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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第37話 失敗が許されないという不利
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私はガラス瓶を持って中身を確認する。灰色の石のようなものが入っていた。
「なんですかこれ?コンクリ片?」
「そうだ。砦のコンクリ片。…そのコンクリ片にはヒヒイロカネが多量に含まれている。専門家に分析させた結果がそのレポートだ。砦の補修に使われているコンクリは帝国軍の戦略要衝の砦に使われる基準を満たせるような代物らしい」
「…うそ…。やられた!そんな…さっきの作戦じゃ…」
「そうだ。さっきの作戦じゃ無理だ。いくら高火力でも魔法だのみじゃ砦の壁を破壊できない。ヒヒイロカネは魔法の力を問答無用でキャンセルさせる。ヒヒイロカネが含まれるセメントを破壊するならそれこそ伝説級の魔力を持つ奴を連れてこなきゃ無理だ」
最悪だ。ヒヒイロカネは魔法をキャンセルする。
この世界の軍隊の最大の武器は魔法による砲撃だ。
それに対する防衛手段としてヒヒイロカネを使う。
盗賊たちは砦に引きこもり放題だ。
こっちは向こうの兵糧が尽きるまで包囲するなんていう悠長なことはできないのに。
ヒヒイロカネは本来希少な金属であり、民間に出回るようなものではない。
デメテル郡にはヒヒイロカネの鉱山があり、盗賊たちの中にはその鉱山で働いていたものも多い。
横流しした奴がいる。
「ギムレー家は自領の鉱山さえ管理できていないのですか!?ヒヒイロカネは帝国が指定する戦略物資なのですよ!それが盗賊共に流出?!愚かな!統治者としての責務を果たせていないじゃないですか!お取り潰しものですよこの失態は!」
私はみっともなく大声を出してギムレー家を非難した。
イライラして立ち上がりリビングルームの中を歩き回る。
落ち着かない。いや落ち着けない。
せっかくピースがそろって戦術が立ち目的を果たせると安堵できたのにこれだ。
「落ち着け…って言っても無理か。いくら何でもド田舎の盗賊が帝国軍レベルの要塞にこもってるなんて誰も想定できないだろうしな。まあポジティブに考えてくれよ。俺が先に調査したからこそ、このことを知れたんだ。対策は絶対できるさ。とりあえず座って茶でも飲んで気分を切り替えろって」
ヒンダルフィアルは柔らかく微笑んでいる。私を落ち着かせようとしているのだろう。
「のんきに言わないでください!わたくしはここでこけていられないんですよ!あなたのお友達とは違うんです!わたくしにはあなたのお友達のような軍才なんてないんです!だから用意周到に慎重に行動計画を練らなければいけないのに!こんな不足の事態!なんで…うまくいかないの…」
『前世』の私は結局のところ、あの戦いで死んだ。全力は尽くした。
結果に未練はない。何もかもが不足し、何もかもが想定外で、博打のような手を打って、戦って、勝って、そして死んだ。
勝ったけど、死んでしまった。私は戦争に勝っても、生き延びられなかった。
それはやはり軍人として、兵士として、能力に不足があったの認めざるを得ない現実。
「いいですか!?わかりませんか?!博打を打てば勝つことは出来ます。でも生き延びることは出来ないんです!わたくしは最良の未来を掴むために戦うことを選んだのです!なのになんでこんなふざけたことが!わたくしの邪魔をするというのですか!?理不尽でしょう!こんなの!」
みっともない。いやになる。自分が好きになれそうにない。目の前の男に喚き散らして八つ当たりしてる。
ヒンダルフィアルはきっちりと仕事を果たして、やるべきことをやっているのに…。
それに対して私はなんだ?
