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しおりを挟む戦況は、膠着状態にあった。バルベリトを何とか2人がかりで抑え込むも、ヤツを倒せるかと問われれば否と答えるしかない。
「遅い! 回り込むんだ!」
「トバイアス!」
「分かってるッ」
トバイアスもアーチボルトも確かに一流だ。しかし決定打に欠けた。かつて神速と呼ばれた剣の使い手ジョエル程速くもなく、魔法すら操った騎士ギルバートのような攻撃力もない。そして、勇者ディヴィッドのように、弱点を突ける使い手でもない。
幾ら僕自身が最強の魔法使いと呼ばれ彼らの力になろうとも、連携の取れていないままでは限度がある。
デイヴィッドの予想は奇しくも当たっていた。彼らがバルベリトに対抗できる力があるとは思えないと。彼らはまだ成長途中にある。まだ、剣を交じえるには早過ぎた。やはり、彼でなければならなかった。
またしても、彼に全てを背負わせるのかと思うと、僕は絶望にも似た感情を覚える。彼はかつて言った。夢の中で死ねれば良いじゃないかと。そんな言葉を今になって思い出す。彼をこの旅に引っ張り出してきたのは、他でもない僕自身なのだから。
「クリストフ、アイツら下がらせろ」
そんな事を考えて居たからか、僕は背後に来ていた死に損ないの気配に気付く事が出来なかった。バッと振り返れば、そこには奴が居た。思わず声を張り上げる。
「ッバカ! 何出てきてるんだッ、奴の狙いはーー」
「だからだ、俺しか殺れねぇだろ、アイツは」
あんな状態で動けるはずなどなかったはずなのに。いくら回復したからといって、魔力だって尽きかけていたはず。ハッとして其方を見やれば、そこには地面に倒れ臥すジョゼフとリオン、そしてそれを介抱しているエリアルが居た。何が起こったかは一目瞭然だった。
静かに言って聞かせるように言ったディヴィッドの様子に、僕は言い知れない焦燥を感じた。責めるように彼を見やるも、しかしそこには、怒るでも無い、憎むでも無い、恐ろしく静かな表情があったのだった。この感じには覚えがあった。
「死に損ないは引っ込んでいろと僕は言っーー」
「皆を頼む」
瞬間、目の前から姿を消すディヴィッドに、僕は呆然とする。
かつて同じことを言った男が居た。魔王と、最後に残ったバルベリトを追い詰める中。瀕死の仲間たちを見ながら、静かに男は、ギルバートは、そう、同じ事を言ったのだ。一人で自らの命を賭し、バルベリトの動きを封じた。
「ッ何を……、っやめろ、何をする気だ! そんな事を僕が、ッこの僕が」
頭が真っ白になる中で、無駄だとは思いつつも未練たらしく叫び続ける。そんな中で僕が見たのは、2人の騎士の間に突然乱入する奴の姿だった。咄嗟に、僕は引き戻すつもりで呪文の詠唱を始めた。しかし、最後まで言わせては貰えなかった。
ディヴィッドは騎士の二人を投げてよこしたのだ。目の前に降ってくる人間に、僕は魔法を中断せざるを得ない。折り重なって地面に転がりながら、どうにか足掻く。
「ッバカ、この大馬鹿野郎ッ!こんな僕を遺して、お前はーーッ!」
呻いている二人を何とか押し退け、這いつくばったままディヴィッドの姿を追った。
遠くの方に勇者の魔力を纏った彼の姿が見えた。退魔の剣は、左手ではなく利き手である右手に握られている。右手は動かないのだと言っていたはずなのに。僕はその答えに気付くと、頭の中が真っ白になるような気分になった。
多分彼は人間である事を自ら捨てたのだ。バルベリトを倒すため、呪に抗う事を辞めた。きっと、最後の可能性に賭けたのだろう。
「お前もこの僕を置いて行ってしまうのかーー」
目の前で繰り広げられる人間にあるまじき戦いを目にしながら、僕はそれこそ呆然と見つめる事しかできなかった。誰も介入する事は出来ない。そう思わせるような戦いぶりだった。
◇ ◇ ◇
決着は直ぐにはつかなかった。けれど勝機は確かにここにあった。
しかし、悠長に構えても居られないのはディヴも同じこと。魔力の減りは尋常では無い程速い。これでも駄目かと、絶望すら滲ませる焦りに僕は苛まれる。どこか、介入する隙さえあれば一撃を見舞ってやる。そんな心待ちで、僕は魔法をストックしていった。
そんな時の事だ。彼らの背後、瓦礫と化した建物の奥から、呟くような小さな声がした。
「おやじーー?」
