ダイタイジツワ

伊阪証

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第二話A

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朝の電車はぎりぎり座れる混み具合だった。
夏の空に照らされる景色をぼんやり眺めながら、ルカは膝の上で指を絡ませているおーくんの手をチラ見して、ニヤリと笑った。

「…ねぇ、今日の水着…ちゃんと持ってきたよね?」

「も、もちろん…っ」

「ふ~ん?」

にやけ顔で迫るルカの長い髪が、ゆらりとおーくんの肩にかかる。
まわりの視線を気にしてか、おーくんは目線を逸らして小さく咳払いした。

電車を降りてから少し歩いた先に、巨大なゲートと異国情緒あふれる建物が見えてきた。
いかにも「非日常」を味わえると評判の、温泉テーマパーク付きホテルだ。

エントランスに足を踏み入れた瞬間、
館内に香るヒノキとアロマのミックス、すっと鼻に抜ける爽やかな冷気に、二人のテンションは一気に上がる。

「わあ……すごい…!写真で見るよりずっと広い!」

「天井高っ…ロビーの奥、もう滝流れてるじゃん……」

大理石の床には、着物姿のスタッフたちがてきぱきと動き、
奥の方では、ほかの宿泊客たちが館内着に着替え終えたらしく、温泉旅館らしい軽やかな下駄の音が響く。

「ようこそ、お二人様──チェックインですね。…本日は“恋人同士”としてのご予約、でお間違いないですか?」

その一言におーくんが「ぶっ!?」と咳き込んだ。

「ちょっ、ちょちょちょ……!?」

「え、ちが──じゃないけど、えっ!?」

ルカは、すかさずおーくんの腕に腕を絡め、
余裕の笑顔で「はいっ♡」と答える。

「……よくできたお連れ様でございますね♪」と、スタッフが笑いながら手続きに移る。

宿泊プランは、ちょっぴり背伸びした「カップル限定・特別室」。
朝夕のビュッフェ、プール入場券、露天風呂付き客室──
どれも二人きりには過ぎた贅沢だけど、それがいい。

部屋まで案内され、重厚な木製扉を開けると、ふわっと香る和紙と畳の匂い。
大きな窓の向こうには、中庭と足湯付きの縁側。

「…なにこの部屋……最高じゃん…!」

「うわあ~……これ絶対ルカがテンション上がるやつ」

ルカはすでに窓辺に走っていた。
金髪が日の光に揺れて、風鈴の音と一緒にふわっと舞う。

「なーに見てんの、ぼーっとして?」

「い、いや……っ、なんか、…ほんとに旅行に来たんだなって……」

「…そ。ふふ、だったら──」

ルカがくるりと振り向いて、おーくんの荷物を引っ張った。

「着替えようよ。……水着♡」

「え、も、もうっ!? だってまだチェックインしたばかり──」

「ふふ、準備は早いほうがいいでしょ? ほら、ほかの人たちが来る前に…」

ニヤリと笑って、奥の着替えスペースへ引っ張っていく。
おーくんの手首が掴まれたまま、そのままドアの向こうへ──

「ま、まって……! ルカ、やっぱりちょっと恥ずかしい……!」

「なーにが? 私が着替えるの見たいんでしょ?」

「そ、そんなわけっ……!!!」

「うそ。──私もおーくんの、見たいから♡」

その一言に、
おーくんの顔が一気に真っ赤になる。

賑わう長島のプールサイドに、ルカの高らかな声が響く。

「おーくーん♡ 待たせちゃった?」

振り向いたおーくんの視界に、まばゆい光とともに現れたのは、
まるで海辺の女神のような──いや、**絶妙に“狙ってる”**ルカのビキニ姿だった。

三角形の布地に細い紐、胸元で結ばれた黒いリボンが、
露骨なほどにルカの“仕上がった”上半身を強調する。

おーくんは言葉を失ったまま、喉を鳴らす。

「……ッッ!!」

心臓が早鐘のように鳴り、顔がカッと赤くなる。
ルカは、そんな反応を完璧に予期していたようにニコリと笑った。

「どう? 今年の新作水着だよ。気合入れて選んだの♡」

(うわ……なにこれ……胸……形……完璧……)
おーくんの視線は無意識に、いや本能に導かれるようにルカの下半身へと吸い寄せられ──

──見えた。
淡いブルーの、半透明なパレオ。
腰骨に沿って優しく巻かれ、サイドで結ばれた小さなリボンが風に揺れている。

(あっ……よ、良かった……!)

