壊れるぐらい愛して

ふしきの

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第二章

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 携帯電話の留守機能に声が残っている。
「啓吾、あのさ。帰ったら話をしたいことが出来たんで、今日は急いで帰るね」
 弾むような声が騒がしい雑音の中でしている。
 何度も何度も聞いた。
「あ、あ……好きだよ」

「愛してるもまともに言えないのかよ…」「…好きだよ」「……好きだよ」「……好きだよ、登」

 煙草を買ってみた。
 火を付けて吸い込む。
 一本吸い終わると箱ごと捨てた。

 朝は仕事に出るが、夜は自分の部屋に帰るのが辛くて家に帰るのは寝に帰るだけの場所になった。
 めまぐるしい日々が続いた。
「専務!」と呼ばれるには若すぎて、多少なりとも自分に自覚を持ちだした頃には、登の元恋人だった近藤とも飲み友達になるほど貫禄もつき出した。

「翠X」という今年最大のブームになった新薬を出して外資系会社が大々的に参入してきた。
「あの新薬、うちでは使わないけれどね。ある種の依存型末端患者にはかなり効き目があるらしいって出てるけど…ほんとの所どうなの?」
 巧はそういって、グラスを合わせた。
 啓吾は一口、口に含む。
「うちの開発部も頭をひねってるよ。取り扱い薬品種目の多くが、漢方医学で専通してるけれど、どうも微妙な調合技術がいまだに不理解だって。まるでマジックなのは、会社そのものだ…」
 巧もうなずいてグラスの氷を回している。
「スイスの銀行の管理下だけど、メーカー会社は北欧オフィスの一角、製造地域が東南アジアの北部地域だってことだけで、いたって普通すぎるんだよね。ま、工場のある北部って言ったらまだ抗争事件が多発地域だろう」
「ある種のマフィア組織にしては、企業が出来すぎている。本当に不思議な会社だ」
 巧は仕事の名目上の話はそれまでにして、お互い老けたなと、顔を合わせて笑った。すぐに尻に手をやろうとするスケベなところはまだ健在みたいだが、お互いフリーのよき理解者同士になっていた。

 ほどほどに飲み、ほどほどにおしゃべりをする。
 深酒をしない程度に。

「明日も早いのか」
「小児オペが国会で審議されてからいろいろと…」
 外科医で第一線での引退にはまだまだみたいなタフな構えだった。
 右腕にそっと触ってくるのを払い除け席をたつ。
「人肌恋しくなったら何時でもお相手するんだけどなぁ」
「ごめんこうむる!」
 これが二人の挨拶だ。
「何でそんなにつれないかなぁ」
 啓吾は無視して帰れの手を振ると、近藤も笑って手をヒラヒラさせた。

 
 薬事研究室で微量振動を相手にまだ仕事をしている者がいる。
 宮本美紗緒だった。
 自主残業ばかりする色気も何も無い女だった。
 ただ、その日はずっと試験管の前で泣きつづけていた。
 手に持っているのは簡易検査薬。
 尿検査反応の赤いラインがくっきりと陽性を示していた。
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