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第一章:取引

有栖_1-1

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「いざ来ると、さすがに緊張しますね」

 平日の昼下がり。
 高良会館、と記載された木製の看板が掲げられた五階建てのビル――その前に立って、有栖は苦笑いをしながら呟いた。右隣にいる反保を見ると顔を強ばらせてまるで一本の棒のようにピン、と立っている。相槌を返せないぐらいに緊張しているのだろう。
 天候は気持ちの良い快晴だが、その清々しさを楽しむ余裕は持ち合わせていないようだ。

「相手さんの本拠地だ。緊張しない方が不自然だ」

 そうフォローしたのは左隣に立つ佐倉だ。発言とは裏腹に強面の表情に緊張の色は見えない。いつもは前に立つと威圧されているように感じるが、今は心強いと有栖は横目に見てそう思う。

 有栖、反保、佐倉の三人は高良組の事務所の前に来ていた。ここに来た理由は『交渉』を行う為だ。今、ユースティティアにとって必要となる『ワクチン』を手に入れる為の交渉であり、既にアポイントは取れている。そして、この三人が『交渉』に対応することになり、有栖と反保の上司である京はユースティティアにて留守番、となっていた。とはいえ、彼女はただ待っているのではなく、佐倉とスマホの通話が既に繋がっており、緊急時には救出の為に動く手筈を整えている。

「生きて帰れますかね?」
「今日は交渉だ。お前が暴れなければそんなことにはならない」
「先輩、暴れないでくださいね」

 両サイドからじとり、と睨まれる。その視線を感じながら誰とも目を合わせず、

「自分だって暴れる場所は選びますよ」

 有栖は答える。

「その場所がここでないことを願うばかりだな――行くぞ」

 佐倉がそう行って、先陣を切って歩く。その後ろを有栖、反保と続いた。
 事務所に足を踏み入れる前に、有栖は周囲を見渡した。不自然なぐらいに人がいない。まるで意図的に作られた空間のようにも感じる。高良組の事務所にユースティティアが入っていく――そのような場面は誤解を招く可能性があるので配慮がされているような……

「相手の掌の上に感じる」
「え? 何か言いました?」
「いや、別に。反保、気合い入れて行くよ」
「はい」

 緊張感を保ったまま、三人は磨りガラスのドアを開けて事務所に入った。
 そこには――

「お待ちしておりました、ユースティティア様」

 黒いスーツを来たスキンヘッドの男が待ちかまえており、無表情で淡々と言葉を発していく。

「ようこそ、高良組へ。それでは案内させて頂きます」
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