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第一章 これは魔法ですか? いいえ、高度に発達した科学です。
no.008 龍の巣には天空の城はなく、普通に龍がいた 前編
しおりを挟むコウタの起動から早くも一ヶ月が経った、つかの間の休日の昼のこと。件のオートノイドはメニカ宅のラボで不機嫌そうに項垂れていた。
「非人道的な訓練と実験。その繰り返し。僕ってもしかして人権ない?」
食後の紅茶を飲み干し、コウタはそうボヤく。
面倒だと予想していた戸籍関連の事務手続きやらは意外にも、メニカの所有物と申請しただけめすんなり初日に終わり、それからずっと訓練アンド訓練ウィズ実験オブ実験。
もちろん訓練の相手はハークで、いつもボコボコに転がされている。そして実験の首謀者はメニカで、いつも好き放題弄り回されている。
「私たちの隊はあくまで試験的なものだからね。余程じゃないと任務を回してもらえないのさ。まぁ暇なほど平和ってことだよ。言っちゃあなんだけどコータくんは法律上、物だよ。はい次右手ね」
「それはそれとしても、だよ。もはや僕の扱いが人のそれじゃないことは慣れたけど、ずっとそれだけじゃないか。それに他の人達は休暇や本業らしいけど、普通の人間の隊すら見かけないのはどういうことさ」
GⅢの構成員は現時点で11人。全員出払っており、コウタはまだハークとメニカ以外にはひとりとして出会ったことがない。本当に残り7人もいるのかと疑うほどだ。
「まぁ物理的に離れてるからね。それにコータ君を変態共の毒牙に晒したくないから都合いいし。はい次お腹」
「現在進行形で変態に晒されてるし触られてるんですけど」
「私はいいの。私のコータくんだからね」
「嬉しいような、実はあんまり嬉しくないような」
「またまた、照れちゃって。次お尻」
「女の子にお尻を向けても照れないくらいには耐性が着いてるよもう」
臀部に得体の知れない器具を付けたり外されたりされながら他愛もない話をするくらいには、コウタはメニカからの機械的扱いに慣れてしまっていた。
そんな折、一通のメールが届いた。
『メニカちゃん、メールが来てます』
「はーい。内容は?」
『任務だそうです』
噂をすればなんとやら。サイボーグが駆り出される余程の任務とやらが回されてきた。ちなみにアミスは入隊初日のうちにシステムの管理を任され、電子工作員の役職を与えられている。平隊員のコウタとは大違いである。
「もう。コータくんが暇だとか言うから」
「え、ごめ……言ってないよ!?」
「詳細は?」
『非領域区、ポイント18にあるミスリル鉱山の調査だそうです。なんでも付近のオートロイドやドローンとの通信が全て途絶えて、調査に送ったのも含めて消息不明になったようです』
非領域区とは、どこの国にも統治されず人間が住んでいない区域を指す。南極も国際法上はそれにあたる。
今回のミスリル鉱山は魔素濃度が著しく高すぎるが故にヒトはおろか他生物が消え、非領域区域認定されている。
しかし、ミスリルは貴重な宇宙資源であり、みすみす逃す手はない。そしてその採取及び研究、流通の大半をオートロイド技術が最も進んでいるメカーナが請け負っているのである。
「非領域区は大概生身の人間では調査が難しい。だから私たちに白羽の矢が立ったと。タイミングが良いのか悪いのか……」
ちらと、メニカはコウタに目をやる。彼の力を実戦で試すには良い機会かもしれない。わざわざ持ちかけてくるということは、つまりそういう事だ。かなりの危険が予見される。
しかし久方振りの任務、そして前々から欲しかったミスリルだ。断る理由も断れる理由もなく、メニカのかたちだけの逡巡は一瞬で霧散した。
「おめでとうコータくん。初任務だよ」
「めでたいのかわからないけど……ありがとう?」
