五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第370話:賢者の誓いと、盟主の選択

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 正妻シルヴィアが奇跡の子『ステラ・ノヴァ』を出産してから数日が過ぎた。聖域は新しい光の誕生を祝う穏やかで、そしてどこか神聖な空気に満ちていた。その一方で、森の境界で保護された錬金術師を名乗る謎の一団の処遇は、まだ宙吊りのままだった。彼らは聖域の一角に仮の宿舎を与えられ、静かにアキオの裁定を待っていた。

 その日の午後、アキオは正式に一団のリーダーである老賢者と、その孫娘を新・中央館の応接室へと招いた。老賢者は「パラケルスス」、そして気の強そうな鳶色の瞳を持つ孫娘は「リザ」と名乗った。

「さて、パラケルスス殿。単刀直入に聞こう。あんたたちは何者で、この聖域に何を望む?」
 アキオの飾り気のない、しかし全てを見透かすようなまっすぐな問い。パラケルススは背筋を伸ばし、覚悟を決めたように深く頭を下げた。
「アキオ殿。我らの素性については先日お話しした通りです。大陸東方の小王国で王に仕え、錬金術とゴーレム工学の研究をしておりました。ですが、その力を恐れた王弟の讒言によって国を追われ、一族郎党流浪の旅を続けておりました」
「……それで、この聖域の噂を聞きつけたと?」
「はい。最初はただ、どんな者でも受け入れてくれる慈悲深い土地があると聞き及んだだけでした。ですが……」
 パラケルススはそこで言葉を切り、窓の外に広がる聖域の豊かな森へと畏敬の念に満ちた視線を送った。
「先日、この聖域を包んだあの巨大な光……。我々は確かに拝見しました。あれはただの強力な魔術などではありません。世界の理そのものが新しく生まれる瞬間の創生の光。我々はもはや、ただの安住の地を求めてはおりませぬ」
 老賢者は椅子から静かに立ち上がると、アキオの前に再び深くひざまずいた。その隣で孫娘のリザも驚きながらも祖父に倣って頭を下げる。
「どうかアキオ殿。我らパラケルススの一族を、この聖域の、そして貴方様の民の一員としてお加えください。我らが生涯をかけて培ってきた錬金術とゴーレム工学の全ての知識と技術を、この聖域の輝かしい未来のために捧げることを、ここに固く誓います」
 それはもはや庇護を求める難民の言葉ではなかった。自らの価値を提示し、そして仕えるべき主を見出した賢者の魂からの忠誠の誓いだった。

 その夜、中央館の円卓会議室では再び妻会議が開かれた。議題は「錬金術師たちの正式な受け入れについて」。
「わたくしはまだ賛成しかねます」
 凛がその怜悧な瞳を細め、冷静に、しかしきっぱりと反対の意を示した。
「彼らの知識と技術が魅力的であることは認めます。ですが、彼らを追放したという王国の存在があまりに不確定すぎる。パラケルスス殿の言葉を鵜呑みにするのは危険です。もし彼らが追放されたのではなく、何か重大な罪を犯して逃亡してきたのだとしたら? あるいは彼らを受け入れたが故に、聖域がその王国との無用な戦火に巻き込まれるリスクを看過することはできません」
 凛のどこまでも現実的で、そして聖域の平和を第一に考えるが故の意見。それは盟主の妻の一人としてあまりにも正論だった。
「ですが凛様!」
 その意見に食らいついたのは第八夫人のシャルロッテだった。彼女の瞳は未来への大きな可能性にきらきらと輝いている。
「彼らの言う『ゴーレム』がもし自律して動く労働力だとしたら? わたくしが責任者を務める聖域街道の建設は、飛躍的にその速度を増しますのよ! 岩を砕き、土を運び、橋を架ける……。その全てを人間に代わって行ってくれるとしたら、どれほどの国益に繋がるか! これは多少のリスクを冒してでも手に入れるべき未来への投資ですわ!」
 二人の才媛の意見が火花を散らす。
 そこに第七夫人のリリアーナが、静かな、しかし芯の通った声で割って入った。
「問題の本質は彼らを信じるか信じないかではありません。彼らがどのような素性の者たちであれ、その知識と技術が本物であるならば、それは使い方次第で薬にも毒にもなるということです。重要なのは我々がその力を完全に制御できるかどうか。そしてその力を聖域の理念に沿って正しく導くことができるかどうか。……アキオ様」
 リリアーナはその視線を、黙って議論を見守っていた夫へと向けた。
「最終的なご決断は貴方様に委ねられています。貴方はこの聖域をどうしたいのですか? 今の平和をただ守り続けるのか。それとも新しい力を受け入れ、さらなる発展の道を歩むのか。その覚悟をお示しください」

 妻たちのそれぞれの聖域を想うが故の真剣な言葉。
 アキオは一晩考え抜いた。そして翌朝、彼はパラケルススとリザを自らの魂の城である工房へと招いた。
 工房の作業台の上には、先日作業中にうっかり折ってしまったアキオ鋼製の鍬の穂先が置かれていた。
「パラケルスス殿。あんたたちの言う錬金術とやらは、これを直せるのか?」
 そのあまりにも唐突で素朴な問い。パラケルススは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐにその問いに込められたアキオの真意を理解した。
 彼は威厳に満ちた賢者の顔から一人の職人の顔へと戻ると、にやりと笑ってみせた。
「お任せを、アキオ殿。錬金術とは元より斯様な、人々の暮らしを豊かにするための技にございます故」
 パラケルススは懐から、いくつかの奇妙な色の薬品が入った小瓶と触媒となる鉱石の粉末を取り出した。そしてリザに手際よく指示を飛ばしながら、アキオの目の前でその「奇跡の技」を披露し始めた。
 薬品を正確な比率で調合し鉱石の粉を振りかけると、それはまるで生き物のように泡立ち熱を発する。彼はその錬金薬を折れた鍬の断面に丁寧に塗り込んでいく。すると、まるで溶接でもしているかのように、二つの鉄の断面がゆっくりと融合し、そして完全に一つになった。
「……ほう」
 アキオはその見事な手際に思わず感嘆の声を漏らした。それは鍛冶とは全く違う化学的なアプローチ。だがその根底にあるのは、物質の本質を理解し、それをより良い形へと再構築するというものづくりの魂そのものだった。
「見事な腕だ」
 アキオがそう言うと、パラケルススは誇らしげに胸を張った。
「これで試験は合格と相成りましたかな?」
「ああ……」アキオはにやりと笑うと、こう告げた。「合格だ。あんたたちの力を信じよう」

 アキオは彼らに一つの条件を出した。
「あんたたちのその素晴らしい技術は、決して人を傷つけるためには使わない。この聖域の人々を豊かにし、笑顔にするためだけに使うと、俺に誓えるか?」
 その言葉に、パラケルススと、そしてこれまでずっと緊張した面持ちだった孫娘のリザもまた、堰を切ったように涙を流しながら深く深く頷いた。
「誓います……! この命に代えましても!」

 こうして聖域に錬金術とゴーレム工学という新しい技術の風が吹き込むことになった。
 それは光妃アウロラの奇跡の出産を前に、聖域がまた一つその器を大きくした歴史的な瞬間でもあった。
 そしてその新しい風は、やがて聖域の未来を誰も想像しえなかった方向へと導いていくことになるのだが、それはまた別の物語である。
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