Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

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第五章

  朔空の思考

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       3


 それからというもの、時々千弦の実家に呼ばれては、環の手料理をご馳走になったり、征吏の付き合いでアルコールに弱い朔空君も顔を赤く染める事もあり、それは霧人君が夕陽に染まった時と同じくらいの赤さだった。
 それにしても、毎度毎度朔空君の膝に我が物顔でまるまっているキイに、ぼくははっきりしたやきもちをじりじりと妬いた。花だからって悟ってなどいられない。
「ママ、キイの名前の由来、朔空君に教えてもいい?」
 わざわざ環に断りを入れる程の事か、と不思議に思っていると、
「ママの乙女なところ、朔空君にばらしちゃおうかな」
 と、母親の環をからかうように千弦は笑った。
「千弦、お調子に乗ってるんじゃないわよ」
 環は千弦を軽く睨むと、居間にいる朔空君と征吏の様子を伺いながら困ったような笑顔を作った。


 アパートのキッチンで、朔空君は夕飯の野菜を刻んでいた。
「また私の嫌いなオクラ?」
「ぼくは、学食のオクラのお浸しが好きだったの。千弦は食べなくていいよ」
 オクラの切り口の小さな五角形の中に五芒星を描く。その中心に五角形が現れ再び五芒星を描く。その中心に……延々と続く終わりのない宇宙に、朔空君の思考は入り込んでいく。「ウィトルウィウス的人体図」が浮かび上がって、首を振る。
「ママったらね、未だに忘れられない彼がいるんだって」
「え、何?」
「朔空君たら、またぼんやりしてたんだ。手を切るよ」
 千弦はテーブルに食器を並べながら、話を続ける。
「だから、キイの名前の由来」
「ああ、それで?」
「ママが好きだった人の名前なんだって。ね、乙女でしょ」
「いいじゃない。思い出を大切にしてるんだよ、千弦のお母さんは」
「いひひ、パパには内緒だけどね」
 朔空君が熱したフライパンに胡麻油と野菜を入れると、ジャッと音がする。
「なんでもね、その好きだった人はいつも幼い子と一緒でね、その子が彼の名前を上手く呼べなくて、『キイ』って言ってたんだって」
「へえ、じゃあその人は子供がいたんだね」
 朔空君は、今度はフライパンで肉を炒め始めた。
「違うの、お姉さんの子の面倒を見てたみたい」
「で、付き合ったんだ……明日は平日だからニンニク少なめにするよ」
 千弦は「うん」と頷いてから話を戻す。
「うーん、そこはわかんない。ただ、その人の呼び名をそのままキイにつけたんだって、生まれ変わったら会えますようにって」
「へえ、お母さん、可愛いじゃない」
「朔空君、受け入れた! ママの話、引くかと思ったよ」
「そんな事ないさ。ぼくだって奇跡信じてるから」
 ちらと窓際のぼくを見てから、朔空君はフライパンから大皿に、熱々の湯気が立ち上る今夜のおかずを移す。
「どんな奇跡?」
「そのうちにね」
「だめ! 夫婦に隠し事は」
「隠してはいないし、まだ夫婦じゃないよ」
「じゃあ、今すぐ結婚して」
「回鍋肉の完成! 冷めないうちに食べよう」
 朔空君は、鰹節をふりかけたオクラのお浸しの小皿もテーブルに載せた。



       4


「えええ、まだ私の事、親に話してないの?」
 千弦は目をまんまるにして、朔空君を非難した。
 こうなってくると、いよいよお父さんと結月さんにも、千弦を会わせないわけにはいかない。
「わかったよ」
 朔空君は窓際で弱った顔をして、ぼくに語る。
「ジン、ぼく不得意なんだよ、こういうの……でも、決めた事にはきちんと責任を持ちたい。家族になるのなら、誠実に駆け引きなくその人を愛し続けるつもりなんだ。ぼく、決心するよ」
 飄々として気の利いた言葉は言えないけれど、感情ではなく、愛そのものに誓いを立てようとしている朔空君は素敵だし、誠実な朔空君に愛される人は幸せに違いない。
「それが、サクラにとって千弦なんだね」
 ぼくは深い溜め息のようなものを吐いて、揺れた。朔空君にぼくの複雑な気持ちは伝わらないだろう。
「はあー、結月にからかわれるのが嫌なんだ」
 頭を掻きながら、本当に弱った顔をしている朔空君がなんだか可愛くて、ここまで来たらふたりをの幸せを願って静かに見守ろうと、ぼくも決心した。

「想い変わらぬ愛ならば
 奇跡を起こす百日草」

 咲月さんの歌が、脳裏を掠めた。


 
 年も暮れに近くなった頃、朔空君と千弦は新幹線に乗っていた。
「おかえり、サク」
 帰るなり、いきなり朔空君に抱きつく結月さんは、ぼくの想像通りのリアクションだった。
「何年振りだと思ってるの! お父さん待ってるわよ」
「ごめん」
 朔空君は、帰る早々いきなり無沙汰を謝って、
「お父さん、ごめなさい。数学者の道は厳しかった」
 と、博士課程の頓挫を謝った。
「あれは厳しいんだ。最後まで行く方が珍しい。よく頑張ったな」
 優しく目を細めるお父さんは白髪になっていたけれど、妙に似合っている。教師を退いたせいか、服装もラフでおしゃれになって、むしろ格好良くなっていた。
「ふふん、スタイリストはわたしよ」
 結月さんが胸を張った。

「初めまして。雨宮千弦と申します」
 千弦がお辞儀をするが早いか、
「わあ、可愛いお嬢さんね。サク、素敵な方を見つけたのね」
 いきなりの大絶賛に、朔空君は耳まで真っ赤になって、赤猫ジンどころではなかった。
「でも、どこかで会った事があるような気がする……これって縁のある時感じるらしいのよ。咲月と霧人とママとお庭のジンにも報告しなくちゃね」
 結月さんのがちゃがちゃ振りは、果てしなくパワーアップしていた。苦笑していたお父さんが、
「結月、落ち着きなさい。まずお茶を出したらどうだ? それと、ほっぺたの絵の具を落としてきなさい」
 朔空君はもとよりぼくも、あまつさえ千弦までもが結月さんには呆気に取られた。
 千弦の手土産のロールケーキと紅茶が居間のテーブルに並んだ。
「えっと、こちらが現在同居している雨宮千弦さん」
 朔空君が畏まって紹介を始めた。
「これはぼくの祖父。祖父だけどお父さんて呼んでいる。ぼくの育ての父。僕の数学好きはお父さんの影響だから」
「で、ぼくの母、結月。騒がしいけどすごく人情深い」
 千弦は礼儀正しく挨拶をして、はきはきと受け答えをする。
「千弦さんがしっかりしたお嬢さんで安心したわ。のんびりやのサクとちょうどいいのかも」
 結月さんがうれしそうに言う。
「……ぼくもそう思うよ」
 朔空君がぼそっと呟くと、千弦は元気良く、
「私が朔空君を引っ張っていきます!」
 と、高らかに宣言した。
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