五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第268話:棟梁の夢、そして白亜の館

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 アキオの町は、歴史的な転換点を迎えようとしていた。数年にわたり、町の誰もが、その完成を夢見てきた一大プロジェクト——「新・中央館」が、ついにその全貌を現す日が、間近に迫っていたのだ。

 その最後の追い込みで、最も熱い火花を散らしていたのが、ドルガン親方が率いる鍛冶場だった。
「ギムル! その研磨、まだ甘いわ! 侯爵様への献上品だということを忘れたのか!」
「フレイヤさんこそ、その焼き入れの温度、コンマ1秒早すぎるわよ! 親方の名に泥を塗る気!?」
 親方の弟子となった若いドワーフたちは、互いに檄を飛ばし合いながらも、その瞳には、最高の仕事をしているという、職人としての誇りと喜びに満ち溢れていた。彼らの驚異的な働きにより、新・中央館の窓枠や扉に使われる、アキオ鋼の精密な装飾部品が、次々と生み出されていく。
 そして、その工房の片隅では、もう一つの奇跡が産声を上げようとしていた。
「親方! 最後の魔力伝導管、接続完了しました!」
「おう! よくやった、ボリン! フィーリ、動力炉の最終チェックだ!」
 ドルガン親方の雷のような声が響く。ヴァルト子爵に贈る約束となっていた、新型の魔導ワゴン『天馬』。流線形の優美なフォルムを持つその車体は、町の技術の結晶であり、ドワーフたちの情熱そのものだった。
「…ふん。上出来じゃわい」
 親方は、完成した『天馬』の車体を、我が子のように優しい手つきで撫でながら、満足げにその巨体を揺らした。

 中央館の建設現場もまた、最後の仕上げに追われていた。
 アヤネは、町の女性たちをまとめ上げ、数百人が集うことになる大食堂の準備を、完璧な手際で指揮していた。
「サラさん、そのタペストリー、とても素敵ですわ。中央の柱にお願いします。ユリアさん、新しいテーブルクロスの枚数は足りますか? 新住民の方々にも、綺麗な席を用意してさしあげて」
 一方、キナは、持ち前の腕力と、元荒くれ共への顔の広さを活かし、屈強な男たちを率いて、巨大な家具や装飾品の搬入作業を行っていた。
「おらおら、てめえら! その梁一本、傷つけてみやがれ! あたしが、お前らを梁にして吊るすからな!」
 彼女の冗談めかした、しかし本気の檄に、男たちは「「「へい、姐さん!」」」と、楽しそうな声を上げて応える。

 そして、ついにその日がやってきた。
 雲一つない青空の下、町の中心に、白亜の輝きを放つ、壮大で、しかしどこか温かみのある「新・中央館」が、その全ての姿を現した。それは、アキオの棟梁としての知識と技術、そして、この町に住む全ての住民の汗と努力、その全てが結実した、夢の結晶だった。
 アキオは、広場に集まった全住民を前に、新館のテラスに立った。
「皆、聞いてくれ!」
 アキオの声が、広場に響き渡る。
「この館は、俺一人のものじゃない。ドルガン親方とドワーフたちがいなければ、この骨組みは生まれなかった。カイとアルト、そして再生班の皆がいなければ、この壁は立ち上がらなかった。アヤネと町の女性たちがいなければ、俺たちは腹を空かせて、働くこともできなかった。そして、この町に来てくれた、新しい仲間たち一人一人の力がなければ、今日この日を迎えることは、決してできなかっただろう!」
 アキオは、一度言葉を切り、そして、万感の想いを込めて叫んだ。
「この館は、俺一人の夢じゃない。ここにいる、お前たち全員の、汗と、涙と、そして未来への希望が詰まった、俺たちの家だ! 今日は、理屈抜きで、ただ楽しんでくれ! 宴の始まりだ!」
 うおおおおおっ!! という、地鳴りのような歓声が、聖域の空へと高く、高く、響き渡った。

 盛大な祝宴の喧騒が、少しだけ落ち着いた頃。アキオは、妻たちだけを連れて、新・中央館の、プライベートな居住エリアへと、特別な内覧会を開いていた。
「まずは、シルヴィア。君の部屋だ」
 アキオが扉を開けると、そこは、壁一面の巨大な書架と、薬草園に直接出られる大きなガラス窓、そして、薬の調合のための清浄な空気が保たれた研究室があった。
「まあ、アキオ…わたくしの理想が、全てここに…夢のようですわ…」
 シルヴィアは、感極まった様子で、アキオの胸にその顔をうずめた。

「次は、アヤネの厨房だ」
 そこは、もはや厨房というより、城の調理場と呼ぶべき、広大で機能的な空間だった。アキオが設計した、清潔な水が常に流れるシンク、火力の調整が容易な竈、そして、数百人分の食材を保管できる、巨大な食品庫。
「アキオ様…! これなら、千人分のお食事だって、作れてしまいますわ!」
 アヤネは、嬉し涙を浮かべながら、新しい調理台を、愛おしそうに撫でていた。

 キナの居住棟には、頑丈なアキオ鋼で補強された柱が立つ訓練室と、外の道場へ直接出られる土間があった。「うおおお! すっげえ! だんな、最高だぜ! これで、いつでも訓練し放題だな!」と、彼女は子供のようにはしゃいだ。
 凛とクラウディアの居住棟は、中央に、二人のための巨大な執務室が設けられていた。町の地図や、各国の資料を保管するための、天井まで届く書棚と、二人が並んで仕事のできる、大きな執務机。
「…完璧ですわ、アキオ様。これ以上の執務環境は考えられません」
「ええ、本当に。これでは、仕事が捗りすぎて、休む暇もなくなってしまいそうですわね」
 凛とクラウディアは、顔を見合わせ、満足げに微笑んだ。

 その夜、新しい館の、巨大な食堂で、アキオの家族、そして町の仲間たち全員での、最初の晩餐が開かれた。
 アキオは、自らの隣で、幸せそうに食事をする妻たちの顔、そして、広間で笑い合う、多くの仲間たちの顔を見渡す。
 職人としての、棟梁としての、人生最大の仕事。そして、一人の男としての、最高の家族。その全てが、今、この場所にあった。
 アキオは、胸の奥から込み上げてくる熱いものを感じながら、この、かけがえのない幸福な瞬間を、永遠に忘れないだろうと、固く心に誓うのだった。
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