壊れるぐらい愛して

ふしきの

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第二章

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「父さん、父さん」

 昇に言われて頭がクリアになる。
 朝の新聞の横に仕分けされた郵便物の山。
 危うく珈琲をこぼすところだった。

「…顧問弁護士と話し合いする日だったな」
「…学校へ行ってくるよ」 
「時間に遅れるなよ」
「分かってる」
 就職活動も父親の力を借りない所へ就職する気でいるらしい。
 本来ならば、ステップ進級した昇には楽に仕事が決まってもいいくらいなのにこのところの不況でやりたい職場が見つかっていないと言っていた。父親の後を継ぐのは早すぎると思っている傾向にあるし、この先は一人暮らしでもして、自立しないといけない頃だろう。
 だが、啓吾には不安があった。
 何年たってもまだ昇は啓吾にとっては小さな大事な子供だった。

 握り締めた郵便物。
 某国行きのチケット一枚入っていた。
 送り主の名前は高木登。

「離婚はしません」
 啓吾は顧問弁護士にそういった。
「彼女もそれを望んでいないでしょう」
「ですが…夫婦として破綻しているのは、別居期間からかんがみる事はできますし、昇君への相続で不利になりそうな財産分与が過多になる事を懸念するのであれば私どもが…」
「彼女は私の妻になった人です」
 啓吾は纏めた書類と、それから公正な生前遺言状を手渡した。
「妻にしても子供にしても、もし、間違いを犯したとしても私は最後まで彼らの味方です」
 
 できうることを今しておこうと決意した。
 
 専務理事も辞めて久しくなった自分の会社の厨房に立った。
「毎日のように母さんにこうして夜食を作るのが好きだった。見てないと仕事中毒でご飯を食べない人だったからね」福利厚生施設で再就職先に社食堂のオーナーにでもなろうかと思ったと笑っていた。 
「毎日のようにここでプロポーズしたんだ」
「最終的に料理で釣ったの」
「…根比べだったんだ」
 何度となく聞かされたのろけの話。昇は一度だって「聞き飽きた」とは言わなかった。
 フライパンに卵が落ちる音がして卵の甘口香りがたつ。
 昇の目に写るのは優しい目をした父の姿。
 
 だけど……。

「父さんは、おにぎりが好きだよね。何にも無いただの塩むすびが」
 昇が初めて作って塩むすびは、感動のあまり涙をためて、大切に保存しようかと言ったほどだった。
 昇は知っていた。
 登がそれしか出来なかった事を登自身から聞いていた。自分達二人の出会いや二人で話した長い夏の出来事はいまだに父に話したことはない。登は父啓吾の姿を見つめ、父は何時も遠くを見ているように庭を眺めて眠っていたあの日々のひとつひとつの思い出。
 一人っ子の昇にとって登は兄の様でもあり、大事な友達でもあったから、なんとなく登が悲しげに啓吾のほうを見つめるのを子供心に気にしてはいた。だんだん明確に、何かの繋がりがあることが理解できた。それは踏み込んではいけない領域だと口に出すことはなかった。
 母、美紗緒があの場所に行くことを嫌うのも。


 テレビで流れるニュースが速報を流していた。
 セスナ機の落雷による墜落事故。搭乗者に日本人の名前が一名。
 東谷啓吾。
 海岸沿いに落ちた残存が写され消息不明の速報が終わった。
 テレビは通常放送に戻った。


