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第五章
朔空の解答
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朔空君にとっては数年振りの帰省だったから、大学院での研究にまつわる面白かったり苦労した話など、お父さんと静かに語り合っていた。
月乃ママの写真と、朔空君を中心に咲月さんと霧人君とぼくの尻尾が写った写真を、ゆらゆらとぼくは眺めていた。そう、あの頃みんな元気で家族が揃っていたんだ。ものすごく遠い昔のような気がする。嗚咽が出るのではないだろうかと思えるほど、懐かしく切なく哀しかった。
ぼくが懐旧に浸っていると、千弦の高い声が響いた。
「これ、朔空君ですか? 可愛い!」
写真に顔を近づけて、
「お母様、今も綺麗ですけどすごい若い」
「ああ、それはわたしの双子の姉の咲月。サクの母親よ。もう、二十年以上前の写真よ。それと、弟の霧人と、尻尾が写ってるのは、猫のジン。仲良し家族よ」
「え、母親って?」
千弦が怪訝な表情をする。
「サクー、話してないの?」
「ごめん」
「サクを産んだのはこの咲月。でも不慮の事故でね。今のサクと同い年だったわ。で、わたしがサクの母親になったの。全然母親らしくないんだけどね、顔が同じだから問題ないでしょ。うふふ」
「そうだったんですか……弟さんは?」
「……霧人も咲月と一緒だったの。同時によ……はぁ、この二十三年間忘れた事はないわ。でも、サクがこんなに素敵な彼女を連れてきたのだもの、咲月も霧人も喜んでるわ、絶対に」
「ありがとうございます、お母様」
「お母様じゃなくて、結月でいいわよ、サクもそう呼んでるし」
喋りのテンポが合うらしく、結月さんと千弦はずっと話を続けていたが、結月さんのテンションは違和感を覚えるほど、いつにも増して高かった。
その晩、朔空君は自分の部屋で、千弦は咲月さんの部屋で休む事になった。
懐かしい霧人君の部屋でもあった朔空君の部屋。
石鹸くさいベッドで丸くなっている幻のぼくがいる。
あの窓から見えたぴかぴかの月、それから霧人君と過ごした屋根の上を思い出す。
初めて見た広い世界、塵一粒にも満たないぼくが、こうして生きられた事、そんな理屈など考えもせずにただただ感動していた。そして、霧人君の淡く秘めた恋……どうしてぼくは、今、百日草なのだろう。奇跡とは永遠に続く花の、ぼくの命だったのだろうか。もし、そうだったのなら、ぼくはこれから先、霧人君の居ない、ましてや朔空君の存在しなくなった未来に咲く必要なんてない。
「そうだよね、サツキ」
きっと、咲月さんはそんな事わかっているはずだと、ぼくは信じて眠る事にした。
けれど、朔空君はぼくを寝かせてくれなかった。嘗ての勉強机に置かれた鉢植えで種になっているぼくに向かって、
「ジン、どうしてユウキはドイツに行かなかったんだろう。ぼくの事はもう心配ないって言ったのに。ユウキももう心配しないって言ってたのに……今日だっていくらなんでもテンション上がりすぎだろ」
ぼくも感じていた昼間の結月さんの異常なテンション、もしそれが、朔空君の心配している事が原因なら、ぼくはその理由を知っている。
「ユウキに何かあったのだろうか」
朔空君の懸念に答えられない事にジレンマを感じつつ、お父さんと朔空君には知られたくないと言って、百日草の前で泣いていた結月さんが切なかった。
「サクラ。聖さんは随分前に結婚したんだ。ユウキはね、それから長い間、おそらく空元気で自分を鼓舞してるんだ。そして、サクラやお父さんが、自分達のせいでドイツ行きの足を引っ張ってしまったって思ってしまう事に、心を痛めてるんだよ。だから、知らん顔をしていてあげて」
ぼくは、そう伝えたかった。
「だからこそ、サクラの幸せそうな報告に、過剰な喜びで反応しちゃったんだよ」
ぼくは、そうも伝えたかった。
お父さんは何も言わないけれど、そんな事はきっとお見通しなのだろうと思った。
2
「朔空君のお母さん、結月さん、最高! 楽しかった」
「それは良かった、テンション高かったけどね」
「お祖父ちゃん、じゃない、お父さんも優しくて最高」
「それは良かった」
「でも、疲れた」
「それはお互い様だよ」
新幹線の中で、朔空君が大事そうに膝に抱えている、何も咲いていない鉢植えの入った袋を、千弦はじっと見つめる。
「結月さんに質問しちゃったよ。その鉢、荷物になるのにわざわざ持ち歩く朔空君て、変じゃないですか、って」
「変?」
「うん、変。そしたら結月さんに、『この花はいろんな意味での朔空のお守りだから、一緒に可愛がってあげて』って、言われた」
「ああ、可愛がってくれ」
「意味わかんない。朔空君て、うちのママ以上に乙女なのかもね」
「いいよ、それでも。この花はぼくの姉さんなんだよ」
「へええ」
千弦は、前のめりになっていたからだを、シートに埋めて、
「私、次の誕生日で二十三歳になっちゃうんだけどな」
と言った。
それから三ヶ月余り経って、千弦の誕生日に朔空君と千弦は入籍した。
「ギリ間に合った。朔空君のんびりしてるから、冷や冷やしちゃった」
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