この恋は決して叶わない

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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 大都市サウザガの宿屋の一室。
 同行者達にとリオンを紹介してみせる

「火炎の聖獣、リオンだ。旅に同行してぇらしい」
「よろしくネ!」
「……だ、そうだ。仲良くやれよ」

 そう言って俺が黙ると、勇者達は皆ポカンとした表情になる。
 その先の紹介を期待してなのだろう、トウゴにジッと見つめられるが。俺はシレッと気付かないフリをした。

「……え、それだけ?」

 トウゴがポツリと言った。

「だな」
「いやいやいやいや、まって、あの、他にさ、なんかこう、馴れ初め的な話しとか」
「特に何もねぇな」

 そう言って、俺はバッサリとアーチボルトの言葉を斬って捨てた。

 つまるところ、俺は策なんてものこの短時間では何も思い付かなくて。ここではシラをきり通す事に決めたのだ。下手な演技は怪しまれるだけだし、嘘がバレればもっと怪しまれる。

 結論、俺がどう説明しても同じ。
 ならばいっそと、何も説明しない事に決めたのだ。いっそ堂々としてりゃどうにかなる。俺の経験則に基づく決定だった。

「待て」

 その時だった。俺にとっての最大の難関であろうジョゼフが、目の前にドンと立ち塞がってきたのだ。

「聖獣は土地や城を守護する聖なる獣達の事だろう? その聖獣が人に仕えるなんて話は聞いた事がない。在り方が違い過ぎる」

 さすが、神殿の魔法使いなだけあって、希少種である聖獣の事も良く知っている。噛み付いてくるなら彼だろうとは思っていた。彼は何故だか特段、俺への印象がよろしくないようだから。

「一体何故だ? この僕が納得のいくように説明してみせろ」

 ジョゼフは怪訝な表情をしながら真っ直ぐに俺の目を見てくる。そういう真面目なところは、に似て感心するところでもあるんだろうけれども。
 今の俺には少し面倒くさい。

「罠に掛かってた。コイツが」
「……は?」
だ。逃げられなくなってたから、俺が逃がした」

 まぁ、これもあながち嘘ではない。リオンが捕まってたのも、怪我をしていたのも本当だ。相手が最上位の悪魔だった、という所を除いては。

「僕そんな弱くない!」

 途端に否定するような事を言ったリオンに俺は慌てる。少し納得しそうな雰囲気だったのに、こんな所で水を差されては堪らなかった。

 きっと突っかかってきたジョゼフだって、俺が嘘をついているという確証なんてないはずだから。ここはとにかく畳み掛ける場面だ。

「お前が捕まって逃げらんなかったのは本当だろうが」
「……」

 そう俺が言えば、素直なリオンは口を尖らせて黙り込んだ。今言ったことも、間違ってはいないのだ。

 きっとジョゼフも、聖獣が純粋な存在である事は知っているはず。だからこうして俺の言葉を否定できないリオンを見て、本当にあった話なんだと認識する。
 これを、俺は狙っていたのだ。全てが嘘ではないと。相手にそう思わせたい。

「罠にハマったコイツを逃して面倒を見てやった。それでなのか、俺に付いてくるって聞かなかったのを、お前が大人になってからなーと突き放したらまぁ、このザマだ。聖獣ってのはもう何考えてんだか分かんねぇよ」
「ギルバートひどい。キチク、ニンピニン!」
「……」
「……」

 ジョゼフはそれっきり、何も文句は言ってこなかった。きっと俺の策はかねがね成功したのだろうけれども。
 同時に俺は、無駄に育っってしまったリオンの語彙力に、少しばかり悲しくなった。

 一体どっからそういう言葉を学んできたんだろうか。聞きたいけれど聞きたくない。
 この時俺はまさに、親が子供に対して思いそうな、そういう心地だった。


 何はともあれ。これで何か言ってくるような人間はもうこの場にはいないようだった。そりゃあ、俺とリオンの関係も気になる事だろうけれども。

 人間ってのは程よい距離感を好む生き物だ。付き合いの短い人間の事をズケズケと聞いてくるような奴はあんまりいない。
 それに、リオンに慣れれば彼らだって、それを普通と思うようになるに違いないのだ。それまでの我慢、という訳である。

「これで分かったろ? 嘘ではねぇってよ。……なら、話は終わりだ。せっかく砂漠抜けてまで来たんだ、早いところ部屋で――」

 俺がこのまま解散させてしまおうと立ち上がった、その時だった。不意に服の袖を引っ張られた。そのまま床の方を見下ろせば、何故だかニコニコとしているリオンの顔が目に入った。

 無駄に綺麗なその笑みには、昔の幼かったリオンの面影がある。それに気付いてしまって何となく懐かしさに浸っていると。
 彼は突然、とんでもない事を言ってきた。

「ギルバート、部屋まで連れてって」

 ああ昔もこんな事あったなぁ、なんて思う暇もなく。俺はリオンに向かって冷静に言った。

「いや無理だろ」
「ええー」
「テメェの今の体格考えてみろ、ここでこのまま共倒れするに決まってんだろ」

 そう、今のリオンはどう見たって大人の男。しかも俺よりもガタイだっていい。今の自分の体格を認識していないのか何なのか。
 俺はそのまま、不服そうなリオンに向かって立ち上がるように促した。
 だが。リオンはそれでも諦めなかった。

「ほれ、行くぞ。立てリオン。部屋は同じ――」

 そう言って差し出した俺の手を掴む事もなく。リオンは突然、ポンッという音と共に、その姿かたちをすっかり変えてみせたのだ。

「‼︎」

 誰が見ても可愛らしいと評するだろう、5歳程の子供が目の前で座り込んでいた。くりくりの金の目、真っ白でぷくぷくの肌、そしてくるくるとクセのある銀の短い髪。
 まさに俺が出会った頃の姿のリオンが、目の前にいたのである。

「小さくなったぞ……」
「え……子供?」
「聖獣は、化ける姿も変えられるのか……」
「ほー……聖獣の本来の姿も見てみたいもんだな」

 この時の俺には、外野の声なんてまるで聞こえていなかった。可愛らしい子供の姿から目を離せなかった。

「ん、だっこ」

 自分の目の前で、甘えるように両手を広げて抱っこをせがんでいるのは、ガタイのいいオスだ。そう、自分に言い聞かせる。

 だが。頭では分かっていても、視覚から与えられる情報というのは非常に大きいものなのである。

「俺は部屋に戻る」
「……」
「ギルバート、これからは毎日一緒だよ?」

 まんまとリオンを抱き上げてしまった俺は、生暖かい視線を注がれながら彼らの部屋を後にしたのだった。

 そんな俺は知らない。
 抱きかかえられたリオンが俺の背後で、勝ち誇ったような笑みを見せながら、親指を下向きに立てて彼らを挑発していただなんて事。前を向いていた俺が知るよしもなかった。
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