悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

31 棺に眠る王妃②

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 聖樹跡地か廃教会という二分の一の確率を外してはしまったが、余計な力みは取れ体の調子もいい。
 ジェフリーも手際良く廃教会の様子を探っていた。

「結界は地下部分のみのようです。五人の出入りを確認しましたが、その中にロラン伯爵家のハンナ様とベルガー伯爵家のニコラス様が……」
「貴族派と調和派じゃん! 仲良くできてるのかな!?」

 報告に驚きの声を上げたのはルカだ。ロラン家は貴族派のカルヴィナ家と大の仲良しだし、ベルガー家は我が家と方向性を同じくする【調和派】と呼ばれる家柄で、なによりこの二家は仲が悪いことでも有名だった。

『ルーベル家の言うことも一理ある』

 これまでそう考えている貴族と何度か話をしたこともある。【魔力】あってこその我が国なのだから、と。

(私の魔力量を知ってるからだろうから言っても問題ないと思ってるんだろうな)

 とはいえ『貴族も平民も魔力の前では公平である』というルーベル家の主張にはすぐに賛同はできないようで、その主張を元に会話を続けると最後はいつも相手はゴニョゴニョとなるのだが。

(現実的に考えて魔力量で人間の価値をはかると都合が悪いのよね。生まれに価値を置く貴族にとって)

 我が家でいうルカのような事例は増えている。どの貴族の家系でも。
 だからこそ具体的な顔見知りの名前が出るとドキッとしてしまう。あちらも本気でそういう価値基準の国を望んでいるのだと。

「心してかかろう」

 全員が頷いてレオハルトに視線を集めた。

 結界の破壊は簡単だ。問題はどのタイミングでそれを実行するか。結界が破壊されたことをできるだけ廃教会内にいる『魔力派』には知られたくはないが、

「龍王の魔力を貯めるレベルってことは魔獣が集まって来ちゃうんじゃない?」
「この周辺にはあまり魔獣はいませんでしたから、多少は大丈夫だとは思いますが……」
「じゃああたしが結界張り直そっか?」

 手を高く上げ、嬉しそうにアイリスが提案した。

「こちらに結界魔法が使える者がいることをバラさない方がいいだろう」
「結界がなくなった方がルーベル家には都合が悪いだろうからな。魔力溜まりを使った研究ができなくなるし」
「あ~それはあるかも~」

 レオハルトとフィンリー様の意見に納得いったのか、アイリスはするすると手を下げる。

「長居はできないってことね」

 敵の本拠地といっても過言ではない場所だし、目的を達成したら欲は出さずに退散だ。

「欲は出さずって……ちゃんとわかってるんだろうな」
「わ、わかってますよ!」

 レオハルトがジトッとした視線を向けてきた。カッとなって余計なことをする気じゃないかと言いたげだ。

「いや~リディアナだけじゃなくて男性諸君も気をつけてよね~」

 よく言ってくれたアイリス! 男性陣も喧嘩っ早いというわけではないのだが……、

「レオハルト様、何がどんな状況だとしてもいったん引いてくださいね。例えば他に誰か捕まってたとか」
「いやでもその場合は……」
「一度体勢を立て直すと言っているのです!」

「フィンリー様、今後の作戦効率がいいからってアジトの壊滅はだめですよ」
「……はい」
「やっぱり! ちょっと考えてましたね!」 

「ジェフリー……敵の情報欲しさに潜入続けようなんて考えないでね」
「承知しております……」
「ちょっと!? もう一回私の目を見て答えて!?」

「ルカ! どさくさに紛れて敵をボコろうとしちゃダメよ!!」
「一発くらいいいじゃん!!!」
「ダメ!!!」

 この会話を、アイリスは白けた目で見ていた。この四人、私よりよっぽど信用できないぞ。

 事前にこうして確認しているのは、アンクレット姿を消す魔道具を起動させるとお互いの姿が見えなくなるからだ。ここからは二人一組で行動する。私とフィンリー様、ルカとジェフリー、レオハルトとアイリス。私とレオハルトの組み合わせでないのは、やはり彼女が一番レオハルトのからだ。

『なんだかんだリディアナ、レオハルトと気が合うじゃん』

 と言われて言い返せなかった。つまり、レオハルトと同調して何かあったら欲を出すと思われている。まあ……長く一緒にいるししょうがないよね……と、言い訳をしてこの組み合わせに同意した。全員が。

 ジェフリーが地図を見つけてくれていたが、古いものなのでどこまで当てになるか……。ただ、龍王がいる場所は検討がついた。龍王が入るほどの大きな空間は一つしかない。いくつかそこに繋がるルートがあり、どれがその大広間に繋がっているかわからないため、三組に別れることにしたというわけだ。

「じゃあ一時間後」

 少し緊張した笑顔で全員が足首に触れ、姿が見えなくなった。

(一、二、三……)

 一分後、私が結界を破壊するのと同時に中に突入する。

(六十!)