「これを見てくれないか?」
喚き散らす私のそばにヒンダルフィアルが近づいてきた。
そして彼はポケットから一枚の写真を見せる。
モノクロのそれにはチェス盤を挟んで向かい合う私とカンナギ・ルイカ、それに私の隣に座るギムレーの姿が写っている。
「あの時撮った写真だ。見てくれよあんたの顔。あの時は皆ルイカのことを見ていた。男も女も尊敬とか恋慕とかそういう憧れみたいな目で見てた。でもあんただけは違った。あんただけは真っすぐとルイカを睨みつけて闘志を溢れさせていたんだ。あんただけがルイカに飲まれてなかった」
写真に写る私は何処か厳しい目でカンナギ・ルイカを睨んでいるように見えた。
可愛い顔ではない。生意気そうな感じ。
「ルイカは確かにヒーローみたいなやつだ。平和な時代に生まれたのが惜しいと思えるような才能に溢れた奴だ。きっと今の状況でもあいつならビビッと解決策を思いつくんだろう。あんたがあいつのことを羨むのはわかるよ。でもな、あんたはその英雄に勝ったじゃないか。誰もあの時あんたがルイカに勝つなんて思ってなかった。でも勝ったんだ。なら今だってそうだろ」
ヒンダルフィアルは写真を私に優しく手渡してきた。
「俺はあんたならこの状況でも勝てるって信じられるぞ」
ヒンダルフィアルはいつものお調子者な態度ではなく、柔らかで温かい笑みを浮かべている。
それは焦ってイラつく私の心を落ち着かせる不思議な力があった。
…そうかこれがヒーローの横に立てる人間の器なんだ。
「…見苦しいところをお見せしました」
私はソファに座り深く息を吐く。ヒンダルフィアルのおかげで落ち着きを取り戻せた。
「不測の事態が起こることは当たり前だってことをすっかり忘れていましたね。ですがあなたの調査結果があれば挽回はまだ可能でしょう…ありがとうございます」
「そうさ。まだ間に合う。あんたが諦めなければ大丈夫」
「力押しでの攻略は不可能。こういう時は周辺を封鎖して兵糧攻めにするのがセオリーですが、その選択肢はわたくしには無理です。とするならばやはり誘い出して迎え撃つのがいいでしょうか?…一つ聞いていいですか?もしカンナギ・ルイカならこの状況でどうしますか?」
状況整理の一環で私はヒンダルフィアルに尋ねてみる。
実は答えはすでに知っている。原作では砦の強度とかの話は出てこなかった。
そもそも原作においてカンナギ・ルイカは盗賊たちを討伐せずに自分の兵力にしてしまうのだ。
その方法とは。
「ルイカなら…そうだな。あいつは腕が立つ。だから盗賊共に仲間入りするふりをして砦の中に入り込んで、大将に一騎打ちを挑むだろうな。そんで大将の首を取って脱出かな?」
さすが親友だけあってカンナギ・ルイカの行動パターンをよく把握している。
原作では大将の首を取った後、その生来のカリスマ性でもって残った兵士たちを魅了し、自分の部下にしてしまう。
んなもん私にできるわけがない。
「なんですかこれ?コンクリ片?」
「そうだ。砦のコンクリ片。…そのコンクリ片にはヒヒイロカネが多量に含まれている。専門家に分析させた結果がそのレポートだ。砦の補修に使われているコンクリは帝国軍の戦略要衝の砦に使われる基準を満たせるような代物らしい」
「…うそ…。やられた!そんな…さっきの作戦じゃ…」
「そうだ。さっきの作戦じゃ無理だ。いくら高火力でも魔法だのみじゃ砦の壁を破壊できない。ヒヒイロカネは魔法の力を問答無用でキャンセルさせる。ヒヒイロカネが含まれるセメントを破壊するならそれこそ伝説級の魔力を持つ奴を連れてこなきゃ無理だ」
最悪だ。ヒヒイロカネは魔法をキャンセルする。
この世界の軍隊の最大の武器は魔法による砲撃だ。
それに対する防衛手段としてヒヒイロカネを使う。
盗賊たちは砦に引きこもり放題だ。
こっちは向こうの兵糧が尽きるまで包囲するなんていう悠長なことはできないのに。
ヒヒイロカネは本来希少な金属であり、民間に出回るようなものではない。
デメテル郡にはヒヒイロカネの鉱山があり、盗賊たちの中にはその鉱山で働いていたものも多い。
横流しした奴がいる。
「ギムレー家は自領の鉱山さえ管理できていないのですか!?ヒヒイロカネは帝国が指定する戦略物資なのですよ!それが盗賊共に流出?!愚かな!統治者としての責務を果たせていないじゃないですか!お取り潰しものですよこの失態は!」
私はみっともなく大声を出してギムレー家を非難した。
イライラして立ち上がりリビングルームの中を歩き回る。
落ち着かない。いや落ち着けない。
せっかくピースがそろって戦術が立ち目的を果たせると安堵できたのにこれだ。
「落ち着け…って言っても無理か。いくら何でもド田舎の盗賊が帝国軍レベルの要塞にこもってるなんて誰も想定できないだろうしな。まあポジティブに考えてくれよ。俺が先に調査したからこそ、このことを知れたんだ。対策は絶対できるさ。とりあえず座って茶でも飲んで気分を切り替えろって」
ヒンダルフィアルは柔らかく微笑んでいる。私を落ち着かせようとしているのだろう。
「のんきに言わないでください!わたくしはここでこけていられないんですよ!あなたのお友達とは違うんです!わたくしにはあなたのお友達のような軍才なんてないんです!だから用意周到に慎重に行動計画を練らなければいけないのに!こんな不足の事態!なんで…うまくいかないの…」
『前世』の私は結局のところ、あの戦いで死んだ。全力は尽くした。
結果に未練はない。何もかもが不足し、何もかもが想定外で、博打のような手を打って、戦って、勝って、そして死んだ。
勝ったけど、死んでしまった。私は戦争に勝っても、生き延びられなかった。
それはやはり軍人として、兵士として、能力に不足があったの認めざるを得ない現実。
「いいですか!?わかりませんか?!博打を打てば勝つことは出来ます。でも生き延びることは出来ないんです!わたくしは最良の未来を掴むために戦うことを選んだのです!なのになんでこんなふざけたことが!わたくしの邪魔をするというのですか!?理不尽でしょう!こんなの!」
みっともない。いやになる。自分が好きになれそうにない。目の前の男に喚き散らして八つ当たりしてる。
ヒンダルフィアルはきっちりと仕事を果たして、やるべきことをやっているのに…。
それに対して私はなんだ?
「これを見てくれないか?」
喚き散らす私のそばにヒンダルフィアルが近づいてきた。
そして彼はポケットから一枚の写真を見せる。
モノクロのそれにはチェス盤を挟んで向かい合う私とカンナギ・ルイカ、それに私の隣に座るギムレーの姿が写っている。
「あの時撮った写真だ。見てくれよあんたの顔。あの時は皆ルイカのことを見ていた。男も女も尊敬とか恋慕とかそういう憧れみたいな目で見てた。でもあんただけは違った。あんただけは真っすぐとルイカを睨みつけて闘志を溢れさせていたんだ。あんただけがルイカに飲まれてなかった」
写真に写る私は何処か厳しい目でカンナギ・ルイカを睨んでいるように見えた。
可愛い顔ではない。生意気そうな感じ。
「ルイカは確かにヒーローみたいなやつだ。平和な時代に生まれたのが惜しいと思えるような才能に溢れた奴だ。きっと今の状況でもあいつならビビッと解決策を思いつくんだろう。あんたがあいつのことを羨むのはわかるよ。でもな、あんたはその英雄に勝ったじゃないか。誰もあの時あんたがルイカに勝つなんて思ってなかった。でも勝ったんだ。なら今だってそうだろ」
ヒンダルフィアルは写真を私に優しく手渡してきた。
「俺はあんたならこの状況でも勝てるって信じられるぞ」
ヒンダルフィアルはいつものお調子者な態度ではなく、柔らかで温かい笑みを浮かべている。
それは焦ってイラつく私の心を落ち着かせる不思議な力があった。
…そうかこれがヒーローの横に立てる人間の器なんだ。
「…見苦しいところをお見せしました」
私はソファに座り深く息を吐く。ヒンダルフィアルのおかげで落ち着きを取り戻せた。
「不測の事態が起こることは当たり前だってことをすっかり忘れていましたね。ですがあなたの調査結果があれば挽回はまだ可能でしょう…ありがとうございます」
「そうさ。まだ間に合う。あんたが諦めなければ大丈夫」
「力押しでの攻略は不可能。こういう時は周辺を封鎖して兵糧攻めにするのがセオリーですが、その選択肢はわたくしには無理です。とするならばやはり誘い出して迎え撃つのがいいでしょうか?…一つ聞いていいですか?もしカンナギ・ルイカならこの状況でどうしますか?」
状況整理の一環で私はヒンダルフィアルに尋ねてみる。
実は答えはすでに知っている。原作では砦の強度とかの話は出てこなかった。
そもそも原作においてカンナギ・ルイカは盗賊たちを討伐せずに自分の兵力にしてしまうのだ。
その方法とは。
「ルイカなら…そうだな。あいつは腕が立つ。だから盗賊共に仲間入りするふりをして砦の中に入り込んで、大将に一騎打ちを挑むだろうな。そんで大将の首を取って脱出かな?」
さすが親友だけあってカンナギ・ルイカの行動パターンをよく把握している。
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