壊れるぐらい愛して

ふしきの

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 雪見障子から見える日本庭園はとても広く、いつも何処かで花が咲いていた。

 あの時「登坊ちゃん!」と言ってかばってくれた庭師の人の熱い抱擁が登には忘れられなかった。心臓がドクドクと波打ったのが聞こえたように思えた。庭師の汗とじっとりとしたぬくもりがまだ生きているって実感した。

   
 目を覚ますと、義兄が「もうすぐ選挙が近いのでこういうことに巻き込まれるのは心外だ」と言って、ベッドで横になっている登に目もくれようともしなかった。義兄は相変わらずの様子で汚らわしいような者でも扱うように、書類の入った茶封筒を投げつけると病室から出て行った。
『そういう事…またしても巧妙に丸めこんだということか』
 静かな特別病棟、そこに似合う大輪の花が儀式的様子美で硝子の花瓶に収められていた。
 登は眼を閉じた。

 やわらかな息が近付いたのを感じた。
 甘ったるいリップクリームのぬるりとした感覚が唇を湿らせる。
『誰?』
 薄い唇の感触がと冷たい大きな手を知っているけれど登には思い出せなくて、まだぼんやりと残る麻酔のしびれを押しのけ重い瞼を開けた。
「お目覚めはいかが?茨姫」
「最悪に気分が悪い……」
 気持ち悪さに動かない手を必死で口元まで上げると唇をぬぐった。
「元恋人にしてはその口のきき方、あんまりじゃないかぁ。あんなに愛し合った仲じゃないのぉ。…そんなに血の気が多いと採血しちゃうよ」
「いらん!お前のわざとらしい練習に付き合わされて何度痛い目に合ったか、巧」まさかここの病院のスタッフになっているとは思ってもなかった。
 学生の時にいっとき付き合っていた男だった。
「相変わらずの口のきき方。ホント、顔とギャプがあるよね、登って。久しぶりの再会の癖に変わってないっていうかぁ、見ていて飽きないぃ。僕の猫ちゃん。…そうそう今の彼?会社からすっ飛んできて見境なく看護師に当たり散らすわ、で一本打っちゃったよ、鎮静剤、なんてね……。マジ、ひっきりなしの確認電話に事務局の看護師ちゃんたち電話機壊す寸前よ。……たぶんそろそろ着くかもね。そんなこんなでぇ、また暇があったら俺とも遊んでよ。登ぅ」
「出てけ!」
「ふふふふ、担当医は俺だから。ちゃんとみんなの前では近藤先生と呼んでね。登。24時間完全看護の奉仕の心で努めさせてもらいますよ」
「結構」
「そうはいかないの……あらぁ、またお熱上がったかしらぁ?その艶っぽい顔が又そそるね」
 そう言った時にドアが開いた。
 啓吾が息を切らして入ってきた。
「廊下は走らないようにお願いします。…主治医の近藤巧です。主刀医は私の直属の上司ですが、電話での報告の通り縫合まで無事に終わりました。先程問診いたしましたが、術後の経過も安定していますね。現在少し微熱気味にあるのは範疇内なので大丈夫ですよ。…麻酔薬の副作用で患者さんの精神が少し不安定気味なので、本日の面会は数分でお願いいたします」
「すみません。あ、申し遅れました、絨陶商事の東谷啓吾と申します。この度は何度も電話での質問で申し訳ございませんでした。…の……高木!何か欲いものとか、必要なものとか」
 登は首を振った。
「ご用がありましたらナースセンターまでお越しください、それでは私は失礼いたします」
 そう言って近藤医は出て行った。
「ありがとうございます、失礼いたします」
 啓吾はきちっり挨拶をしてから、ドアが閉まるのを待った。
 登のほうを向き直ると頬にそっと手を当てた。 
「すまん遅れて…」
「入院のこととかは…たぶん、ほとんどのことを兄がしてくれたと思う……啓吾には申し訳ないけれど、何も心配することはないよ」
 そう言って登はベットの電動ボタンのスイッチを押して、体を起こそうとした。
「馬鹿!麻酔の残っている状態で何しているんだ」
「寝てたら…手が持ち上がらなくて…、届かないじゃないか…ね、啓吾、抱いて」
 冷たい手が汗じみた啓吾の顔に触れた。
「安心しろよ…な。俺がいるから」
 登の術衣の寒々しい体を抱きよせた。
「いてくれなかったくせに…」
「悪かった。お前を一人にさせて…。ご免」
「……馬鹿だなぁ。馬鹿丸出し…」
 ドクドクと高鳴る啓吾の心臓の音が聞こえてくる。ここまでかなり走ってきたのだろう。ひんやりとした病室の中で啓吾の体だけが暖かたかった。
「少し寝ろ…いいな」
「眠りたくない……」
「寝てろって…ちょっと頭がぼーとなっている」
「啓吾……俺に飽きたら…俺と居るのがしんどくなったらいつでも別れていいから……俺…一人の人とこんなに長く続いたことないから…」
「馬鹿なことばっかりいうんじゃねーよ。何でお前を見捨てるようなこと今言われなくちゃならないんだ。馬鹿」
「うん…俺馬鹿だから……」
 そろそろと啓吾は登を抱きしめた体をベットにまるごと覆い被さった。
「全く、病人の暴言はそこまでだ。元気になったら何時間でも愚痴もなにもかも耳鳴りするほど聴いてやるよ」
 涙で濡れている目がしらを近くにあったキムワイプでぬぐってやる。
「やめろっって!キムワイプで顔を拭くんじゃねぇえよ!だから体育系は、無神経だっつうの!!!」
 啓吾の笑顔が安心したような顔になった。

 頭を撫でながら眠るのを待った。 
「毎日来てやるからな…いい子にしてろ」
「…俺はいい子じゃないから……いい子にしているように見せているだけだから…」
 その先は寝言のように消えていった。

 書類の入っている茶封筒が大きな音をたてて落ちた。
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