千年前からやってきた見習い魔法使い、現代に生きる

桃月とと

文字の大きさ
22 / 35
第二章 師匠の墓はどこ?

第6話 博物館

しおりを挟む
 夏の暑さも落ち着きを見せ始め、見かける花の種類も変わり始めていた。
 この頃メルディは、週に一度は通っていたキルケ国立博物館の展示物も一通り見終わり、観光客に最も人気のある”キルケにおける魔法の歴史”のフロアに入り浸っている。主に平日の午後、夕方あたりが比較的人も少ないので、いつもその時間を狙っていた。

(レオナルド・マグヌス、歴史上最も強力な力を持った魔法使い……ねぇ~……)

 壁に掲げられたキャプション説明書きや解説文、年表を眺めながら、マグヌス屋敷で出土された欠けた実験道具だとか、魔道具のレプリカだとか、魔法使いのマントだとかの前を通り過ぎる。
 彼女の目的はその先にある”魔術書”の展示ケース。マグヌスが書いたとされる、魔術、錬金術、魔道具についてのメモ書き、さらに日記とされる書物がガラスケースの中にいくつも並べられていた。

 マグヌスは他の魔法使い達とは違い、自らが生み出した魔術を秘匿することはなかった。ただし、魔術にしても錬金術にしても魔道具にしても難解で、

(使えるもんなら使ってみろ、作れるもんなら作ってみろ! って精神だったもんな~)

 だからこそ彼への弟子入りは、マグヌスの魔術や技術を間近で見聞きできるという点で大きな利点があった。あの破天荒な行動についていければの話ではあったが。

(そういえば、師匠の魔術をきちんと再現できるのなんてセフィラーノさんくらい?)

 千年前には数多くいた魔法使い達の中でも、やはりレオナルド・マグヌスとセフィラーノ・アルベリーニは抜きんでていた存在だったのだと、千年後の評価を見てメルディはあらためて思い知った。

 閉館も間際な時間になると、来館者は軒並みミュージアムショップへと足早に移動していった。展示ケースの前にはメルディの他にはただ一人だけとなる。

【失われた錬金術】

 と書かれた解説文には、千年前のこの書物がこれほど美しい姿を保って今ここに展示できるのは、マグヌスが錬金術によって作り出した特殊な紙のおかげだということ、そしてすでにその技術は失われ、再現も不可能だということがつらつらと書かれている。

(もう作れない? 機材と材料がないのかな……?)

 もちろんメルディは魔術だけではなく錬金術も一通りマグヌスに教わっているので、この特殊な紙を作ることができた。だが、メルディはこの技術がすでにこの世界に必要なくなっていると感じている。

(文章なんて、データで保存すれば問題ないんだもんね)

 ただし、メルディはそのデータについての知識は付け焼刃のホワホワしたものだったので、データも同じように千年後も残っている可能性があるとは言い切れない、ということを知らなかった。

 展示ケースの一番端にあるマグヌスの日記(というほどプライベートな記録ではないのだが)のページは、時々開かれているページが変わっている。今日はメルディが時空転移してから一年後のページになっていた。

(師匠、時空転移の規則性を探してたんだ)

 突然何の前置きもなく発生したその現象は、マグヌスの興味を引いたようだった。

(自分がやったんじゃないって言い訳の手紙残してたもんな~)

 この手記を見るに、マグヌスはよっぽど予測できなかったのが悔しかったのか、時空転移の歴史から、”メルディの木”周辺の徹底した調査をしたようだった。

(この日記帳、借りられたらな~)

 墓探しの手がかりになるのでは、とメルディは考えたのだ。マグヌスがメモ書きのようにこの日記帳にあれこれ思いつくままに書き込んでいたことも知っている。
 実はすでに、ヴェルナー教授を通して博物館側に打診をしていた。だが、弟子からの依頼だとしても反応は芳しくはなく、許可が下りても数年かかるだろうと、教授からの申し訳なさそうな返事をすでに聞いている。

 チラリと警備員の方を見た。すでに顔見知りになっているからか、それともメルディのことをほんのりと知っているのか、相手は穏やかな笑みで彼女の方を向いて会釈する。
 メルディからしてみたら、この分厚い展示ガラスから中身を取り出すのは簡単なことだ。だが彼女は法律を犯すつもりはない。

(う~~~ん……ちょっと試してみる? できるかな……?)

 マグヌスはことあるごとに、

『魔法は何もかも基礎が大事』

 と言っていた。この日記帳にメルディの魔力を流し込めば、何らかの反応が期待できた。そういう仕掛けがマグヌスは好きだ。ただ、物体に触れずに魔力を流し込むのは少々技術がいる。

(師匠の事だから、一定時間なんの揺れもなく魔力を流し込まなきゃ……ってところでしょ)

 ユーリが見つけた手紙のことを思い出しながら、メルディは次にやることを決めていた。まずは集中できる環境を整えなくては。警備員と防犯カメラを誤魔化すことと、先ほどからメルディと一定の距離を保っている観光客をどうにかすること。

 メルディは口元を抑えながら、小さく呟いた。

ヴェイル・アンノーティス認識回避……」

 すると警備員はまるでメルディも誰もこの室内には存在しないかのように、ぼーっと空を見始めた。これは一時的にメルディの存在を感じにくくする魔術。感じにくくしただけなので、大きな声や音を鳴らしてしまえばすぐに元に戻ってしまう。