おーくんは安堵した。
ほんのりとした膨らみが、逆に“見えてはいけないもの”を守ってくれている気がした。
自分だけが知っている秘密、だけど今は“守られている”と。

「……そんなに、見てた?」
ルカが一歩、すっとおーくんに寄る。

「ほら、もうちょっとちゃんと見てよ……せっかく君のために選んだんだよ?」

囁くような声に、耳が赤くなっていくおーくん。
パレオの向こう、彼の視線がどこに向いていたのか──ルカは当然気づいていた。

「べ、別にっ……!」

「ふふ、見てた見てた。おーくん、丸わかりだもん♡」

挑発するような笑みの奥に、ちょっとだけ照れを滲ませたルカ。
二人の距離が、また一歩だけ近づいた──そんな一幕だった。

真夏の太陽が照りつけるプールサイド。開放的な屋外の空間に、水の音と子供たちの歓声が混じり合い、夏の景色が色濃く描かれていた。

おーくんは、手に持ったタオルで首筋の汗をぬぐいながら、視線をちらちらとルカのほうに向けていた。ルカは一歩先に準備運動を始めており、軽く腕を回したり、足を伸ばしたりと、無邪気な表情で身体をほぐしている。

その姿は一見どこにでもいるような、ビキニ姿の女の子にしか見えない——だが、おーくんにとってはそう単純な話ではなかった。

「……ちょ、ルカ、それ、跳ねすぎ……!」

おーくんの視線が、ルカのパレオの結び目に吸い寄せられる。ルカが屈んだり、伸びをしたりするたびに、その軽やかな布がふわりと舞い、時折、下に隠れているはずのビキニの隙間から危ういラインがちらついていた。

「え、何か言ったー?」

ルカがくるりと振り返りながら、片手で額の汗を払う。陽に照らされたその肌は、ほんのり赤く火照っており、肩紐からずれた水着のラインが目に入るたび、おーくんの心臓は不規則に跳ねた。

「い、いや……その……無理すんなよ?あんまり動くと、ほら……」

「ん~? ちゃんとパレオ巻いてるって~。だいじょぶだいじょぶ♪ あ、見たいの?」

「ち、ちがっ……!」

おーくんは慌てて首を横に振り、視線を逸らす。だがその耳は真っ赤になっていて、明らかに誤魔化しきれていなかった。

ルカはくすりと笑い、今度はわざとらしく腰を左右に揺らしてみせる。パレオの布地が風を受けてわずかにめくれ、だがぎりぎりのところで中は見えない。

「ふふ、動揺しすぎ~。おーくん、もっとちゃんとストレッチしなよ? 僕と滑りに行くんでしょ、スライダー!」

「う、うん……わかったよ。けど……本当に気をつけてよ、ルカ……」

内心では、誰かに見られやしないかと心配でたまらないおーくんだったが、ルカの楽しそうな笑顔を見ると、それ以上強く言うことはできなかった。

そして二人は、次第に高まる夏のざわめきの中、プールへと向かう——その前に、あと少しだけ、ドキドキする準備運動が続いていく。

流れるプールの水面は、午後の陽射しを反射してきらきらと輝いていた。浮き輪に揺られながらゆったりと流れていく家族連れやカップルたちの間を、ルカはひとり、水を切るようにしてすいすいと泳いでいた。

