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家に帰ったエレインは、すぐさま訪問する旨をしたため、ルイスに送った。
返事を受け取ると同時に家を飛び出し、伯爵邸に向かった。
今日はルイスが迎えに出た。いつもエレインを迎えてくれていた老齢の執事の姿はない。それを訝しく思いながらも、エレインは屋敷の中に足を踏み入れた。
「エレイン、今日はどうしたの?」
ルイスの様子は、前回会ったときよりはだいぶん落ち着いて見えた。とりあえずは。
「急にごめんなさい」
「いいよ。使用人の入れ替えがちょうど済んだところだったんだ」
「使用人の入れ替え?」
ついオウムのように聞き返してしまった。そういえば、老齢の執事の姿がなかったことを思い出す。エレインの戸惑いには構わず、ルイスは案内するように先を歩いていく。
「うん。今まではあまり考えずに雇っていたけど、そういうのはよくないって思って」
「そうなの・・・でも、そういうのはお義母さまの仕事じゃないの?」
「母上と姉上は、しばらくここを離れることになったんだ」
「離れるって、なぜ?」
エレインとしては当然のことを聞いたつもりだったのだが、ルイスは困ったように口籠り、やがてポツリと呟くように言った。
「姉上が襲われた」
「えっ・・・?」
何を言われたのか分からず、思わず立ち止まる。ルイスの離れていく背中にハッとして、エレインは慌てて追いかけた。
「ご無事なの?」
「うん。擦り傷だけで、他は・・・。でも、本人もショックを受けてるし、しばらく静かな場所で休養したほうがいいだろうってことになって。母上は姉上についていった」
「そう、なの。全然知らなかったわ、私・・・」
デリケートな問題だ。エレインに言えなかったのは分かる。でも、仔細は省いてでも教えてほしかった。二人には幼いころからよくしてもらっていたのに、声をかける機会も与えてくれないなんて。
でも、そこまで気が回らなかったのだとしても、そのことでルイスを責める気には到底なれなかった。
ひっそりと落ち込んでいきかけていた思考が、途中で引っかかった。まさかという思いで口を開く。
「使用人を入れ替えてるって、そのお姉様のこととなにか関係があるの?」
ルイスは力なく首を振る。
「分からない。でも、その後使用人が一人行方不明になった」
「そんな」
エレインはショックを隠しきれなかった。伯爵家の使用人のほとんどは顔なじみだ。その中の誰かが、ルイスの姉を襲ったかもしれないなんて。
でも、そうだ。落ち込んでばかりもいられない。こんな時こそ力にならなければ、何のための婚約者なのか。
「・・・ねえ、ルイス。なにか私に手伝えることがあったら言ってね。私達婚約者なんだし」
「うん。エレイン、そのことなんだけど・・・あ!」
何か言いかけたルイスが言葉を切る。庭へと続くテラスの扉を開き、駆け寄っていくその先。そこにいる人物を見て、エレインは眉をしかめた。
エリオール・グランデュール。
女主人も、長女も、今までいた使用人までが居なくなったというのに、彼だけが何事もなかったようにそこにいる。そのことが、酷く歪に思えてしまったのだ。
駆け寄ったルイスは、己の着ていた上着を脱ぎ彼の肩にかけた。
まるで、彼のほうがルイスの婚約者であるかのような甲斐甲斐しさだった。
しかも、待てど暮らせど戻ってこない。
痺れを切らしたエレインは、気が進まないながらも、自らも庭に出て二人の方に歩み寄っていった。
「ルイス。迎えに来たのだけれど?」
促すように言うが、ルイスが応じるよりもエリオールの反応のほうが早かった。
「マクラーレン嬢、お久しぶりです。ご一緒にお茶でもいかがですか?」
「お久しぶりです、エリオールさん。ありがたいお誘いですが、これからルイスと話があるので。内密の」
「内密、ですか」
エリオールは考えるように指で唇の表面を撫でる。
「それは、あなたの友人と関係があることなのかな」
「えっ?」
キュッと心臓が絞られるような心地を味わった。友人。マリアンヌのことを言っている?
