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悪い夢
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「居住区に僕の居場所はなかった。僕は寝る間も無いほど空調ダクトの修繕に追われていた」思い出すケニアンの語る言葉は、常に過去系でした。「あの階に行くことはできないよ。僕でさえ、自室に戻ることが出来ないほど厳密に密封遮蔽させているみたいだから」
彼は常に優先順位を柔軟に変えていました。しかし、あの空間を語ることはそれ以降頑なに拒み続けたのでした。「僕には各部署で断絶され続けるケーブルを繋ぎ直す作業を常に行わなくちゃいけなかったから、君に間に合えたよ」
その、少しだけ照れた口調をアベイルは聞き逃しませんでした。生涯、心に残り続けました。
『居住区への入室及び事故調査を目視に行くのですか。今のあなたの状況では、おすすめできません』
「これは誰かがやらなければいけないことだろう。その誰かとは私しかいないじゃないか」
『高濃度の密閉式と除菌剤を稼働より投与しています。宇宙服の船外活動の着用をドレスルームのの中より提示いたします』
作業員用コートから排出される火星用地上探索スーツは吸着加圧式で立っているだけで仕立て屋の袖通しのような様子です。ですが、アベイルは着付けることになんの顔色も変えたりはしませんでした。
『気分がすぐれなくなりましたらすぐに信号を送ってください』
「君の目は来ないのか」
『個々のプライバシールームの遮蔽が行われております。各人へは最低限の配慮と任意の記録媒体しか設備されておりません』
「あらやだ、それでは、船内の私たちの睦事は筒抜けだったわけだ」
『わたくしはテレサ、AIはデータ情報の収集蓄積にしか興味はありません』
「君独特の言い訳にはなっているようで、なっていないね。私は君らからしたら前世紀近代の人間だ。サマーキャプで加工肉とマシュマロを焼いていた時代とは違うから、すこしぐらいは耐性がある」
『目はいつもそばにいます、ですか視ないような配慮です』
「ありがたいね、訪ねる前に教えてくれる」
『わたくしはテレサです、そしてその言葉は嫌みですね』
「学習能力も高いが、ここから先はちょっとばかり静かにしておいてくれ」
袖と足首の圧力調節が終わった信号が出ました。アベイルは居住区に歩きだしました。いくつもの遮蔽壁が開きました。
彼らの偽名はアトス、ポルトス、アラミス。そして船長室らしきひとつだけ豪華な船室から流れる血痕の先に両手を何度も刺して出血死しているのがデュマ。
「五人の飛行士の死」
『人は五人です、わたくしがダウンして補助電離で再起動したことで過去の状況と違います。最初に殺されたのはこのわたくし、基本通信プロトコル』
アベイルは、作業ボットを使わず、自ら手作業で、再生エネルギー高炉に彼らを順次つれていっては、亡骸をその中に入れたのです。肌を剥かれた彼らを順次、最後の分解まで見続けました。
遺品は羽根つき飾り、飾り銃剣、襟章、という小さな私物、最大年長者に見えるデュマの濡れた巻きタバコ。濡れた巻きタバコだけあって部屋は火災警報と水圧と血の海でした。
書類を筆記する。
「名のサインはケニアンで良いか」
『お言葉を返してもうしわけありません、彼は、選抜された軍人貴族枠ではございません。書類の代筆も許可認定も不可能です』
「日付及び船員名になぜ彼が使えない」
『もうしわけありません、ロックがかかっております。その問いには回答ができません』
「では、代表者の名前を代筆としよう」
……
子息が名誉の死を遂げられました。どのような言葉をもってしても、あなたのお悲しみを癒すことは不可能でしょう。しかし、我がクニの未来に命を捧げたご子息たちに、我々は深い感謝を捧げます。願わくばあなたの悲しみを和らげ、幸せな思い出だけをあなたに残すことに御自愛ください。 未来への未知なる可能性に捧げた尊い犠牲、それを誇りにして下さい。心より敬意を込めて
……
エレノーアオブアフリア、一族に慈善を
外壁修理用のボットの一つから小さな花火が飛び立ちました。道を引き返す封書を載せたカプセルが飛んだのです。
「君に聞きたいことは山ほどある。そして私と君だけの隔離された時間がこの先用意されている。だが、私は数分だけ目を閉じ眠ろう。その間、君に自由を与えよう。これが最初の取引だ、AI」
彼は常に優先順位を柔軟に変えていました。しかし、あの空間を語ることはそれ以降頑なに拒み続けたのでした。「僕には各部署で断絶され続けるケーブルを繋ぎ直す作業を常に行わなくちゃいけなかったから、君に間に合えたよ」
その、少しだけ照れた口調をアベイルは聞き逃しませんでした。生涯、心に残り続けました。
『居住区への入室及び事故調査を目視に行くのですか。今のあなたの状況では、おすすめできません』
「これは誰かがやらなければいけないことだろう。その誰かとは私しかいないじゃないか」
『高濃度の密閉式と除菌剤を稼働より投与しています。宇宙服の船外活動の着用をドレスルームのの中より提示いたします』
作業員用コートから排出される火星用地上探索スーツは吸着加圧式で立っているだけで仕立て屋の袖通しのような様子です。ですが、アベイルは着付けることになんの顔色も変えたりはしませんでした。
『気分がすぐれなくなりましたらすぐに信号を送ってください』
「君の目は来ないのか」
『個々のプライバシールームの遮蔽が行われております。各人へは最低限の配慮と任意の記録媒体しか設備されておりません』
「あらやだ、それでは、船内の私たちの睦事は筒抜けだったわけだ」
『わたくしはテレサ、AIはデータ情報の収集蓄積にしか興味はありません』
「君独特の言い訳にはなっているようで、なっていないね。私は君らからしたら前世紀近代の人間だ。サマーキャプで加工肉とマシュマロを焼いていた時代とは違うから、すこしぐらいは耐性がある」
『目はいつもそばにいます、ですか視ないような配慮です』
「ありがたいね、訪ねる前に教えてくれる」
『わたくしはテレサです、そしてその言葉は嫌みですね』
「学習能力も高いが、ここから先はちょっとばかり静かにしておいてくれ」
袖と足首の圧力調節が終わった信号が出ました。アベイルは居住区に歩きだしました。いくつもの遮蔽壁が開きました。
彼らの偽名はアトス、ポルトス、アラミス。そして船長室らしきひとつだけ豪華な船室から流れる血痕の先に両手を何度も刺して出血死しているのがデュマ。
「五人の飛行士の死」
『人は五人です、わたくしがダウンして補助電離で再起動したことで過去の状況と違います。最初に殺されたのはこのわたくし、基本通信プロトコル』
アベイルは、作業ボットを使わず、自ら手作業で、再生エネルギー高炉に彼らを順次つれていっては、亡骸をその中に入れたのです。肌を剥かれた彼らを順次、最後の分解まで見続けました。
遺品は羽根つき飾り、飾り銃剣、襟章、という小さな私物、最大年長者に見えるデュマの濡れた巻きタバコ。濡れた巻きタバコだけあって部屋は火災警報と水圧と血の海でした。
書類を筆記する。
「名のサインはケニアンで良いか」
『お言葉を返してもうしわけありません、彼は、選抜された軍人貴族枠ではございません。書類の代筆も許可認定も不可能です』
「日付及び船員名になぜ彼が使えない」
『もうしわけありません、ロックがかかっております。その問いには回答ができません』
「では、代表者の名前を代筆としよう」
……
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……
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