「すっご……あいつ、めちゃくちゃ泳げるじゃん……」

プールの縁に寄りかかっていたおーくんは、驚きと尊敬の入り混じった目でルカを見ていた。その泳ぎは華麗で、無駄のないフォームで水しぶきもほとんど立たず、まるで水と一体化しているかのようだった。

「しかも、見た目はあんなに華奢なのに……なんであんなに速いんだ?」

そう呟いた瞬間、ルカが突然、流れを逆行するようにぐんと加速した。遠くのほうで「誰か!」という悲鳴が上がったのを耳にしたおーくんは、慌てて立ち上がる。

「えっ、ルカ……!?」

プールの中央、浮き輪ごと傾いて沈みかけた女性のそばに、ルカが勢いよく泳ぎ寄る。迷いのない動きで彼女を支え、すぐに浅瀬へと運び出していた。

「だ、大丈夫ですかっ……!」

女性の顔は青ざめ、意識もおぼつかない。ルカはすぐに気道確保の姿勢を取り、そのまま人工呼吸を始めた。

その様子を少し離れた場所で見ていたおーくんは、焦りと、説明できないもやもやを感じていた。

本当は助けているだけだとわかっている。理性的には、むしろ尊敬すべき行動だともわかっていた。それでも、おーくんの胸にはチリチリとした焦げつくような感情が渦巻いていた。

水で濡れたルカの髪が顔に張り付き、その横顔はどこまでも真剣で、美しかった。

助けた女性が咳き込みながら意識を取り戻し、周囲から拍手と安堵の声が上がる。スタッフが駆け寄ってきて、ルカはすっと身を引いた。その瞬間、目が合ったおーくんに向かって微笑む。

だが、その笑顔の裏にある――ほんの少しだけ口元が引き攣ったような、気付かれない程度の疲れが、おーくんには妙に刺さった。

そして、心の奥でぼそりと呟く。

おーくんの中で、言葉にならない独占欲が、静かに熱を帯びていった。

「お疲れ……って、おい、急に!」

ルカの肩にぽんと手を置いた瞬間、彼はくるりと振り返っておーくんの胸元にダイブするように飛び込んできた。

「え!? なになに!? どした!?」

「これ! ホットドッグじゃん!しかも、このエリア限定のやつだよ!? すっごい高いのに! おーくん、これ買ってくれたの!?」

ルカはプールの水で濡れた身体を惜しげもなくおーくんに密着させ、目をキラキラと輝かせながら両手でホットドッグを抱えたままおーくんの胸元にぴったりくっついていた。

「た、たまたま近くに売ってただけだし、別に――」

「やったー!おーくん大好きっ♡ ほんとにありがと!いただきまーす!」

そう言って、ホットドッグにかぶりつくルカ。ソーセージの肉汁が唇の端からつーっと垂れそうになり、それを指で拭う姿すら、今はやたらと眩しかった。

(……な、なんか……俺、飼い主か彼氏かどっちなんだろ……)

少し離れたベンチで、先ほどまで溺れていた女性が静かに水を飲んでいるのが視界の端に入った。おーくんは気まずさを感じながらも、その視線の先に自分たちが入っていないか気にして振り返るが……

「うわっ……ルカ、お前、顔、近すぎ……てか、貼りつきすぎ……」

「だって冷たいし……それに、これくらいでお礼しないとホットドッグの元取れないじゃん♪」

その密着っぷりに視界のほとんどがルカで埋まり、おーくんの動きも封じられるほどだった。だが逆に、あれだけくっつかれていれば、傍から見たら何をしてるのか分からないだろう――いや、むしろ見えない。

(……ちょっと安心した。見せつけたってことにしとこう)