 あわただしい葬儀、雑多な手続きも終わり、私物の処分の手続きをする。
「あーやっと肩の荷が下りた。これで私も安心して眠れる」 
「……どういう意味?」
 意味深で訝しげな言葉に口を尖らせた。美紗緒はそれに気がつくと、
「馬鹿ね、あの人が早々死ぬわけがないじゃない!」
 カラカラと笑った。
「どういうこと?」
「ガキ……大人になると分るわ。いずれ全ての事柄が分るようになってくる……」
 そういって、ぽんと昇の頭を叩いた。
「おむすび作ってくれない?ホントに疲れちゃった」
 美紗緒は昇にそういった。
 昇は台所に立つと炊飯ジャーの蓋を開けた。
「母さんも料理のひとつおぼえなよ」
「父さんと結婚できたのは、私が全く料理出来なかったからよ」 
 出来上がった具も海苔もないむすびを口の中に入れた。
「シンプルな料理ほど難しいものはないわ……ごまかしがきかない」
「どういう事」
「ちゃんとあんたの手の味がする」
 そう言って微笑んだ。
 母の笑う顔など見たことのなかった昇は、ビックリした。
「ちゃんと手を洗って作ったよ」
「……あんたはこれからどうする?私と一緒に来る?まだ渡航まで時間があるから考えておきなさい。ご馳走さま」
 美紗緒は自分の部屋に帰っていった。
『奥様、貴女が花之木邸に今まで尽くされてきたこと、誠にありがとうございました。貴女の最善を卑怯がごとく奪った者に災いあれ、古来からあの土地はそういうものなのです。なのでどうかどうかお心を穏やかになさって今後はご自分のために生きてください』
 あの群生する古代種だらけの花木。彼処だけにしか咲かない。誰もが平等に引き寄せられそして一度に人を裂いたかのように人数が年中同等。美沙緒には何かにつけて関わりを持たせる場所になった。登が産まれてからその関係性は登にのみ呼び寄せるかのような、ゾッとする場所。
「あそこは何なの?」とは、言えなかった。今まで自分が違法なことをしてこなかったわけではない。人の意思と関わらない場所、まるで操作された場所。
『先先代は陸地にある灯台とでも御呼びになっておられました。地を縛る場所にございます……お喋りが過ぎました。それではわたくはこれにて』



「遺跡が出た?」
「そうなんですよ、土器だけではなかったみたいで。今町内会長からお電話がありましてね、あの土地の所有権騒動で権利が変わったと噂されたときには肝を冷やしましたが、沢渡先生だと知ったときにはもう安泰だと思いましてねぇ。傾きかけた地方財源確保がこういうことだと自らお示しなさるなんてもう、私ども涙が出る思いで一杯でございます。何でも層に重なった史跡レベルだそうで、数年来音沙汰がなかった国の選抜調査団がですね。あ、長い話になりますが…」
「ははっは、そんな程度か」
「今から上の者と変わります。はい、はい、回線は携帯電話ではなくて固定電話の方でかけなおさせていただくとのことで、少々お待ちください」
「全く。もしもし…はい。はい。え、了見が理解できないのですが。わたくし程度の頭では、はい、はい」  
 もうなにも聞こえては来ない。耳がうるさすぎるのにも関わらず沢渡の頭の中にあった、水面下での一斉一代の計画進行中の大がかりな道路土地開発事案が、白紙となって藻屑となって消えていくのが聞こえるようだった。
「いや、通産省からの計画図案を改良して、国交省に回せ。そうだう回路で…その土地を地域活性化のポートフォリオとなって!」
 その回答は電話をたたきつけられたかのような通話拒否だった。
 顧問弁護士が続けて辞めた。
 執着は怨念のように最悪を引き寄せてきた。
「この件については手を引いた方がいい」との古くからの議員仲間がトイレで呟いてくれた。
『何が…起きているのだ』  
『先代から私たちは強く言っていたはずだ、あれには手を出すなと。妾や愛人程度で済ませればよかったものの…君は君の一族はもう終わりだ』
「誰か、誰か説明してくれ」

「金はある程度あるには越したことはない」
 そう言って、席を立った。
「これが、離婚届けの強要脅迫と偽造捺印と代筆の話。で、こっちが花の木園の土地権利譲渡の請求捺印の時のもの」
 二つのデコーダーを渡す。
「コピーを3つ。私の古くからの旧友、弁護士、そして、あんたに、好きに使うといいわ、大先生!」
「あんたって、ほんと私の古くからの知り合いそっくりな嫌なやつね。あんたみたいな悪魔からなんで天使が生まれたのか意味わからない」
「そりゃ、光栄」
 美紗緒は煙草に火を付けて呟いた。
「ホント泣き顔なんかそっくり」巧は点けた煙草をもみ消して、「胸の中で泣いてもいいよ。今日だけ特別に」
 そう言うと、両手を開いて招いた。
 美紗緒に睨み付けられ、煙草の火を顔面に押し付けられそうになった。
「私は私なりにあの人と家族を愛してたのよ……」 
「くぅうう、あたしはあんたたちみんな平等に愛してるわ」
                         次巻、最終話へ