そこには、見知った顔が立っていた。ディヴが探し回って保護した、英雄達の忘れ形見。それを認識した途端、僕の奥底から恐怖が湧き上がる。バルベリトもディヴィッドも、戦いの最中にありながら、その声を聞き逃してはいなかった。一瞬、二人の動きが止まった。
「ッーー!」
「来てはダメだ!逃げるんだッーー!」
突如姿を消したバルベリトとディヴィッドに、僕は腹の底から叫んだ。咄嗟に、アルフレッドの前に結界を張るも間に合ったかどうか。僕は心臓が止まりそうになりながら、僕はそれを見守る事しかできなかった。
◇ ◇ ◇
何も考えている暇はなかった。
神速直伝たる移動法で、俺は駆けた。アルフレッドを後ろ手に庇いながら、襲い来るだろうバルベリト目掛けてその剣を突き出す。
もう勇者のそれを使うだけの余力はなかった。魔力も身体も限界なんてとうに超えていたし、霞む目だって殆ど見えてもいなかった。
だから、気配と魔力だけを頼りに、俺は立ち塞がったのだった。既に朦朧とする意識の中、襲い来るであろう痛みに身体を強張らせた。背後から聞こえてくる息を呑む声に微かな痛みを感じながら、俺は衝撃に備えた。
だが、待てども待てども予想した痛みは訪れない。霞む眼で状況を捉えようとするも、影に遮られ焦点が合わない。何が起こったのかが全く分からなかった。
それからすぐに気付いた。
俺は口付けをされていた。他の誰でもない、あのバルベリトからだ。敵であるはずの、魔王側の生き残り。
そんな悪魔からの口付けを通して、自分の中にバルベリトの魔力が流れ込んでくるのがわかった。何が起こっているのか、理解ができなかった。
その唇がそっと離れていく。穏やかな
「あの時、君の、仲間の騎士達を殺す気は、僕にはなかったんだよ。君に近付きたかっただけなんだ。だけれども僕は悪魔、君らの殺すべき敵。僕はどうすれば良いかわからなくて、彼らが憎らしくて妬ましくて、だから、抑えがきかなかった……、強い強いきみと、一緒に、居られるなんて……何で、僕は人間でないんだろう、悪魔を統率すべき、悪魔なんだろうって。そう、したら君の仲間が、憎らしくて、仕方なかった。殺してしまって、益々、僕は君から、憎まれて……昔のように、仲間も……いない。僕は、孤独になった。だったらいっそ、僕は君の手にかかっ……死にた……そう、何度願った……いま、それが、叶っーー」
俺にしがみつき、そんな事を言ってから。呆然としている俺にのし掛かったまま、崩れ落ちるように倒れた。
ソレを支えるだけの力など今の俺には残ってはおらず、俺はベリトを乗せたままその場で尻餅をついた。震える手から零れ落ちた剣が、カシャン微かに音を立てる。俺の剣は、確実にバルベリトの心臓を貫いていたようだった。むしろ、バルベリトが自ら受け入れたとしか思えない。致命傷だった。
そして、奴の背後には、現役の勇者トウゴが息を切らして立っているのが見えた。奴の背は、袈裟懸けに切られていた。俺の指示通りに、彼は動いてくれたのだ。隙を狙い、奴にトドメを刺せと。彼の勇者の魔力が、最期に残ったベリトの魔力を根こそぎ奪った。
俺に抱き着くかのようにして倒れているバルベリトは、静かに、徐々に身体を塵へと変えていった。サラサラと風に流れていくのを、俺は呆然と眺めた。そうして、完全に奴の姿が塵に変わったところで、俺は漸く自覚する。
終わったのだ。
勇者と言われた俺達の戦いが、20年にも渡る長い長い戦いが、漸く幕を閉じたのだ。
それを自覚し、俺は一気に力が抜けるのを感じた。終わった。解放された。そして、感じるのは一抹の遣る瀬無さと、少しばかりの哀愁だった。俺は自分の身体すら支えられなくなり、その場で背後にドサリと倒れた。
周囲の悲鳴を聴きながら、俺はふと意識を手放す。意識を失う間際、俺は思った。こうなるのは必然だったのだ。奴は拷問と虐殺を司る悪魔で、どうしたって人間とは相容れない。だから、悪魔の本心を聞いたところで後悔するだけ。
だからこれは、俺の負けだ。奴はまんまと勝ち逃げして見せた。俺に一生忘れられない記憶を植え付けて、消えて逝った。
それが少しだけ可笑しくて、次の生はまともであれ、と俺は最後の最後で願うのだった。次の生なんてあるかは知らないけども。
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