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第356話:第五夫人の陣痛と、聖域の総力
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聖域に夏の気配が近づき始めた、ある穏やかな日の午後。新・中央館の一室、凛の私室は、いつもより少しだけ甘く、そしてどこかそわそわとした空気に満ちていた。
「あらあら、凛。この子の編み物、少し目が詰まりすぎていますわよ。もっと肩の力を抜かないと」
「……分かってはいるのだけれど。どうもこういう細かい作業は苦手で……」
親友であるクラウディアに、生まれてくる子のための小さな衣服の編み物を教わりながら、凛は苦笑いを浮かべていた。
その時だった。凛の理知的な表情がふっと強張り、彼女は大きなお腹をそっと押さえた。
「……来た、ようですわね」
その呟きは、緊張と、そしてどこか覚悟を決めたような力強さを秘めていた。
クラウディアからの緊急の報せを受け、新・中央館の最上階に用意された最も清浄な分娩室に、聖域の医療の叡智が集結する。
アキオは誰よりも早く駆けつけ、これから命がけの大仕事に挑む愛する妻の手を固く握りしめた。
シルヴィアが薬草師として、凛の心身をリラックスさせる特別な香油と薬湯を準備する。王都へ派遣されたエマに代わり、この出産を取り仕切るベテラン産婆のマーサが的確な指示を飛ばしていた。
そこへ、ヴァルト侯爵領から来た産婆見習いのハナたちが、緊張した面持ちで入室してきた。
「凛様……! わたくしたちもお手伝いを……」
不安げな彼女たちに、陣痛の波の合間で汗を拭いながら、凛が告げた。その声は、筆頭秘書官としての威厳に満ちていた。
「ハナさん、皆様。よく聞きなさい。わたくしの出産は聖域の貴重な医学的データとなります。今後の皆様の、そしてこの聖域の未来のために、この一瞬一瞬をその目に焼き付けなさい。……これは命令です」
自らの出産さえも公務と捉えるかのような、あまりにも気高い覚悟。ハナたちは涙で視界を滲ませながらも深く頷き、観察と補助の体勢に入った。
陣痛の波が来るたびに、凛はアキオの手を爪が食い込むほど強く握りしめる。
「う……っ、あ……! アキオ、さま……!」
「大丈夫だ、凛! 俺がついている! ここにいるぞ!」
アキオはその痛みを全て受け止めながら、自らの「生命の祝福」の力を惜しみなく凛とお腹の子へ注ぎ込み続ける。それはただ生命力を与えるだけではない。夫として、そして父として、二つの魂と共に戦うという揺るぎない覚悟の表明だった。
陣痛が始まってから半日。夜が更け、三つの月が天頂に昇った頃。
「奥様! あと一息です! 赤ちゃんの頭が見えてきましたよ!」
マーサの力強い声が響く。
「凛! 俺たちの子に会えるぞ! もう少しだ! 頑張れ!」
アキオは凛の汗に濡れた額に口づけを落とし、耳元で囁く。その言葉に応えるかのように、凛が最後の力を振り絞った直後。
オギャー、オギャー、オギャー!!
力強く、生命力に満ち溢れた赤子の産声が、聖域の夜空に響き渡った。
疲れ果てた凛の腕に、産湯を使ったばかりの小さな赤子が抱かされる。
「……あなた……私たちの子……」
凛は涙を流しながらアキオと顔を見合わせ、人生で最も美しい笑顔を見せた。
「……ああ、凛。よく頑張ったな……。本当にありがとう……」
アキオもまた涙で視界を歪ませながら、愛する妻と新しく生まれた我が子を優しく抱きしめた。
マーサが誇らしげに告げる。
「おめでとうございます、アキオ様、凛様。お世継ぎのご誕生です。聖域の未来を担う、それはもう元気な元気な男の子でございますよ!」
翌日。体力の回復した凛の腕には、小さな赤子が健やかな寝息を立てていた。
アキオ、そして妻たちが新しい家族の誕生を祝福する。特に親友であるクラウディアは、その小さな手を握りしめ、感極まって言葉も出ない様子だった。
「この子の名前ですが……」
凛はアキオと目を合わせ、静かに告げた。
「この聖域の全ての礎を築いてくださったアキオ様への感謝。そしてこの子が多くの知識と知恵を身につけ、聖域の未来を照らす光となりますようにと願いを込めて……。『智明』と名付けたいと思います」
「智明……か。素晴らしい名前だ」
