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Chapter02 魔王軍四天王、スラヴォミール王国へ潜入しました。
Episode24-2 正体
しおりを挟む私は素早く唱えた魔法を解き放ち、クルトに直撃する前にそれを相殺した。
「雷獣迅雷!」
人鳥は風と氷の2属性持ちだ。
風は地と、氷は雷の魔法で相殺する。
今回はクルトが放った地属性と、私の雷属性の魔法で対応していくことを主軸に戦うしかない。
雷撃が辺りに轟いて、氷の矢を粉砕させる。
その間に立て直したクルトが、何かを口ずさんで自らの得物を淡く光らせた。それは一体なんだ、と考えるよりも早く、彼は素早く人鳥に駆け込んで攻撃を繰り出した。
その標的は人鳥の翼だ。
先ほどのジズと同じく、鳥の魔物に対しての戦いのセオリーなのだと思う。
接近戦をするには、その翼を手折るしかない。
しかし大地の魔法は既に発動済みで、先程のように生まれてきた岩に飛び乗り人鳥に近付くと言うことはもうできない。
クルトは人鳥の前で深くしゃがむと、構えた剣を勢いよく振り切った。――剣の纏った淡い光が、鋭い閃光となって翼を裂く。
人鳥は苦しげな咆哮を上げると、その巨体が大地に頽れた。
(す、ごい…!限界突破だってしてないのに…!)
翼を手折られ、倒れた拍子に先程発動した魔法によって突き出た鋭い岩に身体を貫かれる。
もうほぼ瀕死といった状態の人鳥に、ゴクリと生唾を飲みこんだ。
――クルトは、一体どれくらい強いのだろう。
クルトの背が、流れる砂埃の合間から覗く。
「――ヒナ!!」
「あ、う……うん!!」
もう立ち上がれないと踏んだのか、それでも人鳥から目を逸らさないクルトが、「どうすればいいのか」という意味でなのか私を呼んだ。
ここまでクルトが弱らせてくれたのだ。
この人鳥のためにも、どうか私の手で、元の姿に戻ってほしい。
(この人鳥も、リュークみたいに普通に暮らしてたかもしれないんだもん。……お願い、戻って!)
人鳥まで駆けて、ぎゅっと両手を握り締める。
<夜霧の花嫁>の力が作用したのなら、この手の中にその力を集めてみよう。出来るかどうかは解らないけれど、魔法が扱えるようになったお陰で、不思議な力の出し入れの感覚は理解している。
クルトを追い越し、ついに倒れている人鳥の一部に触れかけた――その時だった。
目の前に、青白い口元が見えた。
けれどそれ以外は何も見えない。
――その口が、ゆっくりと開いた。
「――邪魔を、しないで。」
(――え?)
それは、男の声だったのか、女のものだったのか。
不確かな声を認識すると同時に、目の前に立っているのはひとの形をしたものだとも理解した。漆黒の布を頭から深く被り、口元だけを晒している。
その隙間からすっと出た病的な白さの手が、私を捉えた。
――風が、唸る。
「ヒナ!!」
「え、つっ…――きゃぁああ?!」
白い手から発せられた何かに、肩から鋭い痛みが走る。
熱く感じる肩口を抑えることも叶わず、同時に発動された豪風に、いとも容易く身体が跳ねていく。
景色がみるみる変わる中、強い衝撃を覚悟した私を思いのほか柔らかだった何かが受け止めた。
私の腰に回った腕を辿ると、私を抱えて地に倒れるクルトが私を庇ってくれたようだ。
クルトは衝撃に顔を顰めながら、素早く私を背にして剣を構え直した。
しかし、あの薄気味の悪い漆黒を纏った誰かは、口元に感情を宿らせないまま、闇が渦を巻くように姿を消した。――気付くと、その誰かの背後に倒れていた人鳥も、忽然と消えていたのだった。
「っは、は……今の、なんなの?全然、普通の魔物じゃない、よね?」
「あれは……」
張りつめた空気が、糸を切ったようにぷつんとなくなって、代わりにクルトの肩で息をする音がよく響く。
