この恋は決して叶わない

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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「ーーーーぃ、おいッ!目を開けろ!デイヴィッド!」

 じんわりと暖かい感覚が身体中に行き渡るのを感じながら、俺は意識が浮上するのを感じた。痛みはまだまだ抜けないが、少しずつ和らいでいく。ジョゼフのそれとはまるで違う、超回復を促す高位の治癒魔法だろう。こんなものを軽々と使える人間なんて、俺の知る限りは1人しかいない。

 身体中がズキズキと痛むなと、そんな呑気な事を思いながら、俺はそっと目を開ける。

「ぅぐ……、ぁ……」
「ディヴ!」
「オッサンーー!」
「ディヴィッド! ディヴィッド!」

 泣き顔がひとつ、ふたつ、みっつ。そして、それだけではない。普段は冷静なクリストファーの焦りを滲ませた表情も見られた。

「叫ばなくても、聞こえてるーーうるせぇ」

 そんな声を絞り出しながら苦笑すれば。思いもよらぬ反応が返ってきた。

「このッ、大バカ者がーー! 言った、だろうがッ。もう、僕とアンタしか居ないってーー! 許さないってーー!」

 絞り出すような声音に、茶化す事なんてできなかった。どうしたら良いか、流石の俺も分からなくって。ほぼ無意識にクリストフの頭を撫でてやった。まるで、自分の子ども達にやっているように。そして唐突に唐突に思い出す。子ども達、2人は、無事に見つかっただろうか。

「おい」
「なに⁉︎」

 ふと、俺の顔面を押さえつけた手を退かしながら声を掛ければ、アルフレッドの泣き腫らしたような返事が聞こえた。

「マルクス、とシャロンはーー?」
「無事だ。村の空き家で見つかった」
「そうか」

 震えてはいるが、しっかりとした声音で答えたレオナルドの声にホッとしながら、かの悪魔を思い遣る。本当に、自分の事しか考えていない悪魔だった。勝手に現れて勝手に挑発して、散々引っ掻き回した挙句に突然、「飽きた」と言って消える。奴はそういう悪魔だった。

 今度は、未だ胸に突っ伏しているクリストフに目をやる。思っていたよりも長い。きっとクリストフのことだ、感情的になって行動してしまったものの、状況を自覚してどうして良いか分からなくなったに違いない。長年の経験から、こいつの行動パターンさえ熟知してしまっている。俺は少しだけ可笑しかった。

 全てが終わった。
 昔は、さぞ晴れ晴れするだろうと想像していたが、終わってみればそこには喪失感しかない。魔王の手にかかり、バルベリトの手にかかり、そして俺自身の手によって死んでいった仲間達。

 失ったのはそれだけではない。俺も多分、もう人間ではないのだろう。あの呪を、自分から受け入れてしまった。最初から分かってはいたが、あの強力な呪に抗おうなんて端から無理だったのだ。なんの手立てもないまま身体の自由を奪われていった。いずれ支配されるならば、その力を利用してしまおうと思い受け入れたのだが。思っていたよりなんの変化も感じられない。痛みはまるで嘘のように消え、精神も驚くほど安定している。悪魔のような思考は毛ほども感じられない。いつか暴走するかも知れないけれど。




 それからの話。
 俺は、妙にカリカリしたクリストフに治癒魔法をじっくりとかけてもらい、破壊された村を見て回った。途中、捕らえられ連れてこられたシャロンとマルコスに再会する事も出来た。

「お父さんっーー!」
「シャロン、マルコス……良かったよ、お前ら無事で」

 駆け寄ってくる2人に思わず顔が緩む。マルコスを抱き上げると、涙目になりつつもしがみついてきた。その背をトントンとあやしてやれば、頭を擦り付けてきた。これだけで、救われた気分になる。どこも怪我は無さそうでホッとする。

「お父さんも、無事でよかった。……アルフレッドとレオナルドも、無事なんだよね?」
「心配すんな、2人とも騎士と一緒だ」
「よかった……私、私……、また、誰か居なくなっちゃうんじゃないかって、怖くて、こわ、くてーーッ!」

 思わず、言葉を詰まらせたシャロンを抱き寄せる。本当に、2人ともーー4人とも大きくなった。

「悪ぃな、お前達にも怖い思いさせちまって……」

 ようやく、本当に肩の荷が降りたような気分になって、ふと空を見上げた。いつの間にか、日は傾きかけていた。



 それからの話。
 村の復興はあっという間に完了した。神殿の魔法使いが2人もいたのだ。結界も建物も、元通りにするのはワケないという。

 レオナルド、アルフレッド、シャロンとマルコスはこの村で預かってもらうことになった。4人とも働き者で、シャロンに至っては神殿で治癒魔法を覚えたようで、村でも非常に重宝されている。

 レオナルドやアルフレッドは、それこそ彼らの本当の父の如く強くなった。大人の助けも必要ないだろう。村の警備も願い出ていた。マルコスは幼いが、他の3人が面倒を見てくれる。心配もない。
 村長の結界も元通り、寧ろクリストフによって強化された。恐らく、神殿に次いで安全な場所だろう。そこいらの魔獣は相手にもならないはず。脅威は去った。俺達のような力も不要となる筈だ。

