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「未来の聖女になんてことをしてるかわかっているの!!?」
「こんなこと許されるわけない!」
「お父様が黙っていると思わないで!!! 寄付金がなくなるわよ!!!」

 独房から叫び続ける声が大神殿の廊下に響く。だが、そこには数名の兵がいるだけだった。彼らもいい加減うんざりという表情だ。

(も~本当に勘弁してよ……)

 あまりにも愚かな行動と軽率な発言しかしないデボラに、アリソンは頭を抱えていた。

(こんなんじゃアーロンが食いつかないじゃない!)

 アーロンは自分の事が大好きな女性が大好きだ。もちろん追いかけて女性をその気にさせるのも。そういうだと楽しんでいる。
 だが、ヒステリックな女性だけは避ける傾向があった。煩わしいのだろう。先の侯爵令嬢ミディアムも情事発覚から喚き散らしたことによって、彼の興味の範囲外になってしまったようで、今は遠方の修道院に入れられている。

(ミディアムは王太子の子を産むかもしれないのよ!? そんなことになってゴタゴタに巻き込まれるなんてイヤァ!)

 アリソンと王太子アーロンの婚約破棄については、話が止まってしまっていた。

(アーロンも役者なのよね~うちの屋敷の前で泣きながら謝罪なんて……)

 それで家族は絆されてしまっていた。

『私とアリソンとの事を、王とアルベール伯が決めてしまってもいいのか!?』

 という、アリソンの父に効き目抜群の言葉を吐き出し、とりあえず公式な婚約に関する話し合いはそれで先延ばしになってしまったのだ。
 もちろん、アリソンは相手にしていない。

(まぁどうせすぐにボロは出すでしょう)

 それに関しては慌てなくてもいいという余裕がある。案の定、すでにこっそり他の女を物色しているようだ。

(ただ2度目は最初ほどの威力があるかは怪しいのよね~)

 結局王族側は聖女と結婚させたいのだ。そしてそれは神殿側も同じ……どちらの預言を信じるかによって権力者達は意見を変えたが、現状デボラ側が不利なようだと、ギルバートが手紙で知らせてきた。
 巷では今、の効果が抜群に出てしまい、デボラ側はアリソンの悲しみの預言に便乗したのだ! という声が相次いでいる。

「やりすぎた!!!」

 と、叫んでももう遅い。

(そもそも私が聖女として相応しくないって話も、デボラが真なる聖女って話も皆しないようにしてるし……)

 大神殿の中では、どちらが真実の聖女か、という話には触れてはいけないことになっていた。

「預言のあるなしに関わらず、実力がある者が聖女になるのです」

 現聖女イザベルの一言によって、神殿内は冷静さを取り戻したのだ。もちろん、預言者マレリオは怒り心頭であるが……。

(実力だったら私が聖女になっちゃうじゃん!)

 そして聖女になったら王妃に。原作よりずっと状況がいいにしても、どちらも今のアリソンには御免被りたい役職だ。

(どっちもデボラに押し付けようと思ってたのに!!!)

 どうせ誰かがやらなければならないものだ。

(やりたい人がやればいいのよ!!!)

 心配せずとも、一般の国民は聖女と関わることなどない。祭りの日に神殿から手を振っているのを見るくらいだ。王妃も同じだ。政策に関わることはほぼない。特にアーロンに関していえば、女性1人だけを寵愛するということもありえない。彼は自分自身が1番大好きだ。例え悪女デボラが王妃になってもそれは変わらない。

(実際原作でもクローズ家はその辺ヤキモキしてたしね)

 爵位も上がり、領地も広がったがそれくらいだった。だからこそ、アーロンとデボラの間に出来る子に期待していたのだ。もちろんそんなことは原作のアリソンが許さない。
 クローズ家は盗賊のフリをしたギルバートの一団に全員が舌を切り取られ、惨殺された。アーロンは高級娼婦に化けたアリソンに毒を飲まされ、三日三晩のたうち回った後死に、デボラは監禁され飢えの苦しみを与えられた後、生きたまま焼かれた。

「はぁ~~~~~どうしたもんか……」

 そう1人部屋で呟いても、やることは決まっている。

◇◇◇

 アリソンは地下の独房に来ていた。見張りの兵達はアリソンを信用して、声の聞こえない離れた場所で待機している。

「私を笑いに来たの!?」

 目を吊り上げ、デボラはまたヒステリックに騒ぐ。

「落ち着いてください」
「うるさい! あんたなんかに指図されたくないわ!」
「ちょっ……」
「さっさと帰ってよ!!!」

 デボラはドンっと思いっきりアリソンを扉の方へと押しやる。

「いたっ!」
「ムカつくのよあんた!!!」
「お、落ち着いて……!」

(あぁもう! 兵が来ちゃうじゃん!)