「な、なにを言ってるんですか?」
「彼女の家は皇太子派の筆頭で、彼女自身は皇太子の婚約者です。そういう人の言葉を鵜呑みにするのは危険だと思いますよ」
白い指が茶器のつるを持ち上げる。口に運ぶ仕草には得も言われぬ優雅さがあった。
「わ、私を見張ってたの?」
エリオールはエレインの言葉にくすりと笑みをこぼすと、空いた椅子を指し示し言った。
「さあ、そんなところに立っていないで、座ってください」
「・・・」
嫌、とは今度は言えなかった。
言う通りに腰を下ろすと、ルイスもエリオールの横に腰掛ける。すかさず、それぞれの前に紅茶が供された。その紅茶を入れたのも、見たことのないメイドだった。手元にも一切の乱れがない。かなり訓練されたメイドだった。まるで公爵家のメイドだとエレインは思った。
「それで、先ほどの私の質問には答えてもらえるんですか?」
マリアンヌと会っていたことを、なぜ知っているのか。問いつめるような言い方になってしまったが、エリオールは気にした様子もなかった。
「監視など、していません」
「それならなぜ、私の動向をあなたが把握してるの」
「マクラーレン嬢の動向を把握しているわけではありません」
「それなら」
エレインはハッとした。
「マリアンヌね?マリアンヌを監視してたのね?」
確信を得たと思ったのに、これにもエリオールは首を振った。
「私はなにも。ただ、私は彼女たちと敵対していると思われているようで、彼女達の行動を見張っては私に注進しに来てくれる者がいるのです。それも、私が監視させてることになるのかな」
小首を傾げると、黒髪がさらりと揺れて肩から落ちる。
エレインは己の負けを悟った。これ以上言い募っても、堂々巡りにしかならないと。
それならせめてルイスに、マリアンヌが言ったことを伝えておきたかった。しかしそれも、二人の不仲を匂わされた後では効果は薄い。
エリオールを嫌うマリアンヌが、わざと彼を悪しざまに言ったと思われるだけだろう。
エレインは無意識に、手の中のカップを握りしてめていた。
目の前のエリオールは涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
彼を儚げな花だと称していたのは自分だったはずだ。
しかしそれはとんでもない勘違いだったのかもしれない。
「エリィ、寒くなってきたからそろそろ戻ろう」
今の会話を少しも聞いていなかったような態度で、ルイスはエリオールを促して席を立つ。
本当の婚約者の存在など忘れてしまったみたいに。
エレインはそれを、どこか虚しい気持ちで眺めていた。
返事を受け取ると同時に家を飛び出し、伯爵邸に向かった。
今日はルイスが迎えに出た。いつもエレインを迎えてくれていた老齢の執事の姿はない。それを訝しく思いながらも、エレインは屋敷の中に足を踏み入れた。
「エレイン、今日はどうしたの?」
ルイスの様子は、前回会ったときよりはだいぶん落ち着いて見えた。とりあえずは。
「急にごめんなさい」
「いいよ。使用人の入れ替えがちょうど済んだところだったんだ」
「使用人の入れ替え?」
ついオウムのように聞き返してしまった。そういえば、老齢の執事の姿がなかったことを思い出す。エレインの戸惑いには構わず、ルイスは案内するように先を歩いていく。
「うん。今まではあまり考えずに雇っていたけど、そういうのはよくないって思って」
「そうなの・・・でも、そういうのはお義母さまの仕事じゃないの?」
「母上と姉上は、しばらくここを離れることになったんだ」
「離れるって、なぜ?」
エレインとしては当然のことを聞いたつもりだったのだが、ルイスは困ったように口籠り、やがてポツリと呟くように言った。
「姉上が襲われた」
「えっ・・・?」
何を言われたのか分からず、思わず立ち止まる。ルイスの離れていく背中にハッとして、エレインは慌てて追いかけた。
「ご無事なの?」
「うん。擦り傷だけで、他は・・・。でも、本人もショックを受けてるし、しばらく静かな場所で休養したほうがいいだろうってことになって。母上は姉上についていった」
「そう、なの。全然知らなかったわ、私・・・」
デリケートな問題だ。エレインに言えなかったのは分かる。でも、仔細は省いてでも教えてほしかった。二人には幼いころからよくしてもらっていたのに、声をかける機会も与えてくれないなんて。
でも、そこまで気が回らなかったのだとしても、そのことでルイスを責める気には到底なれなかった。
