軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.

第31話 破滅の臭い

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「ハハハ。それは杞憂ってもんですよお嬢様。聖樹が枯れでもしなければそんなことは起きっこありません!女神さまがくれた聖樹さまが枯れるなんてありませんよ!もっとも樹液採掘場が何らかの政変によって機能停止せざるを得ないときに備えて、領内使用量の一年分の備蓄はちゃんと用意してありますので、ご安心ください」

 備蓄はちゃんとあるようだ。
 だがこういう備蓄があてになるとは思えないのだ。
 平時の一年は戦時ならどれほどの量になるのだろう?
 半年?三か月?一か月?それとも一週間か?
 まるで予想ができない。
 安心材料にはならない。

「そうですか。なら安心できますね」

 市長は何の憂いもない笑みを浮かべる。
 だが私は知っている。一年後、この大陸すべての樹液採掘場から樹液が一滴も取れなくなる。
 そのきっかけは例の暗殺事件。
 『斎后』。
 この称号を持つ人物の死によって聖樹は機能を停止する。
 そうなれば後は簡単だ。
 文明からエネルギーが消える。
 街から明かりが消えて、物流は止まる。
 すなわち文明の死だ。
 きっとそのカタストロフィは戦争の比じゃない『死』をまき散らす。
 …ゲーム中に使われたカタストロフィ時のイベントCGの悲惨さを思い出す。
 あれが現実になることを考えるととても恐ろしい。
 おかしいな。
 前世では戦争を見たのにまだ現実になっていない妄想を恐れるのはどうしてなんだ?
 落ち着くために深呼吸をした。

「ふぅ…はぁ…はぁはぁはぁはぁ…うっ…ぐぅ…」

 その時樹液の匂いが肺にもろに入ってきたような気がした。
 胸が甘ったるい匂いに満たされて、吐き気を覚えて、口に手を当てる。

「お嬢様?どうかしましたか?顔色が悪いですよ」

 メネラウスが私の背中を摩っている。
 他の男がこれをやったら気持ち悪くて仕方ないだろうが、彼の手はいつもと違って優しく、とても心地が良かった。

「いえ。大丈夫です。すこし樹液の匂いに酔いました」

「あー。すみません。最初にここに来ると匂いに酔う人が多いんですよ。失念してました。すぐに街へお送りします」

「ありがとうございます市長。メネラウス。わたくしは先に戻ります。お仕事頑張ってください」

 迎えに来てくれた係の者と共に樹液採掘場を後にしようとしたとき、

「いえ、私がお嬢様を宿までご案内します」

「あら?いつもと違って優しいですね」

「私の都合でここに連れてきたのですから。他意はありません」

 慇懃無礼な態度だが目だけは本当に心配そうに私を見ている。
 こういうところがあるからこの男は嫌いになれないのだろう。
 メネラウスにエスコートされながら、車に乗せられて宿へ向かった。
 前世の収入では決して泊まれないような豪華な部屋に連れ込まれた。

「ベットが広すぎますね。一緒に寝ます?ふふふ」

 樹液採掘場から離れたからだろう、気持ち悪さはだいぶ収まってきてジョークを言う余裕もでてきた。

「いやですね。寝ゲロを吐かれたらたまらないので」

 割とガチなトーンでメネラウスにそういわれた。
 まあ私だって寝ゲロしそうなやつと一緒に横になりたくはないかな。

「大人しく寝てくださいね。何かあればすぐにホテルの係の者を呼ぶようにしてください。いいですね?」

 メネラウスはクドクドと注意を言ってから、すぐに部屋を出て行ってしまった。
 部屋に男女が二人きりなのに何も起きない。
 これを平和と言い切るにはどこか一抹の寂しさを感じてしまうのは仕方がないことだろう。

「だけど視察はできてよかった。みんな平和ボケしてる。わたくしだけが備えることができる…わたくしだけが未来を守る資格を持っている…」

 ベットに横になりながら私はそう呟いた。
 誰もこの先の未来が永遠に続くと無邪気に信じている。

「だけどまだわたくしには力がない…。早く結果を出さないと…」

 一年後の政変の中心人物に思いを馳せる。
 ウィルビウス教のトップ、斎后は、宗教指導者というだけではなく、聖樹の管理者も兼ねているのだという。
 もっとも殺される当代の斎后は原作では姿を表さない。テロで死んだことが伝聞されるだけ。
 だがその妹の方は脇役の一人として登場する。原作主人公は皇帝の座を目指すが、同時に新たなる斎后の擁立も行うこと必要もあるのだ。
 死んだ斎后の妹を原作主人公は政治的な駒として確保する。
 室町幕府の最後の将軍様のように。
 そしてストーリーは進んで、新たなる斎后が主人公の手によって即位し、聖樹の機能を回復させる。
 そうして樹液採掘場は復活しエネルギー問題も解決し平和を取り戻せる。

「難易度が高すぎませんか?詰みまくりなのでは…」

 独り言が宿の部屋に響く。
 原作ストーリーは演出重視なのでとにかく派手なイベントが続く。
 戦争、戦争、戦争、ついでに政争。
 平和を取り戻すためのハードルがめちゃくちゃ高い。

「わたくしの処女と世界の平和。天秤にかけて重いのはどっち?」

 原作主人公が最終的に戦国時代を終わらせて大陸に平和を取り戻すにはいくつもの奇跡を起こさないといけない。
 その一つが裸一貫でカドメイア州を簒奪することだ。
 と言うかこのカドメイア州を簒奪できなきゃ軍閥としてやっていけないのは明らかだ。
 他の土地で挙兵するとするとすごく難易度が上がるのは間違いない。
 正直思うことがある。
 あの原作主人公に全部任せて自分は高見の見物でもいいんじゃないかと。
 それは生理的嫌悪を除けば、恐ろしく効率的でなおかつ実現性も高く、なによりも最大多数の最大幸福の実現にはもっとも貢献しそうだということだ。
 私の貞操一つで平和が買えると考えるなら、安いのではないかとさえ思えてくる。

「だけど顔も知らない誰かの平和ために、前髪長すぎて顔が隠れている男に股を開くのなんて間違ってる…そうですよね?」

 私の疑問に答えてくれる人はこの部屋にはいない。
 なぜ私はこんな不合理な選択を迫られているのだろう?
 前世でさえそうだった。
 多国籍軍は何処か不可解な動きをしていたし、自衛隊は本国政府の日和見のせいでぼーっと状況を見ているだけ。
 私はクーデターまがいのことをして指揮権を奪われなければ戦うことさえ許されなかった。
 あの時結果的に死んでしまったのはよかったのかもしれない。
 私がやったことはシビリアンコントロールという点から見れば最悪の判断だ。
 生き残っても本国に拘束されるのは目に見えていた。
 もし生き延びていたら私は迷わずアメリカかEUあたりに部下を連れて亡命していただろう。
 もちろんキャリアは終わっていた。すなわち人生を懸けたすべてが水の泡だ。

「だけど選んだ。どうにもならなくても、どうしようもなくても、選ぶ権利を手放してはいけない」

 そう自分に言い聞かせる。
 未来のことを考えれば私の行動は英雄を邪魔する魔女の陰謀そのものだ。
 だけど魔女にだって意地はある。男どもは処女の値段を吊り上げたがる。
 なら私の処女は世界よりも重いものだと決めてもいいだろう?

「むしろ悪役令嬢っぽくていいじゃないですか。主人公の邪魔をする可愛い悪魔。ふふふ、女子力めっちゃたけー。ふふふ、あはははははははははは!」

 私は眠りに落ちるまでずっと笑い続けたのだった。
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