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因果帖
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一
閻魔大王が小野篁の現世寿命を
「あと一ヵ月」
と宣告したのは、仁寿二年(852)十一月二〇日のことである。
この日、閻魔庁へ出頭の道すがら、小野篁は面白そうな話を耳にしてきた。
「菅刑部卿の御三男は、えらい利発やそうな」
刑部卿菅原是善の三男は当年七歳の阿呼という童である。七歳の幼少にありながら人の噂になるからには、余程の神童なのだろう。些か関心が芽生えた小野篁は、再度、幽体となってその子を見物に出掛けることとした。
「野次馬も過ぎれば見過ごせぬ」
と渋る閻魔大王を宥めすかしての見物である。
菅原氏の屋敷にすーっと入り込んだ小野篁の人魂は、ぐるぐると飛び回り、すぐに件の童をみつけた。なるほど、その寝顔には邪心も慢心も微塵もない。これは確かに末楽しみな童であった。
(心に触れてみたいな)
そっと、小野篁は童の額に手を触れた。
そうすることで霊体は人の心と意識を交わせるのである。
(……これは)
小野篁は童の心が果てしなく豊かで、才知の戸棚のみならず人格の汚れを受け入れぬ堅固な意思を備えていることを知った。このような清廉な神童が、汚れ多き現世に生まれ出たことが不憫でならなかったが、裏を返せば、この者の立身は世直しにもなるのではと一縷の望みを抱かせた。
だから、そっと心の戸棚に〈慈悲と無欲の種〉を、小野篁は植え付けてきた。
やがてこの者が強欲なる藤原門閥を崩壊せしめ、人の世を清き流れに導くこともあるだろう。そのときに効力を発揮するよう、小野篁は心底願った。
菅原阿呼という童は、その期待に応える運命にあった。
将来、この少年は、たしかに清らかな世にしようと大いに励んだ。そして朝廷公卿のトップにまで昇進していった。しかし、藤原一族により、最終的には抹殺されてしまうのである。御霊会により怨霊鎮護を叫ぶ小野篁は、よもやこの童が史上最兇の悪霊になるだろうとは、夢にも思わなかっただろう。
阿呼、のちの菅原道真である。
閻魔大王が小野篁の現世寿命を
「あと一ヵ月」
と宣告したのは、仁寿二年(852)十一月二〇日のことである。
この日、閻魔庁へ出頭の道すがら、小野篁は面白そうな話を耳にしてきた。
「菅刑部卿の御三男は、えらい利発やそうな」
刑部卿菅原是善の三男は当年七歳の阿呼という童である。七歳の幼少にありながら人の噂になるからには、余程の神童なのだろう。些か関心が芽生えた小野篁は、再度、幽体となってその子を見物に出掛けることとした。
「野次馬も過ぎれば見過ごせぬ」
と渋る閻魔大王を宥めすかしての見物である。
菅原氏の屋敷にすーっと入り込んだ小野篁の人魂は、ぐるぐると飛び回り、すぐに件の童をみつけた。なるほど、その寝顔には邪心も慢心も微塵もない。これは確かに末楽しみな童であった。
(心に触れてみたいな)
そっと、小野篁は童の額に手を触れた。
そうすることで霊体は人の心と意識を交わせるのである。
(……これは)
小野篁は童の心が果てしなく豊かで、才知の戸棚のみならず人格の汚れを受け入れぬ堅固な意思を備えていることを知った。このような清廉な神童が、汚れ多き現世に生まれ出たことが不憫でならなかったが、裏を返せば、この者の立身は世直しにもなるのではと一縷の望みを抱かせた。
だから、そっと心の戸棚に〈慈悲と無欲の種〉を、小野篁は植え付けてきた。
やがてこの者が強欲なる藤原門閥を崩壊せしめ、人の世を清き流れに導くこともあるだろう。そのときに効力を発揮するよう、小野篁は心底願った。
菅原阿呼という童は、その期待に応える運命にあった。
将来、この少年は、たしかに清らかな世にしようと大いに励んだ。そして朝廷公卿のトップにまで昇進していった。しかし、藤原一族により、最終的には抹殺されてしまうのである。御霊会により怨霊鎮護を叫ぶ小野篁は、よもやこの童が史上最兇の悪霊になるだろうとは、夢にも思わなかっただろう。
阿呼、のちの菅原道真である。
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