「あいつと一緒にいればいるほど思わないか。あいつを俺だけのものにしたいって狂ったような感情が。俺たちですら思うんだ、捕まえても捕まえてもするりと抜ける奴にイライラしながらなお追いかけてしまう、どうしようもなく優柔不断な腹の立つ男に…。考えてもみろ、あの母の血を受け継いだ、あいつを沢渡財閥がそうそう離すわけがないだろう」


 #カットシーン1_・__#

 美紗緒は沢渡議員からの間接的嫌がらせを何年も受けていた。
 フリーライターという男に、子供は誰のDNAなのか詰問された。  
「はたから見ても、東谷啓吾さんではないでしょう」
「だったら何。あなた方にそれを言う必要が何所にあるの」
 何度となく出没されては五月蝿く付きまとわれた…。

 チンピラみたいな男にも脅された。
「夜道を歩けないようにしてやろうか」
「あんたたちがどんな不正をやろうがあたしには関係ない。でもね、子供や、自分の身内を手にかけたら承知しないわ」
 生意気な口を聞きやがると、罵られた。

 沢渡自身からの巧妙な電話も度々あった。
「高木登さんだっけ。あんたたちが起こした事件、知り合いに特捜官がいてね。簡単に教えてくれた。タイヤの後、調書、沢山読んだわ…あたしの仕事の睡眠時間を減らしてくれるくらい楽しい読み物だった。あたしも殺したい?沢山そうやって葬ってきては沢渡の地盤を固める?」
 美紗緒はげらげらと笑った。
 啓吾の知らない美紗緒。
 誰ともなく戦っていた美紗緒がいた。




#最終章カットシーン_・__#

「市の監理局から電話」
「……」

まあ、見てください。

「これです、円盤型土器です」
はぁぁ。

土鏡というんですかね。ほら、裏に銀が残っているのがわかるでしょう。
珍発見の大発見ですよ。
町を挙げてこれから忙しくなりますよぉ。


あの、あのですね。転売の件に関しては…。

ああ。
遺跡調査が入ってしまったので一般的には2年ほど工期は伸びますね。この前の大都市でのマンション計画がそれくらい頓挫しましたからねぇ。ですが、この町でしょ、調査とか人員とかもろもろのことが町中の遺跡調査と比べて着工遅れは必至でしょうなぁ。いやぁ、ご迷惑をおかけしますが、世界の財産だと思ってここはこらえてもらえないでしょうかねぇ。



黒曜石を手にした昇は、
将来の夢は石屋さんといった。

その後、地質学者。


そして歴史学者。


ワイルドのわがままな大男が好きだった。
登さんの優しい声で絵本を読んでくれる。

登さんがいつかとうさんを連れていくと思って悲しかった。でも、それが当然だと思う気持ちもあった。 







「行けよこの呆け!爺。最後の最後まで煮え切らない及び腰の耄碌爺」
 そう言ったのは、久しぶりに帰ってきた美紗緒だった。
 彼女は長かった髪を短く切りそろえ、キッと釣りあがった目をして啓吾にそう言い放った。
「あんたが何所に行こうと、何があろうとあたしの知った事じゃない。だけど後悔する生き方は止めるんだ。何時も何時も、ウジウジウジウジしてナメクジじゃないんだから、見ていていらいらするんだよ」
 啓吾はぎょっとしたが、美紗緒の口は止まらなかった。
「私は一度決めた事は後悔なんかしない。後悔する人生なんか送りたくない…やりたいことはやるやりたくないことはやらない、そうやって生きている。それをあんたは何十年も見て知っているでしょう!」
 美紗緒はそう言い放った。
「……俺は、君のその頑固さに惚れたんだよ」
 美紗緒を抱き締めた。
 ハグすら手を突っ張るほど嫌がる美紗緒も今日だけはじっとそれに耐えていた。
 啓吾の手には修繕された古い振動型時計を握り締めていた。
「行きなよ…大事な時計渡すんだろ…」


「本当に大事な事は諦めちゃだめだよ」



 美紗緒は、飛行場まで昇と見送った。
 空港の人の群れは絶えず移動している。
 誰もが何処かへの便を待っている。
 飛行機が次々に飛んでいった。
 美紗緒は昇に「あんたを生んだことは後悔してない。そして今まで育ててくれた父さんにも感謝しなさい。あたしは何もしてやれなかったし、出来なかったから…」
 そう言って立ち去った。

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