五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第379話:聖母と女神、そして原点の夜

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 聖域が歴史上初の「大収穫祭」の成功と、女神アウロラの帰還という、二つの大きな喜びに沸いた数日後の夜。
 新・中央館の最上階にあるアキオの執務室には、まだ煌々と灯りがともっていた。彼は机に広げられた「ゴーレム開発計画」の設計図を、真剣な眼差しで見つめている。
「…動力部の安定化はリザたちの錬金術で目処が立ったが、問題はこの巨体を動かすための関節部分の強度だ。ドワーフたちの技術でも、長期的な運用にはまだ課題が…」

 コンコン、と控えめなノックの音がした。
「あなた、まだお仕事ですの?」
 入ってきたのは第一夫人のアヤネだった。その手には湯気の立つ薬草茶を淹れた盆が乗っている。
「アヤネか。ああ、少し考え事をしていてな。すまない、心配をかけたか」
「いいえ。ですが、あまり根を詰められては、お体に障りますわ。聖域の盟主様が倒れられては、皆が悲しみます」
 アヤネはそう言うと、お茶をアキオの前に置き、自らも彼の隣の椅子に腰掛けた。彼女が持ってきたのはお茶だけではない。一冊の分厚い帳簿がその脇に抱えられていた。
「先日終わったばかりで恐縮ですが、収穫祭の会計報告と、それに基づいた冬の食料備蓄計画の最終案がまとまりましたので、ご承認をいただきたく…」
 彼女が帳簿を開いて説明を始める。その内容は完璧という言葉以外に見つからなかった。収穫祭で得られた周辺の村や町との交易による利益、収穫された膨大な量の穀物や野菜の最適な保存方法と来年の春までの綿密な消費計画、そして新しく生まれた多くの赤子たちのための乳製品や離乳食の確保ルートまで。
「…すごいな、アヤネ。この短期で、これだけの成果を…まさに宰相の仕事だ。君がいればこの聖域は安泰だな。俺はただ好きなものを作っていればいいんだからな」
 アキオが心からの感嘆の声を漏らすと、アヤネは嬉しそうに、しかし少しだけはにかんで微笑んだ。
「まあ、あなた。わたくしは、貴方が安心してそのお力を発揮できる場所を守っているだけですわ。それがわたくしの妻としての役目であり、喜びですから」
 彼女はそう言うと、アキオの凝り固まった肩を、そっとその小さな手で揉みほぐし始めた。

 その時だった。執務室の扉が勢いよく開かれたのは。
「だんな! 起きてるか! いい知らせだぜ!」
 嵐のように入ってきたのは第二夫人のキナだった。その快活な笑顔は、部屋の空気を一瞬で明るくする。
「キナか。どうしたんだそんなに慌てて。何かあったのか?」
「慌てちゃいねえよ! それより、これを見ろ!」
 キナがテーブルの上にどさりと広げたのは、聖域周辺の巨大な手書きの地図だった。そこには彼女の文字で新しい狩場や薬草の群生地、そして警備のための見張り台の最適配置などがびっしりと書き込まれている。
「森のさらに西、少し険しいが山を一つ越えた先にデカい猪がうじゃうじゃいる谷を見つけたんだ! これでこの冬の肉は心配いらねえ! それに、神獣たちとの連携訓練も新しい段階に入った。あいつら、俺の言うことなら何でも聞くぜ。聖域の防衛は盤石だ!」
 キナはその引き締まった胸を、誇らしげに張った。聖域の内政を完璧に支えるアヤネ。そして、食料と安全保障という外からの脅威を完全に排除するキナ。

 アキオはそのあまりにも頼もしい二人の妻の報告を受け、椅子から立ち上がると、深く、深くその頭を下げた。
「アヤネ、キナ…。ありがとう。本当に、ありがとう。お前たちがいてくれるから、俺は安心して夢を見ることができる。この聖域の内と外、その両方を、お前たちが支えてくれているんだな」
 その夫からの心からの感謝は、二人の妻の胸を熱くした。
「まあ、あなたったら、何を今更。夫婦なのですから、当然ですわ」
 アヤネは聖母のように優しくアキオを抱きしめ、その盟主としての重圧と孤独を癒やす。
「しけた顔すんなよ、だんな! あたしと姉ちゃんがいれば百人力だろ! さあ、元気出せ!」
 キナは女神のように快活に笑い、その背中を力強く叩いてアキオの気力を奮い立たせた。

 その対照的で、しかしどちらもかけがえのない二つの愛情に包まれ、アキオはふと、あることを思いつく。
「なあ、二人とも。少し散歩しないか。…俺たちが始まった、あの場所へ」

 三人が向かったのは、聖域の中心から少しだけ離れた小さな丘の上だった。そこは今ではただの美しい芝生の広場になっているが、かつてアキオがこの世界に来て最初に、アヤネやキナたち五人の子供と暮らし始めた、あの小さな掘っ立て小屋があった場所だ。
 眼下には無数の灯りが宝石のようにきらめく、聖域の壮大な夜景が広がっている。
「…すごいな。あの頃は、夜は真っ暗で、獣の声が聞こえるだけだったのに」
「ええ、本当に…。あの雨漏りだらけの小屋で、みんなで震えながら眠ったのが、まるで昨日のことのようですわ…」
「へへっ、アサヒとリクが、どっちがだんなの隣で寝るかで、よく喧嘩してたよな」
 三人は芝生の上に腰を下ろし、これまでの軌跡とこれからの未来について、ゆっくりと語り合った。初めて猪を仕留めた日のこと。初めて畑が実った日のこと。そして、初めて家族として心から笑い合った日のこと。その全てが、この場所に詰まっている。
 アキオはその両脇に座る二人の愛しい妻の肩をそっと抱き寄せた。アヤネがその片方の肩に、キナがもう一方の肩に、それぞれ頭を預ける。
 激しい情熱ではない。ただどこまでも穏やかで、そして揺るぎない愛と信頼が、そこにはあった。
 聖域の聖母と女神。そしてその二人に愛された一人の男。
 三人は満点の星空の下で、その原点に立ち返るかのような、深く静かな愛を確かめ合うのだった。
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