 アリソンのイライラも最高潮だ。

――バチンッ!

「!!?」

 突然の衝撃に、デボラはついに黙った。
 
 アリソンが扇子でデボラの頭をはたいたのだ。まるでハリセンでツッコミを入れるかのように。

「やーかーまーしいって言ってんの!」

 そのままアリソンはペチペチと扇子で左手を打っている。彼女の不機嫌そうな顔をデボラは初めて見た。

(生きるか死ぬかってのに、倫理もモラルもあるかっつーの!)

 良い意味でも悪い意味でもデボラはアリソンの人生を左右する人物だ。
 彼女に全てを押し付けて、身軽に異国へ移住出来るか、それともどちらかが潰れるまで殴り合い、その上聖女と王妃なんていう面倒くさい肩書をアリソンが背負うことになるか。

「賽は投げられてんのよ。ごちゃごちゃ言う暇なんてもうないの」

 ストーリーは確実に進んでいる。アリソン達が大神殿をする頃には現聖女は本格的に体調を崩し、次期聖女を決定せざるを得なくなる。そしてそれは、王太子妃の選考にも深く関わる決定だ。

「な……な……なにを……」

 デボラだってお嬢様だ。生まれてこの方受けたことのない仕打ちに動揺を隠せない。

「わ……私になんてことを……」
「はぁ~~~あっちの世界じゃあるまいし、こんなことが問題になるわけないでしょ~」
「なにを……なにを言って……?」

(いや、なるわね!)

 と、1人心の中でツッコミを入れる。

「あっちのせかい? 何? 何の話をしているの!!?」

――バチンッ!

 今度の大きな音はアリソンが大きく自分の左手を叩いただけだ。だが、デボラは明らかに怯えた顔つきになっていた。

(あ~んな恐ろしいことするのに、こんなことでビビるのね)

 実際デボラは作中、自分で直接手を下したことはない。全て命じて他人にやらせていた。自分は安全な場所から高みの見物をしていたのだ。

(ま、現時点では精々、自分の服を切り刻んだのと、睡眠薬の持ち込みくらいだものね~)

 これすら原作では味方に引き入れた神殿内の関係者にさせていたが、今回はそれすら達成できなかった。金はあるのに人望が無さすぎる。

 悪役としてはまだまだ駆け出しのヒヨッコなのだ。

 ゆっくりと前に出るとデボラは後退りした。扉の向こう側に視線を向けている。

「助けを呼んだりしたらどうなるかよく考えてくださいね」
「ヒッ!」

 ビクッとデボラの体が震えるのがわかる。アリソンはいつも通りの声色で話しかけた。

「私だって別に暴力に頼りたいわけじゃあないんですよ? デボラ様がいつまでも騒がれるんですもの~」

 デボラは何が言いたそうだが、アウアウと口を動かすだけで精一杯のようだ。

(これじゃあ私が悪役じゃない)

 だがそれも悪くない。と感じるのは、やはり『復讐姫』という素質が備わっているせいかしら、とアリソンはほんの少しだけ感じていた。デボラが生理的にアリソンを受け付けないのと同じように、アリソンもデボラを痛めつけないと気が済まない……そんな世界の力が働いているような気がした。

(まあそれに逆らう為に今頑張ってるんだけどね!)

 馬鹿馬鹿しい考えを振り払い、先ほど叩いた部分をヨシヨシと撫でながら、
 
「ねぇデボラ様。貴女、聖女と王妃になりたいんでしょ?」

 今更無駄だと、素のまま話しかける。

(なんか、DVやってるみたい……)

 こんなことを考えながら。

 デボラの方は強気にアリソンの手を振り払う。

「……さっきから何を言っているの!?」
「も~そういうのいいから。誰にも言わないから、ね!」

 早く早く、と話を急かす。

「私、貴女の力になるわよ! これはマジ」

 デボラはわけがわからないと戸惑っていた。当たり前だ。急に皆にお姫様扱いされている女性が人が変わったように自分に接してきたのだから。

「もちろんタダじゃない。出すもんは出してもらうわ」
「!!?」

 そうして今度は扇子をデボラの心臓に突き立てた。

「出すもん出してくれたら、聖女にも王妃にもしてやるって言ってんの!」

 圧倒されたのか、それとも本能で逆らってはいけないと感じ取ったのか……デボラはただゆっくりと瞬きもせずに頷いた。

 そうしてアリソンは満足そうにいつもの美しい笑顔へと戻ったのだった。
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