五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
285 / 400

第285話:王都からの報せ、そして切れ者の「一手」

しおりを挟む
 皇女リリアーナが提言した、「戦争への備え」。その、あまりにも重い言葉は、聖域の評議会に、深い沈黙と、未来への漠然とした不安を残した。アキオの町は、その誕生以来、初めて、外部世界との、避けられぬ衝突の可能性を、現実のものとして意識させられたのだ。
 その、重苦しい空気が、町全体を覆い始めてから、数日が過ぎた、ある日の午後だった。

 突如として、町の外から、聞き慣れた、しかし今は場違いなほどに陽気な、魔導車のエンジン音が響き渡った。見張り台にいた若者が、慌てて鐘を鳴らす。
「大変だ! スタンフィールド侯爵閣下が、お一人で、魔導車でお見えになったぞ!」
 その報せに、アキオたちは、急いで中央館の外へと駆け出した。そこにいたのは、アキオの『試作一号機』を、誇らしげに乗り回してきた、スタンフィールド侯爵、その人だった。

「がっはっはっは! アキオ殿、突然すまんな! 王都から、急ぎの報せがあってな! 何、心配するな。悪い話ではないわい!」
 侯爵は、その巨躯を揺らしながら、豪快に笑う。その顔には、いつものような、子供じみた好奇心と、そして、何か、とてつもなく面白いものを見つけたかのような、悪戯っぽい輝きが浮かんでいた。

 中央館の会議室。アキオと妻たち、そして、リリアーナとシャルロッテが、固唾をのんで、侯爵の言葉を待っていた。
「うむ。先日、王都へ参内し、陛下に、君たちの聖域と、魔導車の件、そして、我が領地に、新たに聖域を創造していただいた件を、正式に報告してきた。いやはや、陛下は、驚いておられたわい! そして、それはもう、大変フレンドリーなご対応でな!」
 侯爵は、そう言って、満足げに胸を張る。だが、その言葉は少し足りず、凛とクラウディアは、その「フレンドリー」という言葉の裏に、何か、計り知れない政治的な意図が隠されているのを、敏感に感じ取っていた。

 リリアーナが、冷徹な声で、核心を突いた。
「…して、侯爵閣下。国王陛下は、我々聖域に、何を求めておられるのですか? 派兵か、あるいは、技術の全面的な献上か」
「うむ? いや、そのような物騒な話は、一言も出ておらんぞ、皇女殿」
 侯爵は、こともなげに言うと、国王からの、驚くべき提案の内容を、語り始めた。

「まず、陛下は、アキオ殿の聖域が、この国の、いかなる法にも縛られぬ、完全な自治領であることを、王家の名において、正式に保証する、と。そして、聖域の今の暮らしを、未来永劫、誰にも脅かさせぬと、約束してくださった」
「…なんですって?」
 リリアーナが、信じられないというように、目を見開く。

「次に、魔導車じゃ。陛下は、あの乗り物を、いたく気に入られた。ついては、今後、安定的に、王家と、そして我がスタンフィールド家、ヴァルト子爵家に、優先的に供給してほしい、と。もちろん、対価は、望むままに支払う、と仰せだ。金でも、物資でも、あるいは、貴族の爵位でも、な」

 そして、侯爵は、最大の爆弾を投下した。
「そして、じゃ。これは、陛下からの、最大の誠意の証、とのことだ。アキオ殿、君に、陛下の、ただ一人の愛娘…近隣諸国にまで、その美貌が轟く、第一王女殿を、妻として差し出す、と」

 会議室が、水を打ったように静まり返る。
 皇女の心配は、杞憂に終わった。いや、もっと、性質の悪い形で、現実となったのだ。国王は、武力で聖域を支配するのではなく、婚姻という、最も古く、そして最も強力な楔を打ち込むことで、その技術者ごと、聖域を丸ごと囲い込むという、恐ろしく、そしてかなりの切れ者でなければ打てない、一手を選んだのだ。

「…というわけじゃ! この件について、近々、我が領地で、改めて会談の場を設ける、と、陛下は、一方的に決めてしまわれたわい! いやあ、楽しみじゃのう!」
 侯爵は、そう言うと、「わしは、この『試作一号機』の、予備のバッテリーを貰いに来ただけでの! では、さらばじゃ!」と、嵐のように去っていった。

 残された会議室で、アキオと妻たちは、ただ、呆然としていた。
「…王女、ですって…?」
「アキオ様が、王家の、婿に…?」
 妻たちの、不安そうな声。
 リリアーナは、静かに、しかし、その声に僅かな震えを滲ませながら、呟いた。
「…やられたわ。完敗よ。国王は、戦わずして、聖域の全てを、手に入れようとしている。これほど、厄介な相手はいない…」
 アキオは、もはや、何が何だか、分からなかった。
 ただ、スローライフを送りたいだけだったはずが、いつの間にか、自分は、この国の、王女の婿候補として、歴史の表舞台の、ど真ん中に、立たされてしまっていたのだ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...