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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう
2-1 京都
しおりを挟む前日、アルコールが入っていたおかげで井名里が早く寝てくれたので、予定通りの始発に近い電車と新幹線に乗れて、京都に着いてからも怖いくらいスムーズに、トロッコ列車と川下りの予定がこなせた。
そのあと、嵐山のオルゴール博物館へ向かい、一階のレストランで昼食を摂ってから、二階の博物館にあがる。大きなアンティークのオルゴールや、夏休みのみ特別に展示されて、動かされるオートマタに夏清が目をキラキラさせていた。広くはない博物館なのに、なんだかんだで一時間以上時間が経ってしまった。
お土産用に置かれているオルゴールをひとつ、夏清が買っているのを待って、二人で外に出ると、薄暗かった館内に慣れていた目に強烈な真夏の京都の日差しが痛い。
アスファルトの道路から、ゆらゆらと陽炎が浮かんで消える。
「先生……暑い……」
「お前のほうがよっぽど涼しそうな格好だろ?」
「だからって、こんな大きなものにくっつかれたら暑いにきまってるでしょう!?」
「体温低いから触ってて気持ちいいし」
夏清が着ているのは、前に来たとき買ってもらったノースリーブのワンピースだ。対する井名里はVネックのシャツにスラックス。肌の露出から行くと、確かに夏清のほうが涼しそうに見える。
「なんでこんな冷たいんだ? 冬生れだから? でもお前、名前は夏だよな?」
「……体温低いのと冬生れは関係ないでしょ……それに、名前の由来なんて知らないもん」
どうしてこの名前にしたのかなんて、そんな疑問を持つ頃にはそれをつけてくれた両親はいなかった。
「先生こそ、なんで礼良なの? 礼、良い、全然名が体を顕わしてないでしょ……」
「悪かったな。似合わなくて。母親が真実の真に礼で『まあや』って名前だったんだよ。だからそっちから一字取ってつけた、らしい」
うかつに名前のことを聞いてしまったことを少し後悔していた井名里が、いいわけのように自分の名前のことを言う。
「え!? 先生お母さんいたの!?」
「ちょっとまて、俺はなにか? 木のマタからでも生れて来たってか?」
「そこまで言ってないでしょ……どんな人かなって思っただけ」
昨日、車の中で実冴が言っていた井名里の父親のこと。ポロリと出たそれに、井名里の気配が変わったのを感じて、夏清は何も聞けなかった。聞くなら今かもしれない、と口をあけようとした時、少し笑って井名里がつぶやいた。
「響子さんが言うには『避暑地にいるお嬢様』みたいな人だったってさ。死んだって聞いたのは十四くらいの頃だったかな」
他人事のように。
何も言えなくて、ただ夏清は隣の井名里を見上げた。
「お前がそんな顔するなよ。俺のとこの父親はまだ殺しても死ななさそうだしな」
少し乱暴に頭をかきまわされて、夏清が首をすくめた。
「ほれ、次行くぞ、次」
井名里が夏清の肩を抱いて、いつもと同じ口調で井名里にそう言われて、夏清はあいまいに頷いた。
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すでにない観光地が……
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