奇跡と言う名のフォトグラファー

青木 森

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続章_10

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 ホームルームの後で何が起こったか知らないトキであったが、教師としての経験から、何事か起こったことを瞬時に察し、困った様な笑みを口元に浮かべると、
「方言はモテ女の武器かぁ~、確かにそうかもなぁ。だが東海林ぃ~、主張は良いが今はアタシの授業中だぁ、とりあえず座っとけぇ~」
「はぁ~い!」
 クラスの異変など、どこ吹く風。
 全く気にする素振りを見せないヒカリが笑顔のまま着席すると、トキはチョークを手に、黒板に何やら大きく書き始めた。
『方言』
 トキは「方言」と書いた黒板をコンコン叩くと、
「いいかぁ~オマエ等ぁ。方言、方言と、地方出身の言葉遣いを言うけど、東京生まれのアタシ達が使っているのも、東京弁って言う、歴とした方言なんだぞ」
 にわかに信じ難い話であるのか、「ほんとうかよ」と、ざわつく生徒達。
 トキは「方言」と書いた横に、『標準語』と大きく書くと、
「いいか、そもそもこの国には国が定めた明確な「標準語」と呼ぶべき物は無いんだ。あるのは、東京で話されている言葉も方言とした上で、山の手の辺リで話されていた言葉を元にした『共通語』だけだ」
 生徒達の驚いた反応に、トキは満足気にニカッと笑い、
「昔、明治政府が標準語を作ろうとしたそうなんだが、コイツは軍隊において指示ミスが起きない様にする為だ。お前達は何かってぇと、スグに「話が古い」とか「個性がない」とか言うが、この話を聞いてどう思ったぁ? 世界では「方言」がその地域の文化と歴史であるとされ、今は見直されて来ている」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
 心に何か感じる物があったのか、黙ってトキの話を聞く生徒達。
 サクラは今にも泣き出しそうだった顔で、トキの話に聞き入り、ヒカリはどこまで話を理解しているのか、満足気にウンウン頷き、 外を眺めたままのハヤテの口元は微かに微笑んでいた。
 トキはニヤリと笑って話を続け、
「アタシの話を聞いても、まだ方言が「古い」とか「ダサイ」とか思ってるヤツがいるとしたら、ソイツの頭は明治時代に逆戻りした、他の文化を認める事も出来ない、個性のカケラも無い、ケツの穴の小さいヤローってことだぁ!」
 救われた様な、晴れやかな表情でトキを見つめるサクラ、で、あったが、下校時間に帰路を歩くサクラの表情は再び暗かった。
「はぁ~~~」
 大きく長いため息を一つ吐くと、
「ダメだよサクラちゃん、ため息は一つ吐くたびに、幸せが一つ逃げて行くんだよぉ!」
 前行くヒカリが笑顔で振り返った。
「馴れ馴れしく「サクラ」と呼ばないで下さい!」
「うん、分かったよ、サクラちゃん」
「分かってないじゃないですかぁ……それより彼氏さんと一緒に帰らなくて良いんですかぁ」
(私、イヤな言い方してる……)
 自分の物言いに不快感を抱きつつ、
「屋上の話なら誰にも言いませんよ! 言ったところで、私が変人扱いされるだけですし」
(違う……こんな言い方をしたいんじゃない……なのにどうして……)
 救ってくれたヒカリに対して批判的な態度を取る自分を、自身で責めていると、
「その事は心配してないよ」
 全く憂いを感じさせない笑顔のヒカリ。
 その明るさに対する嫉妬も手伝ってか、
「どうしてそんな事が言えるんですか! 話しにありもしない尾ひれを付けて、言いふらすかも知れませんよ!」
 悲痛な表情で思わず叫ぶと、ヒカリが笑顔の中に薄っすら不安を滲ませ、
「正直に言うと……ボクは心配。でもハーくんが「あの子は俺と同じだから大丈夫だ」って」
 ギョッとするサクラ。
 ヒカリの一言は、暗にサクラが特殊な能力を有している事を知っていると、当回しに言っているに他ならなかった。
 身構えるサクラは警戒心を露わ、
「どうして知ってるとは言いません。でも、「バラされたくなかったら黙っていろ」そう言う事なんですね。それを言う為に、一緒に下校を」
(違う違う分かってる! この人達は、そんな事を思っていない! 声の色を見れば分かる! 優しくしてもらいたいクセに、いざ優しくされると甘えて突き放す! 私は最低だ!)
 顔ではヒカリに対して強い拒絶の表情を浮かべつつ、心では歪んだ感情を抱く自身を激しく嫌悪していると、
「え?」
 サクラは、いきなり強く抱き締められた。
「ちょ!」
 慌ててヒカリを突き離そうとするサクラ。
 しかしヒカリはギュッとサクラを抱き締め離さず、あがくサクラの耳元に優しい声で、
「自分自身を否定しないでサクラちゃん。そのチカラは、サクラちゃんの優しさを知ってる神様が、サクラちゃんだから与えてくれた、サクラちゃんだけの個性なんだよ」
 温かな言葉の光がサクラを包む。
(なんて……なんて優しい色を持った人なの……)
 他人を選別する自分、他人を見下す自分、他人を遠ざける自分、全て能力のせいにして逃げていた自分を許された気持ちになったサクラの頬を、一筋の涙がつたい落ち、
(ヒカリちゃん!)
 想いを受け取った途端、モノクロであったサクラの世界が一気に弾け飛び、サクラの目に一つ一つが同じ色ではない、美しい桜並木が飛び込んで来た。
 吹き抜ける一陣の風に、青い空へと舞い上がる、ピンクの花びら達。
「きれい……」
 見上げるサクラ。
(忘れてた……世界が、こんなにも美しく彩られていた事を……)
 サクラの眼は、話す人間の言葉の感情を色で見せる。
 故に幼少期、怨み、つらみ、妬み、嫉妬、悪質な嘘、濁った大人の負の色をありありと見せつけられ続けたサクラは自身の心を守る為、次第に人を見ないようになり、色も単なる情報と思う様になっていき、それがサクラの目から世界の色を奪う要因となっていた。
 しかしヒカリの、サクラを気遣う優しい一言が、サクラの心を開放したのである。
「本当だねぇ」
 サクラと抱き合ったまま、事も無さげに舞い上がるサクラ吹雪を見上げるヒカリ。
 少女二人は旧知の間柄の様に、風にたなびく桜並木を共に見つめた。
 
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