そんな2人の姿を見たスタッフが、にこやかに近づいてきた。

「さっきは迅速な対応ありがとうございました!感謝の気持ちとして、こちらのスライダーの優先案内、よろしければどうぞ!」

そう言って差し出されたのは、「優先通行パス」。人気アトラクション、ウォータースライダーを並ばずに使える権利だった。

「やったー!ありがとうございまーす!」

「え、いや……今から行くのかよ!? まだ濡れたままなのに!?」

テンションMAXのルカは、パスを手に取るとそのまま走り出した。おーくんも慌てて後を追う。

だが――

「はぁ、はぁ……ちょ、待って……エレベーターないの!? この階段、結構キツくない……!?」

勢いよく登り始めたものの、3階分を過ぎたあたりで急にペースダウンしたルカ。疲労で足取りがふらついてきた。

「おいおい、また無理してんじゃねぇよ……」

「……ごめん、ちょっとだけ……こう、していい?」

ルカは半歩戻って、おーくんの胸に背中を預けるように寄りかかる。そして、何かを察したかのようにくるりと向きを変え――お姫様抱っこの体勢に身体を預けてきた。

「ちょ、お前、マジで!?」

「ちょっとだけ! 途中まででいいから!あ、でも、もうちょっと上だったらもっこり見られちゃうから、この位置でお願い♡」

「……知らねーよ!」

文句を言いつつも、軽々とルカの身体を抱え上げるおーくん。その腰に回されたルカの腕、濡れた髪の香り、熱くなった頬――すべてがひとつにまとまって、階段の一歩一歩がやけに長く感じた。

そう思いながら、彼女――いや、彼をしっかりと支えながら、スライダーの頂上へと登っていった。

階段を登り切った先に待ち構えていたのは、カーブが複雑に絡み合った、2人乗り用の巨大ウォータースライダーだった。
係員がにこやかに案内する。

「こちら、お2人で乗られますか?密着タイプになりますが、よろしいですか?途中に記念撮影のフラッシュがありますので、ぜひ笑顔で~!」

「えっ、密着…!?」ルカは一瞬だけおーくんを見て、言葉に詰まった。

しかし、おーくんは軽く笑って「せっかくだしな」と自然にルカの手を引き、2人乗り用のボートに乗り込んだ。

座り方は前後に一列。おーくんが後ろ、ルカが前に座る。

「……わ、近いな。ていうか、これ、前の人の背中に完全に密着じゃん」

「う、うん……だね……」

ルカの声がわずかに震える。
ボートが押し出されると同時に、おーくんの胸がぴったり背中に張りつき、さらに手で腰回りを包むようにしっかりと支えられた。

「転ばないように、しっかり支えとくな」

「……ありがと……」

そのときだった。

おーくんの膝の上で、わずかにルカの身体が跳ねる。
「……う……」と短く息を飲んだルカの顔が一気に赤く染まる。

(あっ……やば……なんか……あそこ、反応してきちゃってる……!)

緊張? それとも密着しすぎたせい?
ビキニの布地越しに、わずかに変化してしまった「そこ」が、おーくんの身体にも、はっきりと触れてしまっていた。

「……あ……」

おーくんは気付いた。
けれど、何も言わなかった。
ただ、前のルカのビキニの上から、両手で優しくそこを包むようにして――そのまま覆った。

「……だ、大丈夫。誰にも見えないから」

「……おーくん……」

そう呟いたとき、ボートが大きく前へと滑り出した。
ぐんっと加速し、急旋回、急降下。
水しぶきと歓声、風圧がすべてをかき消す中で、
ルカの顔は真っ赤のまま、必死に前を向いた。

――そして、コース中盤。
例の「記念撮影」ポイントがやってくる。

(カメラ……!やば、変な顔してないかな……!)

緊張でぎこちない笑顔を浮かべるルカの肩に、おーくんはそっと顎を乗せるようにして寄り添った。
そして、微笑んだ。

「――はい、チーズ♪」

フラッシュが焚かれた瞬間、2人の笑顔が確かにそこに刻まれた。

心臓のドキドキはスライダーのスリルだけじゃない。
密着の中で、触れて、守って、照れて――
水に濡れた2人の距離は、もうこれ以上ないほど、近づいていた。
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