五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第375話:神獣の儀式と、最初の神聖樹液

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 聖域の森を凄まじい嵐が吹き荒れていた。それはただの天候の悪化ではない。アウロラの体から溢れ出す制御不能の魔力が大気そのものを揺さぶっているのだ。
 その嵐の中を、二つの希望の光がそれぞれの目的地へとひた走っていた。

 一方は三頭の神獣に導かれる第二夫人のキナ。
「しっかり捕まってろよ、姉ちゃん!」
 キナを背に乗せた巨大な狼型の神獣が、まるで意思を持つかのように彼女に語りかける。その速度は疾風そのもの。降りしきる雨も荒れ狂う風も、彼らの神聖なオーラに阻まれキナの体に届くことはない。
「ああ、分かってる! お前たちこそ大丈夫なのか!?」
「グルルゥ……(問題ない)!」
 彼らの目指すは森の最深部、かつて森の主「アルクス・ヴィリディス」がその永い眠りについた聖地。そこにアウロラを救うための鍵があると、神獣たちの野性の、そして神聖な本能が告げていた。

 そしてもう一方、アキオもまた一人で嵐の中を走っていた。
 彼の体は泥と雨でずぶ濡れだ。だが、その瞳には絶望の色はない。老賢者パラケルススに、そして愛する妻たちにアウロラの命を託された。自分には成すべきことがある。その父親として、そして盟主としての強い意志が彼を突き動かしていた。
 彼が目指すのは、アルクス・ヴィリディスの種から芽吹き、今や聖域のもう一つの象徴として育ち始めた新しい神聖樹の若木。パラケルススが語った「神々しいまでの生命力を宿した物質」。そんなものがこの聖域にあるとすれば、この若い神の化身しかありえなかった。

 やがて二つの光はそれぞれの目的地へとたどり着く。

 キナと三頭の神獣が足を踏み入れたアルクス・ヴィリディスの聖地は、不思議なほどの静寂に包まれていた。嵐はまるで見えない壁に阻まれているかのように、その聖域の外で猛威を振るっている。
「……ここが……」
 キナは息をのんだ。そこはただ古い巨木の切り株があるだけの場所。しかし満ちている空気の密度が違う。清浄でどこまでも優しく、そして懐かしい巨大な生命の気配。
 三頭の神獣はキナをその背から降ろすと、切り株を中心に三角形の陣形を組んだ。そして彼らは天に向かって一斉にその聖なる咆哮を放った。
 それは威嚇の声ではない。暴力的な力の発露でもない。彼らのかつての主、アルクス・ヴィリディスのこの地に今なお深く眠る残留思念に語りかけ、その力を借り受けるための太古から伝わる神聖な儀式の始まりだった。
「グルルオオオオオオオオン!」
 その祈りの歌は森の全ての生命を震わせた。

 同じ頃、アキオもまた神聖樹の若木の前に立っていた。
 若木は聖域の魔力の嵐に呼応し、その葉を激しく震わせ明滅を繰り返している。それはまるで苦しんでいるかのようにも見えた。
 アキオはそのまだ人の腕ほどの太さしかない幹にそっと両手を触れた。
 そして祈る。それは神に助けを乞う弱い祈りではない。共に戦おうと呼びかける仲間への魂の叫びだった。
 (頼む……! もし君に意識があるのなら、どうか力を貸してくれ……!)
 アキオは自らの生命力を、その「生命の祝福」の力の全てを若木へと注ぎ込みながら語りかけ続けた。
 (君の母であり姉でもあるアウロラが苦しんでいるんだ! 君の兄弟になるはずの新しい命が、今生まれようとしてもがいている! このままでは皆駄目になってしまう! だから頼む! 俺の命でも魂でも何でも持っていっていい! だから、どうかお前の本当の力を見せてくれ……!)

 そのアキオの魂からの叫びと時を同じくして、アルクス・ヴィリディスの聖地で行われていた神獣たちの儀式がクライマックスを迎えた。三頭の咆哮が一つとなり、巨大な緑色の光の奔流となって天へと昇る。そしてその光は森の魔力の流れ、すなわち龍脈そのものに乗り、森全体を駆け巡り、そして一つの場所へと収束していった。
 アキオが手を触れている神聖樹の若木へと。

「……!?」
 アキオは自らが触れている若木から、凄まじいまでのエネルギーが逆流してくるのを感じた。それは制御不能の暴走ではない。アルトやケンタたちに分け与えた生命樹の実とは比べ物にならないほど純粋で巨大な生命エネルギーの奔流。
 神聖樹の若木がその奔流を受け、きしむような音を立てながら急激に成長を開始する。天に向かって枝が伸び幹が太くなり、その葉は青々と力強く茂っていく。
 そしてアキオが手を触れているその幹の中心から、一滴また一滴と黄金色の輝きを放つ液体が染み出してきた。
 それは神聖樹が多くの助けを得て初めて自らの力で生み出した最初の「実り」。
『神聖樹液』。
 その黄金の樹液は幹を伝い、アキオの手のひらの上で集まっていく。そして月光を浴びた瞬間、それは一つの美しい琥珀のような輝きを放つ宝石へと結晶化した。

 アキオはその手の中にある温かく力強い生命力の塊をそっと握りしめた。
 (……ありがとう)
 彼は見違えるようにたくましくなった神聖樹の若木にそう心の中で告げると、踵を返し中央館へと全速力で走り出した。
 錬金術師たちが待つ工房へ。そして愛する妻がその命を燃やしている分娩室へ。
 奇跡の触媒は手に入れた。
 希望はまだ潰えてはいない。
 反撃の狼煙は今、上がったのだ。
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