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3 気づいたところで、もうどうしようもないのです。
一人だと思ったら、気が緩みがちですよね。
しおりを挟む受付のある一階でコートを渡されて、それを着て佐藤君と外に出る。もうじき三月だけど、夜はやっぱりとても寒い。
カラオケ店を出ると、途端に冷たい風が頬をなぶる。温度差に首をすくめたら、何となく吹き付ける風が柔らかくなって、よく見たら佐藤君の立ってる場所が変わってた。風よけになってくれているらしい。
「残念。雨は降ってないね」
「余計寒いですし、それに私、今日は降水確率ゼロパーセントだったので、折り畳み傘も持ってません」
「そっか」
佐藤君の軽口に、やたらとドキドキしながらも口はそっけなく答えてしまう。
もうはずしている必要のないメガネをカバンから出してかけると、苦笑している佐藤君の顔がより鮮明に見えた。その顔を見たら、なぜか余計にドキドキが加速する。視界がクリアになったせいなのだ。きっとそうだと自分に言い聞かせる。
促されて、駅の方向へ向かって歩き出す。
「でもびっくりしたよ、街宮さんがまさかボカロの曲歌うとか」
「その言葉は、そっくりそのままお返ししたいです。あの曲が自分に似合わないのは分かってたけど、あのメーカーのカラオケの中で唯一自信を持って人前で歌えそうなのがあれだけだったんです」
「なんで? すごい似合ってたよ。歌うと声、全然変わるんだね」
「声、作ってるわけじゃないけど、変わっちゃうんです」
週末の繁華街はそれなりの人込みで、自然、並んで歩く肩と肩の間隔は狭くなる。って言うか、近い。手を引かれていた時より、並んだ今の方が。無駄に心臓の運動量が増えるのであんまりこっち来ないでください。
「もしかしなくても、本格的にレッスンとか受けたことある?」
その問いかけの答えは、多分、ノーだ。
「ない、です。でも、父の仕事が音楽関係なので、家には防音室とかあって、昔からそこで好きに歌ったりできたので」
緩く首を振りながら答える。私の父は音楽関係の仕事に従事しているけど、どちらかと言うと派手に人目に触れる音楽活動はしていないし、作詞作曲より編曲やミキシングとか、裏方の仕事が多いから、一般の人は父の事を知らないだろう。佐藤君は純粋に、防音室があるのが羨ましそうだ。
「実はさ、聞きたかったんだよね、街宮さんの本気の歌。ほら、たまに鼻歌歌ってるでしょ その時点でかなりうまいのはわかってたから、これは絶対、ちゃんと聞いてみたいと思ってて、ちょっと強引かなと思ったんだけど」
は? え? 鼻歌? 歌ってた…… え。会社で。うたっ……え?
「お世辞抜きで、街宮さんは歌、上手いと思うよ。今日はいろいろ大変だったみたいだけど、来てくれてありがとう。その格好にしても、髪型にしても、歌にしても。ホント、色々新しい街宮さんが見えて楽しかった」
そう言って、佐藤君がちょっと体を前にかがめて、俯きがちな私の顔を覗き込むようにする。
「うた……って?」
「廊下歩いてる時とか、カウンターに一人の時とか」
気づいてなかったのと言わんばかりの顔。気づいてませんでしたとも!!!
メガネをかけなおしたせいか、佐藤君の顔がさっきまでより鮮明すぎて、なんだかもう、本当に近づかないでください。ああもう、メガネ、外そうかな。
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