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第271話:北への旅路、そして生命の暴走
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アキオたちが、聖域の未来を左右する、新たな外交の旅へと出発してから、数時間が経過した。アキオの町から、ヴァルト子爵領へと続く道。その道を、二台の魔導車が、力強く、そして静かに進んでいた。
先頭を走るのは、アキオ自らが操縦する、重量物運搬用の『力王』。その助手席には、筆頭秘書官である凛が座り、地図と睨めっこしながら、常に最適なルートを計算している。
「アキオ様、この先の丘を越えれば、ヴァルト子爵領の監視所が見えてくるはずです。到着予定時刻は、当初の計画より、およそ2時間早いペースですわ」
「おう、さすが『力王』だな。悪路もものともしねえ。…凛、疲れてないか?」
「いいえ、大丈夫です。アキオ様の隣は、一番落ち着きますから」
凛は、そう言って、穏やかに微笑んだ。後部座席では、護衛の要であるキナが、窓の外の気配に鋭く意識を張り巡らせている。車内には、程よい緊張感と、任務への集中力が満ちていた。
一方、その後ろを続くのは、最新型の魔導ワゴン『天馬』。こちらは、女性たちのための、快適で優雅な空間となっていた。
「まあ、クラウディア。貴女の淹れるお茶は、本当に素晴らしいですわね。王都のどんな茶会よりも、心が落ち着きます」
シルヴィアが、大きなガラス窓から流れる景色を眺めながら、うっとりと目を細める。
「お褒めにずかり、光栄ですわ、シルヴィア様。ですが、この茶葉も、アウロラ様の祝福を受けた土地で育った、特別なものですから」
クラウディアは、優雅な仕草でお茶を注ぎながら、アウロラに微笑みかけた。アウロラは「うむ。わらわは、ただ、そこにあるべき生命の力を、少しだけ引き出してやっただけじゃ」と、悪戯っぽく笑う。三人の才媛と聖女が織りなす会話は、まるで高貴なサロンのようだった。彼女たちは、これから始まるであろう、困難な外交交渉を前に、穏やかな時間の中で、互いの絆を確かめ合っていた。
一行は、その日の昼過ぎ、ヴァルト子爵領の都へと到着した。
城門の前では、アレクサンダー子爵が、妻のリーゼロッテ夫人と共に、一行の到着を今か今かと待ちわびていた。
「アキオ殿! よくぞ、ご無事で!」
「子爵、久しぶりだな。約束の品を、持ってきたぞ」
アキオは、子爵に、真新しい魔導ワゴン『天馬』の鍵を渡した。子爵は、その優美で、そして力強い『天馬』の姿に、感嘆の声を漏らす。
「おお…! これが、我が領地の新しい力に…! アキオ殿、感謝の言葉もない。このご恩は、必ずや…」
しかし、その子爵の表情は、喜び一色というわけではなく、どこか晴れない、深刻な悩みの色が浮かんでいた。
「…だが、アキオ殿。君に、その『天馬』で、すぐに見てもらいたい場所があるのだ。君からいただいた、あの『森の主』の祝福が、今、我々の手に負えない事態を引き起こしていてな…」
子爵の案内で、一行は街道の建設現場を視察した。そこは、かつて「森の主」が薙ぎ払った、広大な道の、森へと入る入り口だった。
舗装工事は、森の入り口で、ぷっつりと途絶えていた。その先には、不気味な静けさではなく、むしろ、生命力に満ち溢れすぎた、異常な光景が広がっていた。
子爵領の者たちが懸命に敷き詰めたはずの石畳は、その隙間から、あり得ないほどの太さと勢いで成長した、巨大な木の根によって、無残にひび割れ、持ち上げられている。道端の草花は、一日にして咲き、そして枯れるほどの、異常な速度で生命を循環させており、地面そのものが、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと脈動しているかのようだった。
「ここが、かつて『森の主』が、君の力で樹木へと変わった場所だ。あの日以来、この森は、豊かになる一方なのだが、その生命力が強すぎて、道が、道として成立しないのだ。敷いても、敷いても、森が、道を飲み込んでしまう…」
子爵の、悲痛な声が響く。
その光景を前に、アキオの妻たちは、それぞれの専門分野から、即座にその本質を見抜いていた。
「…なるほどな。こいつは、ただの魔物の仕業じゃねえ。森そのものが、生きてやがる」キナが、野性の勘でつぶやく。
「ええ。物理的な力で道を造ろうとしても、これでは、いたちごっこですわ。力の根源を、どうにかしなければ…」凛とクラウディアも、同じ結論に達する。
そして、シルヴィアとアウロラが、その答えを口にした。
「アキオ…これは、貴方の『生命の祝福』が、あの森の主の魂と結びつき、制御を失って暴走している状態ですわ。悪意はない。ただ、純粋な生命力が、この地から溢れ出してしまっているのです」
アキオは、理解した。これは、外部の脅威ではない。自らが、かつて善意で行った行いの、予期せぬ結果なのだと。力でねじ伏せるのではない。この、溢れ出す生命力と「共存」し、それを「制御」し、道として成立させるという、全く新しい、そしてアキオにしか解決できない、技術的・魔術的な課題。
「…なるほどな。こいつは、骨が折れそうだ。だが、俺が始めたことだ。俺が終わらせてやる」