 廃教会の床に手をついた瞬間、パリンッとガラスの割れる感覚が伝わってくる。結界が破れたのだ。頬に風を感じ、フィンリー様が通り過ぎたのがわかる。先陣を切って地下へと潜っていった。私もすぐに続く。
 廃教会の地下はトンネルのような廊下が迷路のように張り巡らされていた。こちらは聖樹跡地とは違って、魔力溜まり特有のどんよりとした空気が皮膚に張り付いてくる。

(よかった。灯りがある)

 ポツポツとではあるが、歩く分には問題ない。あらかじめ決めていたルートを進んでいく。時々すれ違う魔術師達は、高揚気味に早口になっていた。年齢層が若い。

「聖女候補に逃げられたのは残念だった! だがリディアナ嬢の魔力量が魔封石を上回ったことがわかったのは大きな収穫だ!!」
「それは聖女候補も同じだろう! どうにかあの力を手に入れたいものだが」
「ああ! 失敗は痛かったなぁ! 相手は警戒しているだろうし」
「もどかしい限りだ」

 壁の端で息を潜め響き渡る声と足音を聴き続ける。身体が怒りでワナワナと震え始めた。

(コイツらまだ諦めてないってことっ!!?)

 その時、ふと手に何かが触れる。それがフィンリー様の手の甲だとすぐにわかった。緊張しているのかひんやりとしている。

(落ち着け)

 これが私とルカが組まなかった理由だ。今の会話を聞いてしまったら、二人してカッとなっていた可能性が高い。フィンリー様がいると今はまだその時じゃないと冷静になれる。彼が危険な目に遭うのは避けなければ、という本能のようなものが私にはあった。
 
「一度飛龍の群れでもけしかけてみたらどうだ? 混乱に乗じてなら攫えるのではないか?」
「飛龍も貴重だ。龍王復活と共に王城一斉攻撃……そこに戦力を集中すべきだろう」
「待ち遠しいなぁ」 

 彼らは私達に気付くことなくそのまま別室へと入って行った。

(やっぱり……このまま行くと予知夢が現実に近付くんだ……)

 そしてやはり、これは龍王の復活ありきの計画。そこを阻止できたら大ダメージ間違いなしとなれば俄然やる気も出てくる。
 その後も数人の魔術師達とすれ違うも、私達のルートは当たりだったようで目的の大広間まで問題なくたどり着いた。

(龍王……いない!?)

 大広間には機械、とはいえないが何に使うのかわからない装置が幾つも置かれていた。大きな水晶や透明な管や緑や黄色や青色の液体が入った注射器、何かの紋を刻んでる途中の鎖も置かれてある。だが、肝心の龍王の姿が見えない。

(うそ……うそうそ……ここじゃなかった!? いや、でもこの装置……)

 落ち着け、と周囲に悟られないよう深呼吸をする。白衣を着た学者風の男が隣を速足で通り過ぎ、祭壇の方へと向かって行った。その先にあるのは、

(棺?)

 乳白色のそれは、ちょうど私の背丈程の誰かが寝転んでいるようだった。途端に息が止まる。

(シャーロット様!!!)

 龍王ではなく彼女の姿が薄っすらと見えたのだ。肖像画の姿にそっくりな美しい横顔。駆け寄りたい衝動を抑え込み、慎重にその棺に近付く。

(……眠っているみたい)

 ゆっくりと胸元が動いている。呼吸をしているのだ。顔色は青白く、額に魔石のようなものがはめられているがちゃんと生きている。私はゆっくり、腰のポシェットの中のアンプルガラスの小瓶に手を触れた。
 シャーロット様の棺の周りには絶えず研究者がうろついている。いくら私の姿が見えなくとも、王妃の口の中へ銀色の液体を注がれていたら流石に何かおかしいと気が付くだろう。

(私とフィンリー様が一番乗りみたいね)

 小さな合図の音が聞こえてきた。トン、トン、トトンと机を指で軽く叩くようなこの場であっても違和感のない音が。おそらく棺の側にある分厚い魔導書の置いてある棚の近くにフィンリー様がいる。私も同じリズムを返した。他に反応がないということはまだこの空間には二人だけ。

(結界を破ったことがバレてないうちに)

 一番乗りがシャーロット様龍王に薬を飲すと決めていた。
 合図の音がどんどんと遠のいていく。フィンリー様が祭壇から降りていったのだ。

——ガシャン!!

 突然、空の薬瓶が並べられていた棚が倒れた。音の反響が耳をつんざく。側にいた研究者は自分はやってないとアタフタとしていた。この空間にいる全員の視線を一心に集めているのだから当然だ。

(今だ!)

 こぼさないように、だけど素早く、私はシャーロット様の唇に龍化を抑える薬を流しこんだ。

(やった! ……やった!!!!!)

 飛び上がって喜びたいところだが、そうはいかない。今回最大の目的は達成できた。あとはバレる前にずらからなくては。

(欲を出しちゃダメよ私!!!)

 どんな欲かと言うと、彼女を連れ帰るという欲だ。なんせ龍の姿ではなく今は人間。運ぼうと思えば運べる。

(薬の投与だけで十分な成果だって! これでルーベル家の研究はおじゃんになったんだから!)

 頼みの魔力溜まりも結界を解いた今、魔獣の巣窟になるだろう。とてもシャーロット様を寝かせて魔力を貯めつつ研究とはいかない。

(……龍王の体じゃない状態で魔獣に襲われたらどうしよう)

 龍王はどの魔獣にも襲われることがないと聞いたが、人間の身体であればその効果が適応されるとは限らないし……と、言い訳を考え始めたのがいけなかった。

——トン、トン、トトン、トトン

 フィンリー様の合図が聞こえる。戻るぞ、という合図だ。私はまだシャーロット様の姿をじっと見つめていた。

(えっ……うそ!?)

 ゆっくりとシャーロット様の瞼が開いてく。そんな効果はあの薬にはないはずなのに。シャーロット様が目覚めた。龍王ではなく。

(あ……)

 王妃と目が合った。
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