ひっそりと落ち込んでいきかけていた思考が、途中で引っかかった。まさかという思いで口を開く。
「使用人を入れ替えてるって、そのお姉様のこととなにか関係があるの?」
ルイスは力なく首を振る。
「分からない。でも、その後使用人が一人行方不明になった」
「そんな」
エレインはショックを隠しきれなかった。伯爵家の使用人のほとんどは顔なじみだ。その中の誰かが、ルイスの姉を襲ったかもしれないなんて。
でも、そうだ。落ち込んでばかりもいられない。こんな時こそ力にならなければ、何のための婚約者なのか。
「・・・ねえ、ルイス。なにか私に手伝えることがあったら言ってね。私達婚約者なんだし」
「うん。エレイン、そのことなんだけど・・・あ!」
何か言いかけたルイスが言葉を切る。庭へと続くテラスの扉を開き、駆け寄っていくその先。そこにいる人物を見て、エレインは眉をしかめた。
エリオール・グランデュール。
女主人も、長女も、今までいた使用人までが居なくなったというのに、彼だけが何事もなかったようにそこにいる。そのことが、酷く歪に思えてしまったのだ。
駆け寄ったルイスは、己の着ていた上着を脱ぎ彼の肩にかけた。
まるで、彼のほうがルイスの婚約者であるかのような甲斐甲斐しさだった。
しかも、待てど暮らせど戻ってこない。
痺れを切らしたエレインは、気が進まないながらも、自らも庭に出て二人の方に歩み寄っていった。
「ルイス。迎えに来たのだけれど?」
促すように言うが、ルイスが応じるよりもエリオールの反応のほうが早かった。
「マクラーレン嬢、お久しぶりです。ご一緒にお茶でもいかがですか?」
「お久しぶりです、エリオールさん。ありがたいお誘いですが、これからルイスと話があるので。内密の」
「内密、ですか」
エリオールは考えるように指で唇の表面を撫でる。
「それは、あなたの友人と関係があることなのかな」
「えっ?」
キュッと心臓が絞られるような心地を味わった。友人。マリアンヌのことを言っている?
「な、なにを言ってるんですか?」
「彼女の家は皇太子派の筆頭で、彼女自身は皇太子の婚約者です。そういう人の言葉を鵜呑みにするのは危険だと思いますよ」
白い指が茶器のつるを持ち上げる。口に運ぶ仕草には得も言われぬ優雅さがあった。
「わ、私を見張ってたの?」
エリオールはエレインの言葉にくすりと笑みをこぼすと、空いた椅子を指し示し言った。
「さあ、そんなところに立っていないで、座ってください」
「・・・」
嫌、とは今度は言えなかった。
言う通りに腰を下ろすと、ルイスもエリオールの横に腰掛ける。すかさず、それぞれの前に紅茶が供された。その紅茶を入れたのも、見たことのないメイドだった。手元にも一切の乱れがない。かなり訓練されたメイドだった。まるで公爵家のメイドだとエレインは思った。
「それで、先ほどの私の質問には答えてもらえるんですか?」
マリアンヌと会っていたことを、なぜ知っているのか。問いつめるような言い方になってしまったが、エリオールは気にした様子もなかった。
「監視など、していません」
「それならなぜ、私の動向をあなたが把握してるの」
「マクラーレン嬢の動向を把握しているわけではありません」
「それなら」
エレインはハッとした。
「マリアンヌね?マリアンヌを監視してたのね?」
確信を得たと思ったのに、これにもエリオールは首を振った。
「私はなにも。ただ、私は彼女たちと敵対していると思われているようで、彼女達の行動を見張っては私に注進しに来てくれる者がいるのです。それも、私が監視させてることになるのかな」
小首を傾げると、黒髪がさらりと揺れて肩から落ちる。
エレインは己の負けを悟った。これ以上言い募っても、堂々巡りにしかならないと。
それならせめてルイスに、マリアンヌが言ったことを伝えておきたかった。しかしそれも、二人の不仲を匂わされた後では効果は薄い。
エリオールを嫌うマリアンヌが、わざと彼を悪しざまに言ったと思われるだけだろう。
エレインは無意識に、手の中のカップを握りしてめていた。
目の前のエリオールは涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
彼を儚げな花だと称していたのは自分だったはずだ。
しかしそれはとんでもない勘違いだったのかもしれない。
「エリィ、寒くなってきたからそろそろ戻ろう」
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