軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第27話 終業式万歳!

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 終業式。
 それは学生にとって天国の様な日。
 授業はなくオリエンテーションだけ。
 そして次の日からは夏休み。
 このウキウキ感本当にいいよね。
 前世今世合わせると結構精神年齢あるけどやっぱりテンション上がる。
 やっと実家に帰れる。
 校長の話が終わって、体育館から教室に戻る。
 そして定型文な夏休みの注意をされて授業時間は終了。
 先生が去って、教室に生徒たちが残される。
 皆夏休みをどう過ごすかの話で盛り上がっていた。
 だけど少し事件が起きた。

「ディアは補習か…」

「すみません…」

 ギムレーが気まずそうに顔を王子から背ける。
 A組の学習基準に彼女はついてけなかったのだ。
 落第こそないが、残念ながら補習です。
 ざまぁ!ざまぁ!ちょうざまぁ!うぇーい!うぇいーい!やーいやーい!ばーかーばーかー!
 私は心の中で小学生のようにギムレーを囃し立てる。
 …こんなことでしかあの女にマウント取れない自分の女子力の低さに涙が出て来そうになった。
 どうせ世間は勉強の得意な女を評価しない。
 世間では評価されない項目しかあいつに勝っているところがない…。
 もうよそう。ネガティブは禁止だ。

「まあたったの一週間だ。八月になればエレイン湖に行けるんだ。頑張ろうじゃないか。大丈夫。おれも補習には付き合うぞ」

 王太子の補修参加宣言に続き他の男子たちも口々に補習への自主参加を申し出る。

「ディアスティマちゃんを一人になんてさせない!」「俺が教えてあげるよ!」「皆で頑張ろう!」

 これは麗しいクラスの結束なのか?むしろ惨めじゃね?

「あの、流石に皆さんをお付き合いさせるわけにはいかないので…補習はちゃんと一人で受けますから…」

 よく見るとスカートをぎゅっと握ていた。嫌がってる?

「だが、本当に大丈夫か?寂しくないか?」

「殿下、他のクラスの人もいるのでワタクシは大丈夫です」

 食い下がっている王太子をやんわりと拒絶している。
 良く見ると口元が硬い。
 補習についてこられるのがいやっぽいな。
 男子にそれを気取らせないことにプロフェッショナルなキャバ嬢みたいな根性を感じるよ。
 でも嫌なことを笑顔で流すのが女子力なら私はそんなのいらないな。

「でもな、ディア…」

「本人がいいと言っているのですか、放っておくべきでは?」

 まだ食い下がる王太子に、私はそう言った。

「お前には関係ないだろうジョゼーファ」

「殿下たちがその子に構えば構うほど、むしろ補習の効率は落ちてバカンスの延期も伸びますよ」

 当校の補習は個人の習熟度を重視するタイプのため、教師が成果なしと判断すると延々と期間が伸びることになる。
 逆に本人がちゃんと頑張れれば、すぐに終わるのだ。
 男子共が寄ってたかって面倒を見ても成績が上がらなければ意味がない。

「むっ!だからこそ教えてやろうというのだ!おれが教えればすぐに終わる」

「殿下にそういったスキルはありません。餅は餅屋に、教育はわが校の優秀な教授方に委ねるべきです」

 素人が勉強を教えるのはやめた方がいい。
 教育をすることそのものが一種の高度なスキルなのだ。
 王太子が教えてもギムレーのためにならないだろう。

「だいたいお前には関係ないだろう。仮にバカンスが伸びたとしても、どうせ行かないのだからな」

「わたくしも行きますよ。エレイン湖」

 その瞬間教室の空気が凍った気がした。皆が引き気味な視線を私に送っている。

「わたくし、行かないなんて言いましたっけ?ふふふ」

「ディアを殴っただろう?」

「それが行かないということの表明になるんですか?知りませんでした。次から気をつけますね」

 自分で言ってて胸が苦しくなる。
 屁理屈って言う側も心にダメージ溜まるんだな。

「お前には常識がないのか!?ふざけるのも大概にしろ!」

「もともとクラス旅行なのです。仲間外れを作るほど殿下は器の狭い方ではありませんよね?違いますか?」

 別にバカンスに行きたいわけじゃない。
 どっちかといえば湖より山とか都会に行きたい。
 だけどここでバカンスに行くって表明しておくと、私にとって少し有利に働く。

「ああ、おれは将来この国の王になる男だ。お前の様な傲慢で横暴な女であっても、公平に扱う神聖なる義務がある。来ることを拒んだりはしない」

 男って器とか鷹揚さとかを問われるとすぐに譲歩するからアホなんじゃねって良く思う。
女の挑発を無視できないのが、男という生き物の哀れなところだ。

「ギムレーさん。王太子殿下はこう仰っていますが、構いませんよね?」
ギムレーは私の事を(えっ?こいつきちゃうの?…つらのかわてつなの?ばかんすだいなしじゃない?)みたいな感じの目で見ている。だが、

「殿下がそうおっしゃるなら、ワタクシに異論はありません」

 否とは言わなかった。だからあともう一押し。

「ありがとうございます。ところでわたくしは家の事情があって一度カドメイア州に帰ってから、陸路でエレイン湖に向かうことになります。申し訳ないのですが、護衛としてうちの兵たちを連れていってもよろしいでしょうか?」

 さて、ここからがミソである。
 かなりの詭弁で、その上詐欺に等しいやり方だ。
 実は先日メネラウスからある助言を貰った。
 衆人環視の下、王太子とギムレーから、『カドメイア州兵を連れたエレイン州の領内通行の許可』の言質を取ってこいとのことだった。
 領内通行の法的問題を解決するために彼が出してくれたアイディアだ。
 もっとも仮にこの言質を取ったところで、裁判所とかが法的に有効だと認めることはあり得ないのだが…。
 だけど重要なことがある。
 詭弁でも口約束でも積み重なれば、それは世論の支持を得ることにつながるということだ。
 ギムレーは私のお願いに首を傾げながら、

「?別にいいですけど。そっちから陸路でエレイン湖に来るのって大変ですよ?山道くねくねしてますし、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。うちの軍には自動車が沢山あるので、問題ないです」

「そうなんですか?ならいいですけど。でもすごいなぁ…うちには馬車しかないからなぁ…」

 調査レポートによれば、ギムレーの家は観光客送迎用の自動車はあるようだが、私用の自動車は持っていないようだ。
 この世界では自動車はまだまだ超高級品なのである。

「気にするなディア。成金の自慢なんて放っておけ、馬車だって風情があるものだよ」 

 言質が取れた。王太子も特に否を言わなかった。
 この事はギムレー男爵にも娘経由で伝わるだろう。
 だが警戒することはないだろう。
 何せ王太子も一緒なのだ。
 まさか軍隊丸々連れて入ってくるなんて思いもよらないはずだ。

「では、懸念事項も伝えられたので、わたくしはこれで失礼します。皆さん、エレイン湖でお会いしましょう」

 私は鞄を抱えて、教室を出ようとしたのだが、王太子に声を掛けられた。

「ちょっと待て。今日の夜は体育館で来賓を迎えての社交パーティーがあるんだぞ。その準備はどうした?それに出る気はないのか?」

 今夜は体育館で貴族の子弟を中心にした社交パーティーがある。
 プロムの終業式版とでも言えばいいのかな?
 教育行政担当の大臣も一応顔を出すし、王都の有名企業の社長さんやら、各役所のお偉いさんとかもやってくる。
 平民の学生たちも将来の就職のためにここで顔を売る。
 そういう重要なイベントだ。

「準備はもう終わらせておきました。あと、夜の方は出ません。ドレスの準備を忘れました」

 色々と工作活動していたせいで、割とマジでドレスの事は忘れてた。

「なんだと?お前はおれの婚約者という自覚がないのか?おれはこのパーティーでは陛下の名代も務めるのだぞ!オレの顔を潰す気か」

 今すぐにでも潰してやりたいけど?
 まあ今は出来ないから我慢するが。
 こういうパーティーでは婚約者なり意中の異性なりを連れていくのがマナーだ。
 社交の場で、男は女を連れていないと絶対に値踏みされる。
 逆に美しい女を連れていくと皆に一目置かれる。
 こういう同伴者がいないと恥を掻く文化が貴族には多い。
 パーティーは嫌いじゃないけど、トロフィーみたいに見せびらかす道具になるのはごめんだ。

「ええ、ですからわたくしの代わりにギムレーさんをご同伴なさってはいかがでしょうか?」

「何?…いいのか?」

「ええ、構いません。ギムレーさんでしたらわたくしの代わりに殿下のパートナーを立派にやってくれるでしょう」

 正式なパーティーで王太子の隣に婚約者以外の女がいる。
 なかなかセンセーションな騒ぎになりそうだ。
 実際教室に残っている生徒たちはざわざわ騒いでいる。
 一夫一妻制なら乗り換えたって思われるかもしれないが、側室制度とかいうウルトラふざけた制度が存在するこの世界なら、婚約者公認の愛人出来たんだへー、くらいで済む。
 どうせ一年後には全部有耶無耶になるんだ。好きに騒げばいい。

「そうか。やっとお前もディアスティマのことを認めたのか。ふふふ」

 王太子が口元を緩めている。
 好きに勘違いしていろ。
 今はまだ平和な時代なのだから。

「?パーティーの同伴??パートナー??」

 ギムレーが可愛らしく小首を傾けている。
 こいつ貴族令嬢なのに社交パーティにおける異性の同伴者の意味がわかってない。
 相変わらずギムレーさん、自分の置かれている状況がわかってない。
 誰かこいつに貴族社会の空気言葉の裏の読み方を教えてやれ。

「では失礼しますね。御機嫌よう皆さん。それではまた」

 私は今度こそ、教室を後にしたのだった。
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