閻魔の庁

夢酔藤山

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桓武帖

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               五



 延暦二五年三月一七日、怨霊の障りによる病苦の果てに悶絶しながら、第五〇代天皇桓武帝は崩御した。享年六九歳。その死を看取ったのは皇太子・安殿親王と、神王(桓武天皇の祖父・光仁天皇の弟宮榎井親王の孫)のふたりであった。
 誰の目にも映らぬ早良親王の怨霊が、遂に平安遷都の功労者たる一天万丈の帝を呪い殺してしまったのである。殿上人はおろかその家人に至るまで、そのことは貴賤を問わず、誰もがあたりまえのように囁いた。
 このとき、宮中で不思議があった。
 皇太子である安殿親王は、桓武の死と同時に
「発狂の如く猛り狂い、挙句に失神」
したのだ。このことは多くの史書にも記され、生来の病弱を指摘されて〈風病〉と締め括られている。
 しかし、このとき安殿親王は見てしまった。
 父帝から、恐怖の遺産を相続したのだ。今まで見ることのなかった早良親王の怨霊が、帝位を約束された安殿親王の瞳にも映るようになったのである。
 祟るべき相手を失った早良親王が、次の矛先に定めた相手は、安殿親王だった。このとき桓武を看取った奇縁か、神王の瞳にも、はっきりと早良親王の姿が認められた。恐怖で悲鳴をあげ、正気が保てなくなった。そのためか否か、四月二四日、神王も奇怪なる様相で急死してしまう。
 残された安殿親王の恐怖は、募る一方であった。

 桓武天皇の御魂は、閻魔庁にいた。
 あの夢枕の童が
(目の前の大男、小野篁)
であることに、今更ながら桓武天皇は気づき愕然としていた。
「もはや手遅れぞ」
 閻魔大王の言葉に、力なく項垂れた桓武天皇は、すべての罪を認めて受け入れようとしていた。

 桓武天皇は、地獄へ堕ちていった……。


  次回、平城帖
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