟梁としての、人生最大の仕事。そして、一人の男としての、最高の家族。その全てが、今、この場所にあった。
アキオは、胸の奥から込み上げてくる熱いものを感じながら、この、かけがえのない幸福な瞬間を、永遠に忘れないだろうと、固く心に誓うのだった。
43
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる