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第7話・前 俺に、やたらと長い前髪を切る素質はない!

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 目を覚ました時、視界に入ってきたのは青い空と沢山の灰色のビル。どうやら俺は龍をぶち殺した後、気絶したらしい。バスの一番後ろの席に俺は横たわっていた。

「つくづくテンプレパロディをやらせてくれる気がないようだな…。ご都合主義で天井治ったりしないのかよ…」

 俺が乗っているバスは昨日の夜、龍がブレスで吹き飛ばしたままになっていた。起き上がって周りを見ると、道路わきの通行人たちがスマホで悠々と走るこのバスを撮影してクスクスと笑っていた。そりゃ天井が吹っ飛んだバスとかバズりそうだもんなぁ。

「起きたんだね!よかったよかった。力に目覚めたばかりだったから、気絶してしまってね。すこし心配だったよ。さて、お客様?忘れ物はありませんか?まもなく東京!原宿です!」

 そしてバスは原宿駅の前に停まった。俺は運転席の方へ向かった。

「ありがとう。あなたのおかげでN県から出られたよ」

「いやいや。あれは君の活躍だよ。僕も王の誕生に立ち会えて光栄だよ」

 もう日も高く昇って明るいというのに、相変わらず運転手のおじさんはメスガキわからせ種付けおじさんのごとく、顔の半分に影が差していた。だけど口元はとても嬉しそうにニチャアアと歪んでいた。

「さて、餞別にこれを君に差し上げよう」

 運転手のおじさんは、封筒と紫色の瞳をした知らない少年の顔写真がついたIDカードを俺に渡してくれた。IDカードには房総府住民登録証と記されていた。発行日は2021年3月25日となっている。あれ?今年って2021年なの?20xx年じゃねぇの?そう言えば『サウザンドリーブス・キングダム』の作中年のスタートは2021年だったな。作中時間は『サウザンドリーブス・キングダム』の設定に合わせてるってこと?

「なんですかこれ?名前読めないんだけど?つーか誰これ?全然知らんやつのID貰っても困るんだけど?」

 カードには『涅杜㸚遠』と名前が書いてあった。名前が全然読めません!DQNネームもびっくりだよ!何だこの字!?読み方のヒントがねぇ!あと顔写真の方。なんか背景がすごく雑。よく見ればこれバスの座席じゃないか?それに映ってる少年の表情も変。目は開いてるけど視線にはまるで力がない。なんかむりくり目を開けさせているように見える。

「わかんないの?それ君の顔だよ。君が気絶してる間に写真撮っておいたんだ。そんでその住民登録証に張りつけた!安心して!そのカードの偽造は完璧だから!絶対にバレないよ!名前はネト・リオンと読むんだ!これからはそう名乗るといい!」

「ええ…これ俺の顔なの…マジかよ…てか俺の瞳の色って紫だったんだ…てかネト・リオン…。ネトラ・レオン…。寝取り、寝取られ。引っくり返っただけじゃん!?こんな雑な偽名、俺のことを知ってる奴が聞いたら絶対にバレるだろ!」

 俺は前髪がやたらと長いからいままでちゃんと自分の顔を鏡で見たことがなかった。まともに自分の顔をこういう風に拝むことになるとは…。瞳の色はまあ置いておこう。ピンクやらオレンジやらそんな髪の女の子がウロウロしてる世界だ。いちいち気にする必要もない。まあ皮肉なことに同じ世界観の「サウザンドリーブス・キングダム」の主人公の瞳の色と同じってのは若干引っ掛かったが。

「その封筒には房総府立大学付属富来田高校の入学許可証と関連書類が入ってる。それを学校に提出すれば晴れて君は4月からそこに通えるんだ!」
 
 その学校名には聞き覚えがあった。『サウザンドリーブ…長い!ファンたちはみんな『千葉王』って呼んでるこの世界の原作漫画で、主人公とヒロインが通う学校のことだ。

「俺に房総異能特区に行けと?」

 この世界には魔術師超能力者呪術師陰陽師仙人魔人魔族天使悪魔妖精猫耳狐耳犬耳エルフドワーフ…長い!なんかこう取り合えず思いつく限り色々な異能者とかファンタジー種族とかがひしめいているのだ。だけどそれらが普通の人間と上手くやって行くことは難しい。そう言った異能者たちが暮らすのが異能特区と呼ばれる都市だ。日本においては房総半島がまるまるこの異能特区として指定されており、ここで異能者たちが暮らしている。一種の隔離政策。同時に差別から逃れるための保護政策とも言えるかもしれない。

「君はもう異能者だからね!あそこで過ごすのが一番いいはずだよ。でもそれ以上に君のヒロインたちの追跡を躱すなら、あそこ以上に安全な場所はないからね」

 まあ俺が生きていくなら特区で暮らすのがいいのかも知れない。だけど『千葉王』の舞台でしょ?だいたいラノベや漫画の行政特区ってどう考えても修羅しかいない犯罪都市じゃん…。俺みたいな優しいだけが取りえの地味な少年が生きていけるような土地じゃないよ…。

「はは!あのビッチ共が逃げた男を追いかけてくるとは思えないんですけど。女の子は自分から男を追いかけたりしないもんですよ。あいつらは見た目だけは超一級ですしね。絶対にありえない」

 可愛い女の子は自分から男に追いすがったりはしない。彼女たちは俺がいなくなっても、俺を探すことはないだろう。そしていつも傍に居たNTR男都合のいい男の呪縛から解かれて、自分の人生を見つめ直すきっかけをつかむだろう。再会なんてありえない話だ。

「ククク…。果たして君の目論見通りにいくかな?君はあの子たちの幸せを願ってるけど、彼女たちの望む幸せの形が必ずしもそれと一致するとは限らない。君はセカイから身を引いたつもりでも、セカイが君も放ってはおかないのさ!…さて。最後に一つ警告をしておくよ!見たこと聞いたこと思いついたこと。君が感じたことすべてが真であるとは限らない。つねにこのセカイについて疑ってかかれ!いいかい!君の認識がこの世界のすべてではない!人を疑うな!世界を疑え!」

「世界よりも人の方が疑わしいものじゃないんですかね?うちのビッチ共みたく。人間なんて裏で何してんのかわかりゃしないもんだよ」

「くくく。君は脳がぶっ壊れてるからね。まあいずれわかるよ。それではまたね」

 俺はバスから降ろされた。運転手は帽子を外して優雅に一礼した後、バスを出発させた。すぐにバスは大通りを曲がって見えなくなってしまった。さてこうして俺は原宿とかいうリア充かキョロ充しかいない町に置き去りにされたわけだが。正直に言おう。すごく人に酔いそう。だってエロゲーの世界なんてヒロインの立ち絵の後ろには人が映ってないんだぜ!なのに周りを見ればなんかすごくゴミみたいに沢山の人がうじゃうじゃと歩き回ってる!

「ねぇねぇ見てみて!あいつの服超原色系でしかもめっちゃテカってるんだけど!まじださい!」

「まじだ!まじウケるんですけど!まじださい!」

 別にダサくはない!たしかにジャケットが真っ赤でその上チェック柄とかがところどころ入ってててなんか派手だけど!どこにでもありそうな標準的な原色系のエロゲ学園制服だから!N県だったらこれが普通なんだよ!でも道行く人たちが俺の事をパシャパシャとスマホで撮影してるし!きっと#デートで着てきたら即ドタキャンされる服WWWって書いて呟く気だ!このままだとまずい!俺はすぐにダッシュし駅前にあった、凄く大手のこれさえ来ておけば取り合えず皆が無難って言ってくれる服屋に入り、とりあえず適当で無難そうな上下を店員さんに持ってきてもらって、それを買って着替えた。学園制服は袋にまとめて近くのコンビニのゴミ箱に突っ込んでおいた。

「ねぇねぇ見てみて!あいつ前髪マジでやたらと長過ぎ!マジキモい!」

「マジだ!マジでウケるんですけど!マジキモい!」

 また俺は道行く人たちにパシャパシャとスマホで写真を撮られた。きっと#やたらと前髪の長いNTR男って書く気だ!俺はすぐに近くにあった原宿で一番オシャレな美容室に入る。

「いますぐに童貞卒業できそうな#ラノベヒロインを落とす髪型にしてください!!」

 俺の尋常ではない髪型を見たからか、顎髭がセクシーなカリスマ美容師がすぐに素敵でオシャレな鏡の前に案内してくれた。そして。

「お客さん…前髪に鋏が通らないんですけど…」

「嘘だろ…」

 カリスマ美容師さんの鋏でも俺のやたらと長い前髪は切れなかった!確かに鋏の刃に前髪を挟んでるんだけど!切れないの!意味が解らん!俺がエロゲ主人公だから?!N県から出たのに?!呪われてんのかよ?!

「そんな…俺には#百合ヒロインを濡らす髪型ができないってことですか…?!」

「いいえ!まかせてください!髪が切れない?ふむ、では髪を上げればいいのでは?」

 そう言って美容師さんはニチャアアと笑って、俺のやたらと長い前髪を上げて、後ろに流した。そしてサイドや後ろ髪に鋏を入れて(前髪と違ってちゃんと切れた)綺麗に整えていく。そしてワックスとヘアスプレーを使って髪型を固めて。

「やだ…すごくおシャンティ…?!」

 髪型決まれば多少はかっこがつくものだ。

「いわゆる少女漫画に出てくる皆にモテてるし誰にでも分け隔てなく優しいけど自分にだけは特別優しいちょっと悪そうでワイルドなイケメンがよくやってるサイドには刈込があって、前髪はアシンメトリーで流してるっぽい感じに仕上げてみました!黒髪で前髪が下りてるだけのラノベ量産型主人公の髪型とは違って女の子ウケ最高ですよ!!ニチャアア」

 俺たちは鏡越しにニチャアアッと笑い合って握手を交わしたのだった。
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