アキオは、その「生ける道」を前に、棟梁として、そして聖域の主として、不敵な笑みを浮かべる。それは、この聖域の未来を左右する、壮大な儀式の、幕開けを告げるものだった。
先頭を走るのは、アキオ自らが操縦する、重量物運搬用の『力王』。その助手席には、筆頭秘書官である凛が座り、地図と睨めっこしながら、常に最適なルートを計算している。
「アキオ様、この先の丘を越えれば、ヴァルト子爵領の監視所が見えてくるはずです。到着予定時刻は、当初の計画より、およそ2時間早いペースですわ」
「おう、さすが『力王』だな。悪路もものともしねえ。…凛、疲れてないか?」
「いいえ、大丈夫です。アキオ様の隣は、一番落ち着きますから」
凛は、そう言って、穏やかに微笑んだ。後部座席では、護衛の要であるキナが、窓の外の気配に鋭く意識を張り巡らせている。車内には、程よい緊張感と、任務への集中力が満ちていた。
一方、その後ろを続くのは、最新型の魔導ワゴン『天馬』。こちらは、女性たちのための、快適で優雅な空間となっていた。
「まあ、クラウディア。貴女の淹れるお茶は、本当に素晴らしいですわね。王都のどんな茶会よりも、心が落ち着きます」
シルヴィアが、大きなガラス窓から流れる景色を眺めながら、うっとりと目を細める。
「お褒めにずかり、光栄ですわ、シルヴィア様。ですが、この茶葉も、アウロラ様の祝福を受けた土地で育った、特別なものですから」
クラウディアは、優雅な仕草でお茶を注ぎながら、アウロラに微笑みかけた。アウロラは「うむ。わらわは、ただ、そこにあるべき生命の力を、少しだけ引き出してやっただけじゃ」と、悪戯っぽく笑う。三人の才媛と聖女が織りなす会話は、まるで高貴なサロンのようだった。彼女たちは、これから始まるであろう、困難な外交交渉を前に、穏やかな時間の中で、互いの絆を確かめ合っていた。
一行は、その日の昼過ぎ、ヴァルト子爵領の都へと到着した。
城門の前では、アレクサンダー子爵が、妻のリーゼロッテ夫人と共に、一行の到着を今か今かと待ちわびていた。
「アキオ殿! よくぞ、ご無事で!」
「子爵、久しぶりだな。約束の品を、持ってきたぞ」
アキオは、子爵に、真新しい魔導ワゴン『天馬』の鍵を渡した。子爵は、その優美で、そして力強い『天馬』の姿に、感嘆の声を漏らす。
「おお…! これが、我が領地の新しい力に…! アキオ殿、感謝の言葉もない。このご恩は、必ずや…」
しかし、その子爵の表情は、喜び一色というわけではなく、どこか晴れない、深刻な悩みの色が浮かんでいた。
「…だが、アキオ殿。君に、その『天馬』で、すぐに見てもらいたい場所があるのだ。君からいただいた、あの『森の主』の祝福が、今、我々の手に負えない事態を引き起こしていてな…」
子爵の案内で、一行は街道の建設現場を視察した。そこは、かつて「森の主」が薙ぎ払った、広大な道の、森へと入る入り口だった。
舗装工事は、森の入り口で、ぷっつりと途絶えていた。その先には、不気味な静けさではなく、むしろ、生命力に満ち溢れすぎた、異常な光景が広がっていた。
子爵領の者たちが懸命に敷き詰めたはずの石畳は、その隙間から、あり得ないほどの太さと勢いで成長した、巨大な木の根によって、無残にひび割れ、持ち上げられている。道端の草花は、一日にして咲き、そして枯れるほどの、異常な速度で生命を循環させており、地面そのものが、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと脈動しているかのようだった。
「ここが、かつて『森の主』が、君の力で樹木へと変わった場所だ。あの日以来、この森は、豊かになる一方なのだが、その生命力が強すぎて、道が、道として成立しないのだ。敷いても、敷いても、森が、道を飲み込んでしまう…」
子爵の、悲痛な声が響く。
その光景を前に、アキオの妻たちは、それぞれの専門分野から、即座にその本質を見抜いていた。
「…なるほどな。こいつは、ただの魔物の仕業じゃねえ。森そのものが、生きてやがる」キナが、野性の勘でつぶやく。
「ええ。物理的な力で道を造ろうとしても、これでは、いたちごっこですわ。力の根源を、どうにかしなければ…」凛とクラウディアも、同じ結論に達する。
そして、シルヴィアとアウロラが、その答えを口にした。
「アキオ…これは、貴方の『生命の祝福』が、あの森の主の魂と結びつき、制御を失って暴走している状態ですわ。悪意はない。ただ、純粋な生命力が、この地から溢れ出してしまっているのです」
アキオは、理解した。これは、外部の脅威ではない。自らが、かつて善意で行った行いの、予期せぬ結果なのだと。力でねじ伏せるのではない。この、溢れ出す生命力と「共存」し、それを「制御」し、道として成立させるという、全く新しい、そしてアキオにしか解決できない、技術的・魔術的な課題。
「…なるほどな。こいつは、骨が折れそうだ。だが、俺が始めたことだ。俺が終わらせてやる」
アキオは、その「生ける道」を前に、棟梁として、そして聖域の主として、不敵な笑みを浮かべる。それは、この聖域の未来を左右する、壮大な儀式の、幕開けを告げるものだった。
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