こうしてトントン拍子でコウタの初任務が決まった。この任務で彼の人生に関わる衝撃的な出会い(一ヶ月ぶり三度目)をするのだが、そのことは誰も知らない。
『メニカちゃん、おやつはいくらまでですか?』
「私が作ってあげるよ。ちゃんと3食ね」
『やったぁ!』
「ちなみにうちの隊はバナナは主食に入るよ。隊長の好物だからね」
「聞いてないけど……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明朝、コウタは駆けていた。メカーナの首都ギアズからポイント18のミスリル鉱山まで、およそ1000キロの道のりだ。既に非領域区には突入しており、鉱山にはものの数分で着く。
『間もなく目的地に到着します。ポイント18の天気は晴れ。しかし雷に注意してください、だそうです』
「こんなに晴れなのに雷?」
『魔素濃度が高いと変な天候になりやすいですからね。そろそろ通常速度に切り替えましょうか。コウタさん、疲れてないですか?』
「日頃の地獄に比べたらへっちゃらですよ。なんかちょっと暑い気もしますけど」
『まぁ全力疾走すれば熱も溜まりますからね。距離が距離ですし』
二時間以上全力疾走をしたのだ。排熱機能が追い付かないのも当然だ。コウタの現在体温はおよそ300度前後。肉を置けばこんがり焼ける温度である。
それはさておき、見渡す限り荒野、荒野、たまに山。草の一本すら生えておらず、あるものは吹きさらしの地面と岩だけだ。およそ命の気配はない。
「つい数分前までは緑生い茂る肥沃な土地だったのに、雑草すら生えてませんね」
『高濃度の魔素は毒ですから』
ポイント18の魔素濃度は平均で周辺空気の20%を占める。これは通常の二十倍にあたり、ほとんどの生物は数分で息絶えてしまうほどだ。無論専用の防護服を着用すれば数時間は活動可能だが防護服は重く、厚い。有事の際に対応しづらい。故に採掘から警備、整備までを生物ではないオートロイドを派遣させている。
「魔素ってちょくちょく聞きますけどけど実際なんなんです?」
『魔素は大気中に1%ほど存在している気体で、脳波に反応する物質です。今からだいたい三百年くらい前に隕石群によってもたらされ、魔法はこれにより発現しているとされています』
厳密には魔素と脳波が反応すると魔力になり、魔力が脳波の形に合わせて化学変化したものが魔法である。一般的には体内に取り込んでから魔素を魔力に変換するが、稀に体外の魔素すらも魔力変換できる者もいる。
「もしかしてハークさんのあの筋力も魔法だったりしますか?」
『いや、あれは普通に筋肉ですね』
「普通に筋肉なのか……」
『まぁ普通の筋肉ではないですが』
「それは身に染みてます」
他愛のない話を続けながら歩くこと数分、ついにコウタたちは件のミスリル鉱山へ辿り着いた。
『到着です! お疲れ様でしたー!』
「やっと着いた……今更ですけど僕の脚より速い乗り物絶対にありましたよね。なにこれいじめ?」
『私が走ったら二時間半って言ったからですかね?』
「馬鹿なんですか……っと、思ってたより標高が低いですね。あとはげ山だ」
一番大きな山でも標高はせいぜいが数百メートル程度で、その全ての岩肌がむき出しになっている。やはり命の気配はなく、道の整備だけされているのがやけに不気味だ。
『まぁこれ山じゃなくて隕石が大きくなったものですしね。はげ山なのは先程も言った通り魔素が濃すぎて植物が生きられないからです。この辺にいる生き物といえばメタルドラゴンくらいですよ』
「……あぁ、有事の際ってのはそういうことですか」
ここまで聞かされて、コウタはようやく自分たちに任務が回されてきた理由に納得がいった。実は隕石だったりその隕石が大きくなったり死の土地だったりドラゴンの縄張りだったりするだけの鉱山地帯だ。当然生身の人間は派遣しづらい。
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