閻魔の庁

夢酔藤山

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良相帖

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               二



 嵯峨上皇崩御の翌日、意外な人物が檀林皇后と接触をした。平城上皇の第一皇子・阿保親王である。彼は薬子の乱の余波により長く太宰府へ左遷させられた過去があり、もはや政権には未練も固執もなかった。
 が。
 この凡庸な男は、なんとも恐ろしい密書を携えてきたのである。
「帝を廃し奉り、恒貞東宮即位の儀を急ぎ奉り度、云々」
 仁明天皇を帝位から引摺り降ろそうという陰謀がそこに記されていた。
 しかも阿保親王には、東国で乱を起し国内を混沌せしむるようにと、誘われたのだという。その首謀者は東宮坊帯刀・伴健岑と但馬権守・橘逸勢である。
 驚いたのは檀林皇后だ。
 寝耳に水の出来事に、これは陰謀であると、一瞬、取り乱しもしたが
「このことは早急に手を打つ必要がある」
と、ただちに中納言・藤原良房を召し出した。
 檀林皇后より事の処置を一任された良房の手は早かった。翌日、仁明天皇へ伝奏されたことにより、伴健岑・橘逸勢の両名は逮捕された。厳しい取調べにも関わらず両者は
「左様な謀は知らぬ」
の一点張りであった。証拠もない。
 しかし六日後の七月二二日、仁明天皇の詔を以て東宮恒貞親王の居る冷然院へ近衛兵四〇名が踏み込み、その身柄を軟禁してしまう。このとき冷然院にいたのは、淳和派の大納言藤原愛発・中納言藤原吉野・参議春宮大夫文室秋津であった。
「さては密議の最中か」
として、この三人もともに軟禁されたのである。
 この日、仁明親王は沙汰を断じた。伴健岑・橘逸勢を首謀者と断定し流罪、恒貞親王は廃太子とされた。更に藤原愛発は京外追放、藤原吉野は太宰員外帥に左遷、文室秋津も出雲員外守に左遷された。その他これに連座した者は六〇余名に及んだという。
 この事件を〈承和の変〉という。

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