息を整えてからでも問えるというのに、今まで見たこともない異形と突然現れた漆黒を纏うひとは何であるかと言う疑問に早く答えがほしいようだった。
クルトはまだ警戒しているのか、剣を手にしたまま地に腰を沈める私の横に膝をついた。
(あれは<貪り食う者>って言う、魔族が病気みたいなものになっちゃった姿だよ、なんて言えるわけないよ…。)
しかもそれをなんとか治すために、解決法を探りながら<貪り食う者>が現れるだろう場所を回っている、とも言えない。
しかし私を見つめる青石の瞳が真剣過ぎて、逸らすことも出来ない。
私を守りながら戦ってくれたクルトには知る権利がある。でも、その権利を認めるわけにはいかない。
私は裂かれた左肩を反対の手で抑えながら、クルトを見据えた。
「クルト。この件は、私に預けてくれないかな。……お願い。」
「……それって、誰にもしゃべるなって意味…だよね?」
その言葉に頷く。
もうクルトを信じるしかないけれど、今ここで出会った異形を世間に漏らせば、それはいずれ魔物ではなく、魔族だと世を騒がすことになるだろう。そうなれば、ゲーム同様の結末を魔族に齎すことになる。
彼は私の目をじっと見つめた後、肩で息をしたまま脱力するようにその場に腰を下ろした。
何事かと目を瞬くと、ようやくクルトらしい笑みがそこに咲いた。
「あぁーもう、つっかれたぁ。さすがに攻撃力増加しっぱなしはヤバイね。」
「え?く…クルト?」
私が何か言うまで絶対にその目を逸らさないと思ったのに。
というか、己の持つ魔力を力に変換する攻撃力増加をずっと行っていたと言うことにも驚いていると、彼は屈託なく笑って肩を竦めて見せた。
「……だって俺さ。ヒナがいなかったら、こんなに動けないから。ほら、気ぃ抜いたらこんなに震えてるんだよ。」
愛剣を置いてその大きな手を広げて見せる。
それは彼の言うとおり、小刻みに震えていた。
「さっきの魔物みたいなのも気になるけど……俺じゃ――俺だけじゃ、きっと何もできない。だから、ヒナの言うとおりにするよ。……情けないけどね?」
「クルト…!ううん、そんなことない。こんなに戦ってもらえたのに、ほんと、ありがとう…!」
「え、わ、ヒっヒナ…!?」
クルトは初対面で、しかも嫌がっていたにも関わらず、更には私を守りつつも戦ってくれた。それには礼を何度言っても足りない。でもそれだけではなく、今見たことを私の望み通り公言しないと約束してくれた。
――どこまで人が好いのか。
クルトと出会ってからの彼の言動を顧みても、きっとこれがありのままのクルトなんだろうなと思わせた。
震えるクルトの手を掴んで、どうしたらこの気持ちが伝わるだろうと溢れる思いのまま行動したら、その手を自身の口元に当てることになってしまった。
――それがキスだということに気付いたのは、クルトの真っ赤な顔を見てしまってからで。
「あっ、ご、ごめん、つい…!ただその、あ、ありがとって伝えたかっただけで…っ」
「う、うん、わかってる…!わかってるから…!」
お互い顔を真っ赤にさせて両手を左右にパタパタと振る様は、傍から見ればおかしいのか微笑ましい光景なのか。
何故だか甘酸っぱい空気を味わったことで、張りつめていた心の糸も切れたのだろう。手を振った所為か、肩の痛みが蘇えってくる。
「っつ…」
「ぁあっごめん!怪我してたよね?!痛い…よね?!」
「う、ううん、ほっとしたら急に痛くなっちゃっただけだよ。大丈夫。」
「ヒナ、強がらなくていいよ。回復なら、俺怖くないから。」
そう言って冗談めかして笑うと、クルトはもう震えていない手を私の肩に翳した。
きっと私の捻った足を治してくれた時のように、外傷治癒で治してくれるのだろう。――しかし、淡い光がクルトの手に宿ったかと思うと、彼は息を粗くして顔を顰めてしまったのだ。
慌てて彼に詰め寄るけれど、苦笑を浮かべられただけだった。
