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その日の夜。エレインは父の帰宅を待って書斎に突撃した。今日の出来事がうまく自分の中で消化できず、ずっともやもやしたままだったのだ。これでは、眠れやしない。
不機嫌なエレインを、父は快く書斎に招き入れた。
「やあ、お姫様。どうしてそんな顔をしているんだい?」
「今日、ルイスに会いに行ったの」
「そうか。ルイス君は元気だったかい?」
「もちろん元気だったわ」
父は伯爵家にやってきた彼のことを知っているのだろうか。探るように父を見上げる。
「それと、新しい芸術家を雇ったようだったわ」
「芸術家を?」
「エリオール・グランデュールという方よ」
父の、エレインの髪を掬う手が止まった。じわじわと見開かれていく目をみながら、父は知らなかったのだとエレインは思った。
「それは、あのグランデュールの?」
「ええ、そうよ。小公爵様。・・・元だけど」
「そうか、それでか」
納得するような父の相槌に首をかしげると、苦笑しながら話してくれた。
「数日前会ったとき、やけにご機嫌だったんだ。何かあったのかと聞いたが教えてくれなくてね」
父の言いように、エレインはさらなる疑問を感じた。
「伯爵様はヴァイオリニストを雇いたがってたの?そんなに喜ぶなんて」
「ああ、いや」
娘の疑問に、父は困ったような顔をした。少し迷うような素振りをしたあと、エレインの手をひいてソファに座らせた。
「エレイン、これからはあまり頻繁に伯爵家には行かないほうがいいかもしれない」
「え?」
「・・・いや。すまない。やっぱり、影でこんなふうに言うのはフェアじゃないな」
「お父様?」
父は小さくため息をつく。
「エレイン。ファリス協定には別の側面もあるんだ」
「別の側面?」
「そう。例えば、芸術家を支援するという名目で、愛人を家に住まわせたりね」
思ってもいなかった展開に、思わず目を見開き固まってしまう。
「彼は昔から、グランデュール公爵夫人に熱をあげていた。まあ、夫人は女神に喩えられるほどの美人だったから、そういう男は多かったけどね」
「で、でも、公爵夫人は一緒には住んでいないって」
「そのほうが都合がいいこともある。妻の手前もあるし、自分が通えばいいだけだと開き直る男もね」
握ったままだった父の手に一瞬力がこもる。エレインの父と母は大の仲良しだ。推測だが、今まで愛人がいたことなど一度もないだろう。両親仲が良すぎるせいで恥ずかしい思いをすることもあるのだが、今はそれに酷く安堵する自分がいる。
「エレイン、一応言っておくが、何かしようとは思わないように」
「でも、ルイスの家族なのよ」
「そうだが、まだお前はルイス君の家族じゃない」
「・・・」
「それに、そのうち伯爵も目を覚ますかもしれない」
父は慰めるように言ったが、自分でもあまり信じていないことが、父の声には表れていた。
それからも少しだけ話をしたあと、エレインは自分の部屋に戻った。もう湯あみも済んでいる。ベッドにダイブし、目をつむった。
エリオールはきっと、人質なのだろう。夫人本人の代わりに伯爵家にとどめ置き、逃げられないようにするための。息子を盾に取られては、夫人も言うことをきくほかない。
そういえば、今日会った伯爵夫人とルイスの姉の様子も少し変だった。伯爵の暴挙を知っていたのかも。
伯爵は昔から、少し変わったところのある人だった。浮世離れしているというべきか、厭世的と言うべきか。それでも、ルイスの父親だった。今はどこか、得体のしれない人になった。
不機嫌なエレインを、父は快く書斎に招き入れた。
「やあ、お姫様。どうしてそんな顔をしているんだい?」
「今日、ルイスに会いに行ったの」
「そうか。ルイス君は元気だったかい?」
「もちろん元気だったわ」
父は伯爵家にやってきた彼のことを知っているのだろうか。探るように父を見上げる。
「それと、新しい芸術家を雇ったようだったわ」
「芸術家を?」
「エリオール・グランデュールという方よ」
父の、エレインの髪を掬う手が止まった。じわじわと見開かれていく目をみながら、父は知らなかったのだとエレインは思った。
「それは、あのグランデュールの?」
「ええ、そうよ。小公爵様。・・・元だけど」
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納得するような父の相槌に首をかしげると、苦笑しながら話してくれた。
「数日前会ったとき、やけにご機嫌だったんだ。何かあったのかと聞いたが教えてくれなくてね」
父の言いように、エレインはさらなる疑問を感じた。
「伯爵様はヴァイオリニストを雇いたがってたの?そんなに喜ぶなんて」
「ああ、いや」
娘の疑問に、父は困ったような顔をした。少し迷うような素振りをしたあと、エレインの手をひいてソファに座らせた。
「エレイン、これからはあまり頻繁に伯爵家には行かないほうがいいかもしれない」
「え?」
「・・・いや。すまない。やっぱり、影でこんなふうに言うのはフェアじゃないな」
「お父様?」
父は小さくため息をつく。
「エレイン。ファリス協定には別の側面もあるんだ」
「別の側面?」
「そう。例えば、芸術家を支援するという名目で、愛人を家に住まわせたりね」
思ってもいなかった展開に、思わず目を見開き固まってしまう。
「彼は昔から、グランデュール公爵夫人に熱をあげていた。まあ、夫人は女神に喩えられるほどの美人だったから、そういう男は多かったけどね」
「で、でも、公爵夫人は一緒には住んでいないって」
「そのほうが都合がいいこともある。妻の手前もあるし、自分が通えばいいだけだと開き直る男もね」
握ったままだった父の手に一瞬力がこもる。エレインの父と母は大の仲良しだ。推測だが、今まで愛人がいたことなど一度もないだろう。両親仲が良すぎるせいで恥ずかしい思いをすることもあるのだが、今はそれに酷く安堵する自分がいる。
「エレイン、一応言っておくが、何かしようとは思わないように」
「でも、ルイスの家族なのよ」
「そうだが、まだお前はルイス君の家族じゃない」
「・・・」
「それに、そのうち伯爵も目を覚ますかもしれない」
父は慰めるように言ったが、自分でもあまり信じていないことが、父の声には表れていた。
それからも少しだけ話をしたあと、エレインは自分の部屋に戻った。もう湯あみも済んでいる。ベッドにダイブし、目をつむった。
エリオールはきっと、人質なのだろう。夫人本人の代わりに伯爵家にとどめ置き、逃げられないようにするための。息子を盾に取られては、夫人も言うことをきくほかない。
そういえば、今日会った伯爵夫人とルイスの姉の様子も少し変だった。伯爵の暴挙を知っていたのかも。
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