アキオは深く頷き、自らの名の一字を継いだ愛しい我が子の額に、そっと口づけを落とした。
この新しい命の誕生は、聖域にまた一つ大きな喜びと、未来への確かな希望をもたらしたのであった。
「あらあら、凛。この子の編み物、少し目が詰まりすぎていますわよ。もっと肩の力を抜かないと」
「……分かってはいるのだけれど。どうもこういう細かい作業は苦手で……」
親友であるクラウディアに、生まれてくる子のための小さな衣服の編み物を教わりながら、凛は苦笑いを浮かべていた。
その時だった。凛の理知的な表情がふっと強張り、彼女は大きなお腹をそっと押さえた。
「……来た、ようですわね」
その呟きは、緊張と、そしてどこか覚悟を決めたような力強さを秘めていた。
クラウディアからの緊急の報せを受け、新・中央館の最上階に用意された最も清浄な分娩室に、聖域の医療の叡智が集結する。
アキオは誰よりも早く駆けつけ、これから命がけの大仕事に挑む愛する妻の手を固く握りしめた。
シルヴィアが薬草師として、凛の心身をリラックスさせる特別な香油と薬湯を準備する。王都へ派遣されたエマに代わり、この出産を取り仕切るベテラン産婆のマーサが的確な指示を飛ばしていた。
そこへ、ヴァルト侯爵領から来た産婆見習いのハナたちが、緊張した面持ちで入室してきた。
「凛様……! わたくしたちもお手伝いを……」
不安げな彼女たちに、陣痛の波の合間で汗を拭いながら、凛が告げた。その声は、筆頭秘書官としての威厳に満ちていた。
「ハナさん、皆様。よく聞きなさい。わたくしの出産は聖域の貴重な医学的データとなります。今後の皆様の、そしてこの聖域の未来のために、この一瞬一瞬をその目に焼き付けなさい。……これは命令です」
自らの出産さえも公務と捉えるかのような、あまりにも気高い覚悟。ハナたちは涙で視界を滲ませながらも深く頷き、観察と補助の体勢に入った。
陣痛の波が来るたびに、凛はアキオの手を爪が食い込むほど強く握りしめる。
「う……っ、あ……! アキオ、さま……!」
「大丈夫だ、凛! 俺がついている! ここにいるぞ!」
アキオはその痛みを全て受け止めながら、自らの「生命の祝福」の力を惜しみなく凛とお腹の子へ注ぎ込み続ける。それはただ生命力を与えるだけではない。夫として、そして父として、二つの魂と共に戦うという揺るぎない覚悟の表明だった。
陣痛が始まってから半日。夜が更け、三つの月が天頂に昇った頃。
「奥様! あと一息です! 赤ちゃんの頭が見えてきましたよ!」
マーサの力強い声が響く。
「凛! 俺たちの子に会えるぞ! もう少しだ! 頑張れ!」
アキオは凛の汗に濡れた額に口づけを落とし、耳元で囁く。その言葉に応えるかのように、凛が最後の力を振り絞った直後。
オギャー、オギャー、オギャー!!
力強く、生命力に満ち溢れた赤子の産声が、聖域の夜空に響き渡った。
疲れ果てた凛の腕に、産湯を使ったばかりの小さな赤子が抱かされる。
「……あなた……私たちの子……」
凛は涙を流しながらアキオと顔を見合わせ、人生で最も美しい笑顔を見せた。
「……ああ、凛。よく頑張ったな……。本当にありがとう……」
アキオもまた涙で視界を歪ませながら、愛する妻と新しく生まれた我が子を優しく抱きしめた。
マーサが誇らしげに告げる。
「おめでとうございます、アキオ様、凛様。お世継ぎのご誕生です。聖域の未来を担う、それはもう元気な元気な男の子でございますよ!」
翌日。体力の回復した凛の腕には、小さな赤子が健やかな寝息を立てていた。
アキオ、そして妻たちが新しい家族の誕生を祝福する。特に親友であるクラウディアは、その小さな手を握りしめ、感極まって言葉も出ない様子だった。
「この子の名前ですが……」
凛はアキオと目を合わせ、静かに告げた。
「この聖域の全ての礎を築いてくださったアキオ様への感謝。そしてこの子が多くの知識と知恵を身につけ、聖域の未来を照らす光となりますようにと願いを込めて……。『智明』と名付けたいと思います」
「智明……か。素晴らしい名前だ」
アキオは深く頷き、自らの名の一字を継いだ愛しい我が子の額に、そっと口づけを落とした。
この新しい命の誕生は、聖域にまた一つ大きな喜びと、未来への確かな希望をもたらしたのであった。
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