 それから、博物館の柱の影にひっそりと潜んでいた小さな蜘蛛へと視線を送り、

アニマ・アウディ指示に従え

 その蜘蛛は慌ただしく防犯カメラのレンズの前を行き来しながら、巣を編み始める。
 これで下準備は上手くいった。

(さ~てと……)

 メルディは極力声を落として、じっと魔術書を眺めている若い観光客に声をかけた。

「で。今日はなんの御用ですか? セフィラーノさん」

 相手は少しだけ目を見開いたあと、嬉しそうに口元を上げ、

「……いつから気付いていたんだい?」

 見慣れた紳士の姿に戻って行った。手には少々いびつな形の杖が握られている。

「初めからですよ。怪しくなさ過ぎて怪しいんです」

 これは、メルディの魔法使いとしての才能ではなく、マグヌスに弟子入りする前の泥水をすすって生きていた時代の賜物だった。妙な違和感には敏感なのだ。

「いやはや……感服するね。あのマグヌスが杖を残そうと思っただけはある」
「それはどうも……。それで、ご用件は?」

 なんだか褒められた気がしてメルディはくすぐったくなり、珍しくぶっきらぼうな態度になっていた。セフィラーノの方は、そんなこと弟子で慣れっこなのか、少しも気にしていないような楽しげな表情で、

「この間はゆっくり話せなかったからね。これが夕食でも一緒にどうだい? なにが好きかな? デザートのシュガークレープが美味しい店がこの近くにあるのは知っているかい?」

 どうやら”弟子”という存在に甘いものを提案すれば喜ばれると思っている節のあるこの現代最強の魔法使いは、あきらかにウキウキしていた。

(うまくいったら、ねぇ……)

 これからメルディがなにをするのか、すでにわかっているのだ。

「そうですね。なにごともなく終われば」

 その答えに、セフィラーノはニッコリと微笑んだ。

 彼はマグヌスの墓探しに付き合いたい、と言っていた。それでここにいるということは、メルディがこれからすることは正解と言っているようなものだった。だが、うまくいくとは限らない。

(ああ、恐ろしい~)

 すでに散々マグヌスには振り回されている。だから記録石の時のようにマグヌスの呪文が大暴れしてもいいよう、周辺に防御魔術も施した。あの気のいい警備員が怒られるようなことになったら目覚めが悪い。

「ふぅ……」

 一度だけ大きく深呼吸をして、メルディはガラスケースに人差し指だけを触れた。ただ一点に集中し、少し離れはその日記帳に魔力を流し込む。

 その日記は期待通り、青白い光に包まれ始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!

ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」 特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18) 最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。 そしてカルミアの口が動く。 「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」 オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。 「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」 この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

【完結】濡れ衣聖女はもう戻らない 〜ホワイトな宮廷ギルドで努力の成果が実りました

冬月光輝
恋愛
代々魔術師の名家であるローエルシュタイン侯爵家は二人の聖女を輩出した。 一人は幼き頃より神童と呼ばれた天才で、史上最年少で聖女の称号を得たエキドナ。 もう一人はエキドナの姉で、妹に遅れをとること五年目にしてようやく聖女になれた努力家、ルシリア。 ルシリアは魔力の量も生まれつき、妹のエキドナの十分の一以下でローエルシュタインの落ちこぼれだと蔑まれていた。 しかし彼女は努力を惜しまず、魔力不足を補う方法をいくつも生み出し、教会から聖女だと認められるに至ったのである。 エキドナは目立ちたがりで、国に一人しかいなかった聖女に姉がなることを良しとしなかった。 そこで、自らの家宝の杖を壊し、その罪を姉になすりつけ、彼女を実家から追放させた。 「無駄な努力」だと勝ち誇った顔のエキドナに嘲り笑われたルシリアは失意のまま隣国へと足を運ぶ。 エキドナは知らなかった。魔物が増えた昨今、彼女の働きだけでは不足だと教会にみなされて、姉が聖女になったことを。 ルシリアは隣国で偶然再会した王太子、アークハルトにその力を認められ、宮廷ギルド入りを勧められ、宮仕えとしての第二の人生を送ることとなる。 ※旧タイトル『妹が神童だと呼ばれていた聖女、「無駄な努力」だと言われ追放される〜「努力は才能を凌駕する」と隣国の宮廷ギルドで証明したので、もう戻りません』

無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜

矢口愛留
恋愛
クリスティーナは、初級ポーションすら満足に作れない無能聖女。 成人を迎えたことをきっかけに、これまでずっと暮らしていた神殿を出なくてはいけなくなった。 ポーションをどうにかお金に変えようと、冒険者ギルドに向かったクリスティーナは、自作ポーションだけでは生活できないことに気付く。 その時タイミングよく、住み込み可の依頼(ただしとても怪しい)を発見した彼女は、駆け出し冒険者のアンディと共に依頼を受ける。 依頼書に記載の館を訪れた二人を迎えるのは、正体不明の主人に仕える使用人、ジェーンだった。 そこでクリスティーナは、自作の失敗ポーションを飲んで体力を回復しながら仕事に励むのだが、どういうわけかアンディとジェーンにやたら甘やかされるように。 そして、クリスティーナの前に、館の主人、ギルバートが姿を現す。 ギルバートは、クリスティーナの失敗ポーションを必要としていて――。 「毎日、私にポーションを作ってくれないか。私には君が必要だ」 これは無能聖女として搾取され続けていたクリスティーナが、居場所を見つけ、自由を見つけ、ゆったりとした時間の中で輝いていくお話。 *カクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

処理中です...