「クルト?!どうしたの?!」
「アハハ…。ごめん、情けないんだけど…魔力、使い過ぎたみたいだ。ちょっと休めば大丈夫だから、それまで我慢できる?」
「そんなの、全然いいよ…!ごめん、ほんとに無理させちゃったね…。」
「そんな顔しちゃダメだよ。俺もさ、怯えてるよりずっとよかったって思ってるから。だから、よかったんだよ。」
息を整えながらそう言って笑う彼は、朝焼けのように眩しくて。
まるで空気を読んだかのように、小路を陰らせていた雲がどこかへと去り、夕色に染まった陽光が私たちを照らしていく。
柔らかな空気が私たちの間に流れた、その時だった。背後からやってきた声にその空気は破られることとなる。
「――……てんめぇ、ようやく見つけたぞ……っ!!」
「げ……っ」
低い、けれどテノールよりは少しだけ高い男の声。
乱暴な言葉は、私に放たれたものではなかった。
男は素早い身のこなしで逃げようとするクルトの頭部を強く殴打すると、そのまま彼の襟首を引っ掴んだ。
その男の褐色の手を、クルトが苦しそうに掴む。
けれどその琥珀色の鋭い目が彼を逃すまいと睨み付け、スカーレットのヘアバンドから溢れたネイビーブルーの髪が風に踊った。
「よくもまぁこの俺から逃げくさってくれたな?!挙句なんだ、チャラチャラ女口説いてやがるとは、いい度胸だな?!!」
「ち、違うよ!全然口説いてないから!彼女とはその、ディンから逃げてたら怪我させちゃって。お詫びに怪我を治して一緒に焼菓子を食べてたら、魔物が大量発生しちゃってさ。」
「おいこら、全然口説いてんじゃねぇか。何調子よく口実作ってイチャコラデートしてんだよ?!てめぇを探し回ってた俺はなんだ。馬鹿か?!!」
「ディン、落ち着いて、落ち着こう!!ディンに彼女が出来ないのは、そういう乱暴なところだと俺は思う!」
「うるせぇえ!!!」
ぶん、とディンと呼ばれた男が拳を振りかぶるけれど、クルトは難なくそれを避けて、ついで彼の腕から身体の自由を取り戻した。
ディンはあからさまに不機嫌だと全面に表しつつ舌打ちをした。
それが冷静になるきっかけとしたのかは解らないが、彼は声音を低くして改めてクルトを見やった。そして未だ座り込んだままの私をちらりと一瞥する。
「……まぁ、とにかくだ。あのお前が、女を守ったことは評価してやる。よくやったな。――クロード。」
「……クロード…?」
(え…?だって、クルトは……クルトなんじゃ…)
ディンが呼んだ、クルトの名前。
それに瞠目してクルトを見ると、彼は悪戯っ子のように苦笑して「ごめん」と口にした。
――ざわざわと、胸の奥で何かが訴えている。
夕色を纏った陽光がクルトのオレンジの髪を溶かすように照らしていて。
今までと何も変わらない筈なのに、何かが変わっていく。
クルトの髪がキラキラと陽光を弾きながら――流れる水のように色を変えた。
そんな、まさか。
こんなことがありえるのだろうか。
「え……く、ると…?!!」
完全に施した幻術が解けて、彼本来の髪と目の色になる。
その衝撃に耐えられずに、痛いくらいに高鳴る鼓動の所為で何か言いたいのに言葉を考える事が出来ない。
クルトは私の戸惑いの理由に気付くと、もう一度私の横に膝をついて、首を小さく傾いだ。
「……ひとつだけ、ヒナに嘘ついてた。俺は、本当は『クルト』じゃなくて、クロード。……それから」
さぁ、と。
風が、クルトの――クロードの髪を掻き上げた。
髪はキラキラと陽光を跳ね返し、アクアマリンよりも更に明るい青の目に、私が映る。
「――<白光の戦女神>って、呼ばれてる。」
幻術が解けた淡い白金の髪と、輝くような明るい青の蒼燐灰石の瞳が、今まで「クルト」だった彼を別の誰かにしたかのようだった。
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