361 / 387
第361話:神狼の産声、そして五番目の光
しおりを挟む
聖域に夏の気配が色濃くなり始めたある日、町の広場では、第二夫人であるキナが、元気に育つ我が子たち(リク、そら、ルナ、大地)と、聖獣の子たちを相手に、鬼ごっこに興じていた。大きなお腹を抱えているとは思えないほどの、その身軽でエネルギッシュな姿に、アヤネやシルヴィアは、少しだけ心配そうな、しかし微笑ましい眼差しを向けていた。
「キナさん、あまり無理をしては駄目ですよ。もう、いつ生まれてもおかしくないのですから」
「へへっ、平気だって、アヤネ姉ちゃん! あたしら狼獣人は、身体が資本だからな! このくらいでへばってちゃ、だんなの嫁は務まらねえよ!」
キナは、そう言って快活に笑う。その太陽のような笑顔は、町の誰もを元気づける、聖域の宝の一つだった。
だが、その日の午後。事件は、突然、訪れた。
子供たちとの遊びを終え、アキオと共に中央館の庭で木の実を食べていた、まさにその時。キナが、ふと動きを止め、その大きな瞳を、まん丸く見開いた。
「…おっと」
「どうした、キナ?」
「だんな…。どうやら、こいつ、もう、だんなや兄ちゃん姉ちゃんたちに、会いたくなっちまったみてえだぜ…!」
彼女は、苦しげに、しかし、どこか楽しそうに、自らの大きなお腹をさすった。アキオは、獣人である彼女の出産が、人間のそれよりも早く、そして力強く訪れることを経験から知っていた。
「来たか! すぐにマーサさんとシルヴィアを呼ぶ!」
中央館の分娩室は、瞬く間に、聖域の医療チームによって、完璧な準備が整えられた。ベテラン産婆のマーサと、今やその右腕として成長したハナ。薬草師として、母体を支えるシルヴィアとミコ。そして、姉妹であり、母親の先輩として、キナの手を握り、励ますアヤネ。
キナの出産は、彼女の性格そのものを、体現しているかのようだった。
「ぐっ…! こ、こいつ、今までの奴らより、腹を蹴る力が、つええぞ…!」
陣痛の激しい波に耐えながらも、その口からは、威勢のいい言葉が飛び出す。その姿は、痛みに苦しむ妊婦というよりは、強大な敵と、一人で戦う、孤高の女戦士のようでもあった。
アキオは、そんな愛しい妻の手を、ただ、固く、固く、握りしめ、その耳元で、励ましの言葉を、送り続けることしかできなかった。
そして、陣痛が始まってから、半日も経たない、夕暮れ時。
「おぎゃあ! おぎゃあっ!」
これまでの、どの赤子よりも、力強く、そして、生命力に満ち溢れた産声が、聖域の空に、高らかに響き渡った。
「おめでとうございます! キナ様、アキオ様! とてもお元気な、お母上そっくりの、可愛らしいお姫様でございますよ!」
マーサが、湯で清められた赤ん坊を、キナの胸元へと運ぶ。赤ん坊は、母親譲りの、美しい赤銅色の髪を僅かに生やし、ぴくぴくと動く小さな狼の耳と尻尾を持っていた。
「へへ…やったぜ、だんな…! 女の子だ! リクの妹ができたぞ!」
「ああ、キナ…! 本当によく頑張ったな…! ありがとう…!」
アキオは、キナと、そして生まれたばかりの娘を、まとめて力強く抱きしめた。
その夜、体力の回復も驚くほど早いキナは、アキオと共に、新しい娘の名前を考えていた。
「なあ、だんな。この子の名前、あたしに考えさせてくれねえか?」
「もちろんだ。お前が産んだ、お前の子だからな」
「へへ、ありがとよ。…この子は、花のように、皆に愛され、そして、この聖域を、明るく照らす、光になってほしい。だから…『華(はな)』ってのは、どうだ?」
「華…か。良い名前だ。キナ、お前にぴったりの、素晴らしい名前だよ」
アキオは、妻と、新しく生まれた娘「華」が健やかに眠る寝顔を見つめながら、その生命力の強さに改めて感嘆していた。
(それにしても、キナは本当にたいしたもんだ。獣人の出産は、人間とはこうも違うものかと、リクの時もルナの時も驚かされたが、何度見てもすげえもんだ。この生命力の塊のような妻と、新しく生まれたこの小さな華。俺の、かけがえのない宝物だ)
聖域に、また一つ、新しい光が灯った。神狼の血を引く、その、小さな華の誕生は、この、祝福された土地の、未来を、さらに、明るく、そして、力強く、照らし出していくことだろう。
