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キス xxxx
1-4 交錯
しおりを挟む五人くらいの大人が余裕でかけることができるL字型のソファの長い部分に、夏清が制服のままうつぶせに転がっている。夏清の居る部分に向かい合った一人がけのソファに草野。短い部分で井名里が背もたれに身を投げ出して天井を仰いでいる。隣のダイニングからは実冴と公の言い争いが聞こえるが、五対一くらいの割合で実冴の声のほうが多い。
「で、え? もしかしてずっと前から? もしかしなくても委員長、駅で会ったとき向こうに帰るところだった、とか?」
さすがの草野も、入ってきた井名里を見て一瞬固まった。そのあと立ち上がって指を指して『イナリアキラだ!!』と叫んで、人を指さして呼ぶんじゃねぇと井名里に怒鳴り返されていた。
アキラと言う名前はどこかで聞いたことがある気がしたが思い出せなかった。それはそのはずで、草野は自分の通知表の表紙に入った担任の名前を覚えていただけだったのだ。聞いたわけではないので記憶の回線がうまく繋がらなかったらしい。
「じゃあさ、委員長が修学旅行のときいなくなったのって?」
無言。二人とも応える気がないらしく、何も言わないことで肯定するつもりなのだろう。
「二年の総合評価になっても委員長の数IIの成績が九だったのも? 去年の夏に旅行に行ったのも? 秋の地区高合同体育祭のとき委員長が行方不明になったのも、スキー合宿で遭難したのも、この春の遠足のとき、あっ! あの時二人とも規定時間内に帰ってこなかったよね!?」
「……なんでお前、人のことそんなイチイチ覚えてんだよ」
すらすらと学校行事での悪事を数え上げられて井名里がうんざりしたように言う。
「だって私、委員長のコト観察してるもん」
「するなそんなこと」
「まあいやだ。独り占めするつもり?」
「バカかお前は」
「バカはどっちよ!?」
がばりと夏清が起き上がって噛み付くように井名里に言う。
「お前な、ちゃんと誰がいるか言えよ先に」
「言おうとしたら勝手に誤解したくせに! それになんで来るのよ!?」
「電話通じないからだろうが!! 電源切りやがったくせに。仕方ないからこっちに掛けたら公がもう帰ったとか言うし。でもいざこっちに来たらここ以外思いつかなかったんだよ悪かったな!」
「もうなによ。そんな信用できない? ここにいなかったら良かった? もう絶対帰らないから!! 好きにしたら!?」
泣きそうな顔をして怒って、ソファを乗り越えて部屋に行ってしまう夏清に、井名里もさすがに言い返せなくて黙り込む。沈黙になる一歩手前で、草野が手を上げる。
「ハイ。質問。このこと黙ってたら数学、三つくらい成績あがりますか?」
至極真顔でそう言った草野に、井名里が怒鳴り返す。
「元はといえばお前が今回の騒ぎの原因だろうがっ! バラしたら地を這ってる成績がマイナスになると思っとけよ!? ったく」
「あら。帰るの?」
「悪いか?」
立ち上がった井名里に、公との口争いに飽きたらしい実冴が問う。
「ちょっと実冴さん、まだ終わってない! 大体ね、人の資産勝手に移動させるってどういう了見かって聞いてるでしょう!?」
「あーもう、即日で戻したでしょう!? バカほど持ってんだからあんな小銭でがたがた言わないで」
「小銭じゃないでしょ!? 億動いてるんだから。僕のメインバンクあそこだって知ってるでしょう!? 鎌倉のイトイのじいさまとか、章藍の旦那とか、桐生さんとかっ! 他にもごっそり。みんなその日にいきなり資産引き上げてるのキミの仕業でしょう!? 藤原頭取から泣きの電話かかって来て僕が気づかなかったらそのままにしてたでしょう!?」
なんだかケンカの内容が井名里のことから離れているが、どうにも次元が違う気がして草野は黙って聞いているだけだ。
「あーもう、うるさ。ちょっとあるところに恩売っただけよ」
「じゃあ自分の動かしたらいいでしょ!? あるところってどうして僕のお金が哉の為に動かされなきゃならないんだ!?」
「いやよ。だって私、コウちゃんの実家キライだからあそこに預金なんて一円もないんだもん。ある人使わなきゃ。それにあんなトコ使わなくても資産運用完璧だもーん。コウちゃん、弟がピンチなのに助けてあげないの? アナタそれでも兄?」
「僕のだって全部計算してある!! 大体あっちが僕のこと兄だって思ってないじゃないか!」
「しなおしたってば。外貨運用間違ってたよアレ。外貨は時事に合わせてこまめに動かさないと痛い目見るよ? プランナー任せでしょ?
あ、こら、勝手に帰るな。
コウちゃん、思われたいならもうちょっと兄らしいコトしなさい。ちょっと手伝ってあげたんだから感謝しといて。アレは恩売っといて損にならない物件だもの。売れるときに売っとかないと。
待てってば」
終わらない言い争いにうんざりした様子で帰ろうとした井名里を実冴が二度止める。
「今回はアンタが悪いよ。よく思い出してみたら? 夏清ちゃんアンタにウソとかついたことある?」
真顔の実冴にそう言われて、井名里が複雑そうな顔をした後、何も答えずに出て行ってしまった。
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