 騎士トバイアスとアーチボルト、神官ジョシュア達は元の場所に帰り、更なる鍛錬に励んでいるという。また、トウゴは、元の世界に帰れずに、今は神殿でジョシュアと共に魔法使いとしての道を歩む事にしたらしい。騎士よりはよっぽど似合っている。

 そして、当の俺はといえば、今のところ神殿に滞在している。自分でも今の俺の存在がどう言ったものなのか把握できていない。だから、唯一俺を止められるだろうクリストファーの住まう神殿に身を寄せている。

 たまに、よそよそしくて気持ち悪い様子のトバイアスや、顔を真っ赤にしてあの日魔力を奪った事に文句をつけにくるジョゼフ、元気よく挨拶をしながらトウゴがやってくる事がある。代わる代わるやって来る連中に対応していると、あっという間に月日は流れて行った。

 毎日、俺の様子を見張っていたクリストフは言った。あの呪は確かに、俺を魔のモノに変えるような代物だったらしいと。しかし、俺は力に呑まれる事はなかった。

 悪魔寄りにはなったが、人の部分は殆どが残っているらしい。これ以上、悪魔に寄ることはないだろうというのが、ここ一ヶ月で出したクリストフの結論だった。しかし、何故その程度で済んだのかについては、クリストファーも頭を捻っていた。

 心当たりはある。あの時、バルベリトにトドメを刺した時。死ぬ間際、奴に口付けをされた。あの時、魔力が流れ込んできたのを感じたのだ。咄嗟のことで、何故あんな事をされたのか、理由が分からなかったが。今思うと恐らく奴は、呪による俺の魔王化を止める為、解呪のようなものを施したのではないだろうか。何の為かは分からないが。それしか思い当たらない。本当に奴は何を考えていたのだろうか。今では推測するしかない。

「まぁ、悪魔にならなくて良かったじゃないか。ーーそれより、アンタはこれからどうするんだい?」

神殿の一室、2人で俺の身体について話していた時、クリストファーは呟くように問うてきた。

「これからねぇ……俺の身体の事もある、下手に人間の街に住んで、前みたいな事があれば死んでも死に切れねぇ。取り敢えず、ひとところに留まらないようにする」
「なら、僕も行くとしようかな。君の暴走を止める役が必要だろう」
「あ?何言ってんだテメェ。神殿はどうすんだよ」
「一番の脅威はバルベリトだったんだ。アレが居なければ、僕でなくても神官長は務まる。そもそも、僕の力は一国に置いておくには大き過ぎるんだ。今後諍いの元になり得る。付き合ってあげるさ」
「旅のパーティ再結成か。リオンも付いてきそうだな」
「だろうね。君ら、主従契約したんだろう?なら、離れる理由もない」
「まぁな……リオンも自由に生きりゃあいいんだと思うんだがね。ーー置いて出て行ってみるか」
「彼は聖獣だよ、僕らの異様な魔力を嗅ぎつけるなんてワケないさ。きっと、泣きながら追いかけて来るよ……連れてってあげなよ。そんなに僕と2人きりがいいの?」
「それもいいな」
「…………頭でも打った?」

 そうして俺達は再度、旅をする事になった。さよならは言わない。合えば旅立つのが辛くなる。また、会う事もあるだろう。寂しくとも、何年かに一度戻ればいい。

 とある日の早朝、空が白み始めた時分、俺とクリストファーは手早く纏めた荷物を片手に、神殿のそばにあるあの丘に来ていた。以前、俺が旅立つ際にクリストファーに呼び止められたあの丘だ。今度は彼も一緒に行くのだから、奇妙な感じがする。

「お前こそ、誰に何も言わずに出て行くのかよ」
「ジョゼフには言ったさ。彼は神官長としてやって行ける」
「まるっと押し付けんのか」
「……彼なら乗り越えられる」
「お前も大概だな」
「リオンだけならずトバイアスもトウゴも引っ掛けた上、何も言わず置いて行く君に言われたくない」

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。すぐに言葉の裏を理解してクリストフを睨み上げるも、シレッと明後日の方を向かれた。

 好かれているのはありがたいのだが、可愛いらしい、と言えるのはトウゴやリオンまでだ。まあでも、そのリオンだって体格は既に越されている上、この前の戦いのやらかしの事もあって最近はますます強く出れないでいる。そろそろ本当に手篭めにされそうで怖い。

 トバイアスなんかはリオンよりももっとデカいのに、そのうち実力も追い越されそうで色々と怖い。何か怖い。そんな事を考えていた俺に、クリストフは気を取り直すように言った。

「……さて、バレる前に消えようか。どこが良い?」
「あー……サウザガ。あそこの酒が美味かった」
「そんな理由か……まぁいい。あそこは貿易の街だ、ギルドの依頼も多い。何でも屋でもして逃走資金でも稼ごうか」

 そんな事を言って、俺達は暫くの二人だけの冒険に出かけたのだった。以前とは違って、本当に何の目的もない、普通の冒険者として。何かに縛られる事なく、当てのない自由を放浪するのだった。
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