「キナさん、あまり無理をしては駄目ですよ。もう、いつ生まれてもおかしくないのですから」
「へへっ、平気だって、アヤネ姉ちゃん! あたしら狼獣人は、身体が資本だからな! このくらいでへばってちゃ、だんなの嫁は務まらねえよ!」
キナは、そう言って快活に笑う。その太陽のような笑顔は、町の誰もを元気づける、聖域の宝の一つだった。
だが、その日の午後。事件は、突然、訪れた。
子供たちとの遊びを終え、アキオと共に中央館の庭で木の実を食べていた、まさにその時。キナが、ふと動きを止め、その大きな瞳を、まん丸く見開いた。
「…おっと」
「どうした、キナ?」
「だんな…。どうやら、こいつ、もう、だんなや兄ちゃん姉ちゃんたちに、会いたくなっちまったみてえだぜ…!」
彼女は、苦しげに、しかし、どこか楽しそうに、自らの大きなお腹をさすった。アキオは、獣人である彼女の出産が、人間のそれよりも早く、そして力強く訪れることを経験から知っていた。
「来たか! すぐにマーサさんとシルヴィアを呼ぶ!」
中央館の分娩室は、瞬く間に、聖域の医療チームによって、完璧な準備が整えられた。ベテラン産婆のマーサと、今やその右腕として成長したハナ。薬草師として、母体を支えるシルヴィアとミコ。そして、姉妹であり、母親の先輩として、キナの手を握り、励ますアヤネ。
キナの出産は、彼女の性格そのものを、体現しているかのようだった。
「ぐっ…! こ、こいつ、今までの奴らより、腹を蹴る力が、つええぞ…!」
陣痛の激しい波に耐えながらも、その口からは、威勢のいい言葉が飛び出す。その姿は、痛みに苦しむ妊婦というよりは、強大な敵と、一人で戦う、孤高の女戦士のようでもあった。
アキオは、そんな愛しい妻の手を、ただ、固く、固く、握りしめ、その耳元で、励ましの言葉を、送り続けることしかできなかった。
そして、陣痛が始まってから、半日も経たない、夕暮れ時。
「おぎゃあ! おぎゃあっ!」
これまでの、どの赤子よりも、力強く、そして、生命力に満ち溢れた産声が、聖域の空に、高らかに響き渡った。
「おめでとうございます! キナ様、アキオ様! とてもお元気な、お母上そっくりの、可愛らしいお姫様でございますよ!」
マーサが、湯で清められた赤ん坊を、キナの胸元へと運ぶ。赤ん坊は、母親譲りの、美しい赤銅色の髪を僅かに生やし、ぴくぴくと動く小さな狼の耳と尻尾を持っていた。
「へへ…やったぜ、だんな…! 女の子だ! リクの妹ができたぞ!」
「ああ、キナ…! 本当によく頑張ったな…! ありがとう…!」
アキオは、キナと、そして生まれたばかりの娘を、まとめて力強く抱きしめた。
その夜、体力の回復も驚くほど早いキナは、アキオと共に、新しい娘の名前を考えていた。
「なあ、だんな。この子の名前、あたしに考えさせてくれねえか?」
「もちろんだ。お前が産んだ、お前の子だからな」
「へへ、ありがとよ。…この子は、花のように、皆に愛され、そして、この聖域を、明るく照らす、光になってほしい。だから…『華(はな)』ってのは、どうだ?」
「華…か。良い名前だ。キナ、お前にぴったりの、素晴らしい名前だよ」
アキオは、妻と、新しく生まれた娘「華」が健やかに眠る寝顔を見つめながら、その生命力の強さに改めて感嘆していた。
(それにしても、キナは本当にたいしたもんだ。獣人の出産は、人間とはこうも違うものかと、リクの時もルナの時も驚かされたが、何度見てもすげえもんだ。この生命力の塊のような妻と、新しく生まれたこの小さな華。俺の、かけがえのない宝物だ)
聖域に、また一つ、新しい光が灯った。神狼の血を引く、その、小さな華の誕生は、この、祝福された土地の、未来を、さらに、明るく、そして、力強く、照らし出していくことだろう。
11
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活
怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。
スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。
何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる