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第一章 立志篇 Fräulein Warlord shall not walk on a virgin road.
第71話 超える令嬢
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朝早く豪族たちを引き連れて州軍は出発した。目標はエレイン州の州都エレイン。
ギムレー家の本拠地でありこの州の経済の中心地。
州都エレインは山脈の中にある広い高原、その湖の畔に存在している。
そこへデメテル盆地から行くには山脈の間をクネクネと通っている道を走らないといけない。
逗留した村から山脈の麓までは大した距離はなかった。
すぐに州軍の車列はエレイン州軍の検問所の前に辿り着いた。
ここは盆地よりも少し標高が高く、デメテルの風景がよく見える。
監視場も兼ねているのだろう。
山脈に向かう道路と盆地の間にはゲートが設けられており、その周囲に砦が設けられている。
だけど山賊たちのに比べれば大したことない。
ごり押ししても軽く突破できる。
だけどそんなことをする必要は私にはなかった。
カドメイア州軍の車はゲートのすぐ近くで止まった。
そして車からうちの兵士たちが飛び出してきて、ゲートの前に堂々と整列する。
検問所の砦の中にいるエレインの州軍の兵士たち(装備の更新がないようで、古めかしい騎士みたいな恰好をしていた)は慄いていた。
そりゃいきなり来るはずないお隣の州軍が目の前に来たら誰だってビビる。
それでも職務に忠実な奴はいるものだ。
検問所から一人の兵士が出てきた。
どうやらここの責任者である隊長のようだ。
ここは戦略的要衝なのでその責任者ということはギムレー家直臣の武官だろう。
見るからにビビってるけど、堂々と私たちに問いかける。
「君たちはカドメイア州軍なのか!?そうであるならば、君たちのやっていることは州境侵犯であり、重大な犯罪行為である!すぐに武装を解除し投降せよ!」
一応法律に則った正しい勧告だ。だけどそんなの意味がない。
こちらは検問所に比べれば圧倒的な大軍なのだ。まあ出てきた隊長さんだってそんなのわかってるんだろうけどね。
だから私が代表して、その隊長さんの前に立つ。
私は話がスムーズに行くように、学園の学生手帳と王国の発行している貴族身分を証明する手帳を開いて見せつける。
(ちなみにどちらの身分証にも白黒の顔写真がついている。だけど名前には『ジョゼーファ』としか書いてない。私の苗字無しはこういうところまで徹底しているのだ。父のこの執念がよく理解できない…)
「はじめまして、わたくしはジョゼーファ・ネモレンシス。カドメイア州辺境伯の長女です。お騒がせして申し訳ありません。わたくしは、王太子殿下が主催する王立アリアドネ学園一年A組の修学旅行に参加するために、州都エレインに行かなければなりません。通行の許可をいただけますよね?話は聞いているでしょう?違います?」
一応私は王太子とディアスティマ・ギムレーに、兵士を連れて車で陸路で行くからよろしくぅって言ってある。
「待て待て待て!たしかにアイガイオン家のお嬢様がここを通ることはギムレー本家から聞いています!実際州境に我々の迎えを出していますし…残念ながら合流は出来ていないご様子ですが…。ですがいくらなんでもこれは!これはいくらなんでも大軍過ぎます!通行を許可なんてできません!」
「ですが連れていく兵士の数については特に何も言われませんでした。つまりわたくしの任意の人数を連れていってもとくに問題ないのでは?」
だから口約束はいけない。
細部があやふやになるから私みたいなやつにその隙を突かれてごり押しされる。
「いや!だからって常識的な数がありますよ!護衛ならそれにふさわしい数が当然…」
「それは何人ですか?」
「え?いや…5人…いや多くてもせいぜい20人から30人とかくらいですかね?」
「ですがこの地には野蛮な盗賊の大軍が跋扈していますよね?ここら辺一帯の女性たちの中にも哀れなことに被害にあわれた方がいるとか…。ですからわたくしはここを通るのに安心できる適切な人員を用意しただけに過ぎません」
「うっ…!それは確かにそうなのですが…」
隊長さんは言葉に詰まってしまう。ここからが『攻撃』の始まりだ。
「そう、この地は現在治安に大きな不安があります。なのにわたくしがここを通るとギムレーのご長女様に申告したときに、治安の不安については特に触れられることがありませんでした。このことについてはいかがですか?もしかして作為的に領内不安の情報を通告しなかったのでは?わたくし相手に虚偽の申告を行ったのでは?」
あの女に私を貶めるための嘘をつく知能なんてない(笑)。
だけどこの場にいないやつが悪いことをしたって主張しても誰も反論なんてできないのだ。
大変申し訳ないけど、かわいいディアちゃんには私がここを通る言い訳になってもらいたい。
「いえ…そんなこと…。王都の学園にいるディアスティマさまは領内のことについては疎いので…」
「王太子殿下を含め王国の高位貴族のご子弟たちをご自分の領地に招待しているのにですか?お粗末ですね。わたくしには信じられません。貴族の長女がそんなにも愚かだとは思えません!あわよくばわたくしがここで盗賊の手に掛かり亡き者になることを期待してるかのようではないですか?!」
こういう欺瞞はけっこう好きだ。
武略とは武器を手に取ることだけじゃない。
言葉だって相手を惑わし翻弄することが出来る。
「そんなことありません!ギムレー家はアイガイオン家とは領地を接しており、400年近くもの間友好関係を築き上げてきました!そのような陰謀をギムレー家が組むはずありません!誤解です!」
「誤解?誤解なものですか!実際にわたくしはここに来る途中に盗賊の砦を見つけました。このような不正義が放置されていることに、わたくしの胸は痛み悲鳴を上げたのです!大軍を連れてきて良かったですよ。彼らを無事殲滅できこの美しい地に平和を取り戻せたのですから」
やってることの時系列がおかしい?うん知ってる(笑)。
私はわざと因果関係をぐしゃぐしゃに語ってる。
「え…盗賊を倒した…そんな…」
「本来ならばそれはあなた方ギムレー家の仕事ですよね?まあ、わたくしたちは正義のために盗賊を討伐したに過ぎません。恩に着ろとは言いませんよ。わたくしたちが偶然遭遇してしまったに過ぎないだけですからね!」
「…遭遇されてしまった?…不味い…そんな」
さてこれは現場の兵士からすれば大失態だ。
正規兵に護衛された貴族令嬢を盗賊たちが襲う可能性は低く見積もってもいい。
実際あの盗賊たちはそこそこ頭が回るからそんなことはしないだろう。
カドメイア州軍の旗を出しておけば盗賊たちはスルーしただろう。
というかギムレー家は私がデメテルに来たら迎えに行くつもりだったわけで安全な通行は保証されていた。
多分砦に向かわずに順当な街道を行けばギムレー家の兵士たちが待っていたんだろうね。
だから私の通行に本来なら問題は起きないはずだった。
だけど私の動きがギムレーの動きよりも圧倒的に早かったから捕捉できなかったわけで。
なのにまさかの盗賊との遭遇、そしてその上で返り討ちにして盗賊を殲滅した。
ギムレーは失態を重ね過ぎた。
だけどここまでなら外交の場に持ち込めばうやむやに出来る。
もし私がギムレーの立場なら、大軍で州境を超えた法的過失を徹底に責める。
ギムレーだってカドメイア州軍の兵士が護衛レベルの少人数だと思っていたからこそ領内通行の許可を出したのだしね。
だまし討ちしているのは私たちの方なのだ。
だから外交なら逆転勝利の可能性が十分以上にある。
だけど今目の前の隊長さんにそれは判断できない。
目の前には大軍がいて命の危機を感じているだろうし、現場レベルでの客人保護にしくじっているという負い目がある。
だからもう隊長さんに冷静な判断なんて出来ない。
(ただ今回のこの杜撰な通行許可の出方には若干だが、私があわよくばマジで死んだらいいのにってギムレー男爵が思っている節を感じる。そしてそれを事故として処理したいみたいな甘い考えを感じる。そんなんだから政治がわかってないって言われちゃうんだよ)。
「くそ!だからアイガイオン家のお嬢様がデメテル盆地を通ることに反対したのに!王子が承認したからやるってなんだよ!ばかじゃねぇのかよ!軍事音痴の男爵はこれだから!くそ!ちくしょう!」
隊長さんは自分の主人に対して憤っている。いいね、ここまで来れば落とせる。
「隊長さん。わたくしはこのような不正義を放置するギムレー家を到底許せそうにありません。わたくしはここを通ってギムレー男爵に罰を与えとうございます。許可をいただけませんか?正義を執行する許可を!」
私がここを通過する大義名分はもともと『バカンスに行くため』だった。
だけどここで一大義名分をすり替えて置こうと思う。
『ギムレーに正義の罰を与えるため』にという大義名分に書き換えるのだ。
「私に正義の許可を求めているのですか?」
「ええそうですよ、隊長さん。ここを守るあなたの手に正義が行われるか否かがあるのです。正義を行うわたくしを通すか否かを決められるのはあなたなのです!」
「私の手に正義がある…?」
バカンスの為に通すよりも、正義の実現のためという方が職務を破る罪の意識は軽いだろう。
「あなたは職務に忠実である善良な兵士です。だからわたくしを通すことに抵抗がおありのようですね。でもあなたも本当はギムレーの失政に憤っておいででしょう?ここからはデメテル盆地がすべてよく見えます。あなたは盗賊たちに荒らされるこの地に心を痛めておいでではなかったのですか?」
知ってるかい?人ってこういう風に言ってやると記憶をすぐに書き換えるんだよ(笑)。
「…そうだ。私もここの生まれだ。この地を守ろうと兵士になったのに…。盗賊たちをここから監視するだけ…。そのくせ人員が足りないから最近は山脈にまでも盗賊共の浸透を止められなくて…いずれはここも破られて山脈内の街道もあいつらの手に落ちていただろう…。なんどもなんども男爵には増援を要求したのに金がないなどと言いやがって。なのに湖の周りにはバンバン綺麗なホテルを建ててるんだぞ!おかしいじゃないかこんなの!」
隊長さんがギムレーの政治を批判し始めた。
検問所にいた兵士たちもその気持ちは同じらしく隊長の言葉に涙を流して頷いていた。
つーか結構やべぇ話だよ、山脈への浸透を許してた後だったらかなりやばかった。
盗賊を討ったのはけっこうギリギリのタイミングだったのかも知れない…。
「ならばあなた方も来ますか?」
「え?私たちもですか?」
「そうです。正義の鉄槌をギムレーに下してやりましょう。わたくしたちの軍勢に加わりなさい。あなたが背負ってしまった罪と恥を共に雪ぎに行きましょう。その志があれば、わたくしはあなた方を歓迎しましょう」
私は隊長さんに手を伸ばす。
そして彼は恐る恐る私の方へ手を伸ばし、私の手を握った。
「お願いします…私たちに正義をください…」
隊長さんは涙を流しながら私の手を両手でつかみ懇願している。
その後ろにいる検問所のエレイン州軍の兵士たちも私に期待の眼差しを向けて、頭を下げた。
「ええ、わたくしはあなたたちに正義を与えましょう。ようこそ。わが軍へ。さあ行きましょう!諸君!この山を越えた先に我らが怨敵がいる!わたくしについてきなさい!」
私のその掛け声と共に、隊長さんとエレイン州軍の兵士たちは、閉じられていたゲートを開く。
これで私たちの進撃を阻むものは何もない。
「続け!御名代様に続け!わたしはあなたの刻む足跡に続くことを誓います!そしてあなたにこの命と忠誠を捧げます!続け!皆も続け!御名代様に続けぇ!」
ラファティがそう叫ぶ。そして兵士たちもそれに続く。エレイン州軍の兵士たちも続いてくれた。
「「「「「我らはあなたの正義と大義に忠誠を誓います!続け!御名代様に続け!続け!続け!続けぇぇぇ!」」」」」
この場にいる兵士たちと私は検問場でありったけ叫んだ後に、車に乗りゲートを通過しエレインに向かった。
ギムレー家の本拠地でありこの州の経済の中心地。
州都エレインは山脈の中にある広い高原、その湖の畔に存在している。
そこへデメテル盆地から行くには山脈の間をクネクネと通っている道を走らないといけない。
逗留した村から山脈の麓までは大した距離はなかった。
すぐに州軍の車列はエレイン州軍の検問所の前に辿り着いた。
ここは盆地よりも少し標高が高く、デメテルの風景がよく見える。
監視場も兼ねているのだろう。
山脈に向かう道路と盆地の間にはゲートが設けられており、その周囲に砦が設けられている。
だけど山賊たちのに比べれば大したことない。
ごり押ししても軽く突破できる。
だけどそんなことをする必要は私にはなかった。
カドメイア州軍の車はゲートのすぐ近くで止まった。
そして車からうちの兵士たちが飛び出してきて、ゲートの前に堂々と整列する。
検問所の砦の中にいるエレインの州軍の兵士たち(装備の更新がないようで、古めかしい騎士みたいな恰好をしていた)は慄いていた。
そりゃいきなり来るはずないお隣の州軍が目の前に来たら誰だってビビる。
それでも職務に忠実な奴はいるものだ。
検問所から一人の兵士が出てきた。
どうやらここの責任者である隊長のようだ。
ここは戦略的要衝なのでその責任者ということはギムレー家直臣の武官だろう。
見るからにビビってるけど、堂々と私たちに問いかける。
「君たちはカドメイア州軍なのか!?そうであるならば、君たちのやっていることは州境侵犯であり、重大な犯罪行為である!すぐに武装を解除し投降せよ!」
一応法律に則った正しい勧告だ。だけどそんなの意味がない。
こちらは検問所に比べれば圧倒的な大軍なのだ。まあ出てきた隊長さんだってそんなのわかってるんだろうけどね。
だから私が代表して、その隊長さんの前に立つ。
私は話がスムーズに行くように、学園の学生手帳と王国の発行している貴族身分を証明する手帳を開いて見せつける。
(ちなみにどちらの身分証にも白黒の顔写真がついている。だけど名前には『ジョゼーファ』としか書いてない。私の苗字無しはこういうところまで徹底しているのだ。父のこの執念がよく理解できない…)
「はじめまして、わたくしはジョゼーファ・ネモレンシス。カドメイア州辺境伯の長女です。お騒がせして申し訳ありません。わたくしは、王太子殿下が主催する王立アリアドネ学園一年A組の修学旅行に参加するために、州都エレインに行かなければなりません。通行の許可をいただけますよね?話は聞いているでしょう?違います?」
一応私は王太子とディアスティマ・ギムレーに、兵士を連れて車で陸路で行くからよろしくぅって言ってある。
「待て待て待て!たしかにアイガイオン家のお嬢様がここを通ることはギムレー本家から聞いています!実際州境に我々の迎えを出していますし…残念ながら合流は出来ていないご様子ですが…。ですがいくらなんでもこれは!これはいくらなんでも大軍過ぎます!通行を許可なんてできません!」
「ですが連れていく兵士の数については特に何も言われませんでした。つまりわたくしの任意の人数を連れていってもとくに問題ないのでは?」
だから口約束はいけない。
細部があやふやになるから私みたいなやつにその隙を突かれてごり押しされる。
「いや!だからって常識的な数がありますよ!護衛ならそれにふさわしい数が当然…」
「それは何人ですか?」
「え?いや…5人…いや多くてもせいぜい20人から30人とかくらいですかね?」
「ですがこの地には野蛮な盗賊の大軍が跋扈していますよね?ここら辺一帯の女性たちの中にも哀れなことに被害にあわれた方がいるとか…。ですからわたくしはここを通るのに安心できる適切な人員を用意しただけに過ぎません」
「うっ…!それは確かにそうなのですが…」
隊長さんは言葉に詰まってしまう。ここからが『攻撃』の始まりだ。
「そう、この地は現在治安に大きな不安があります。なのにわたくしがここを通るとギムレーのご長女様に申告したときに、治安の不安については特に触れられることがありませんでした。このことについてはいかがですか?もしかして作為的に領内不安の情報を通告しなかったのでは?わたくし相手に虚偽の申告を行ったのでは?」
あの女に私を貶めるための嘘をつく知能なんてない(笑)。
だけどこの場にいないやつが悪いことをしたって主張しても誰も反論なんてできないのだ。
大変申し訳ないけど、かわいいディアちゃんには私がここを通る言い訳になってもらいたい。
「いえ…そんなこと…。王都の学園にいるディアスティマさまは領内のことについては疎いので…」
「王太子殿下を含め王国の高位貴族のご子弟たちをご自分の領地に招待しているのにですか?お粗末ですね。わたくしには信じられません。貴族の長女がそんなにも愚かだとは思えません!あわよくばわたくしがここで盗賊の手に掛かり亡き者になることを期待してるかのようではないですか?!」
こういう欺瞞はけっこう好きだ。
武略とは武器を手に取ることだけじゃない。
言葉だって相手を惑わし翻弄することが出来る。
「そんなことありません!ギムレー家はアイガイオン家とは領地を接しており、400年近くもの間友好関係を築き上げてきました!そのような陰謀をギムレー家が組むはずありません!誤解です!」
「誤解?誤解なものですか!実際にわたくしはここに来る途中に盗賊の砦を見つけました。このような不正義が放置されていることに、わたくしの胸は痛み悲鳴を上げたのです!大軍を連れてきて良かったですよ。彼らを無事殲滅できこの美しい地に平和を取り戻せたのですから」
やってることの時系列がおかしい?うん知ってる(笑)。
私はわざと因果関係をぐしゃぐしゃに語ってる。
「え…盗賊を倒した…そんな…」
「本来ならばそれはあなた方ギムレー家の仕事ですよね?まあ、わたくしたちは正義のために盗賊を討伐したに過ぎません。恩に着ろとは言いませんよ。わたくしたちが偶然遭遇してしまったに過ぎないだけですからね!」
「…遭遇されてしまった?…不味い…そんな」
さてこれは現場の兵士からすれば大失態だ。
正規兵に護衛された貴族令嬢を盗賊たちが襲う可能性は低く見積もってもいい。
実際あの盗賊たちはそこそこ頭が回るからそんなことはしないだろう。
カドメイア州軍の旗を出しておけば盗賊たちはスルーしただろう。
というかギムレー家は私がデメテルに来たら迎えに行くつもりだったわけで安全な通行は保証されていた。
多分砦に向かわずに順当な街道を行けばギムレー家の兵士たちが待っていたんだろうね。
だから私の通行に本来なら問題は起きないはずだった。
だけど私の動きがギムレーの動きよりも圧倒的に早かったから捕捉できなかったわけで。
なのにまさかの盗賊との遭遇、そしてその上で返り討ちにして盗賊を殲滅した。
ギムレーは失態を重ね過ぎた。
だけどここまでなら外交の場に持ち込めばうやむやに出来る。
もし私がギムレーの立場なら、大軍で州境を超えた法的過失を徹底に責める。
ギムレーだってカドメイア州軍の兵士が護衛レベルの少人数だと思っていたからこそ領内通行の許可を出したのだしね。
だまし討ちしているのは私たちの方なのだ。
だから外交なら逆転勝利の可能性が十分以上にある。
だけど今目の前の隊長さんにそれは判断できない。
目の前には大軍がいて命の危機を感じているだろうし、現場レベルでの客人保護にしくじっているという負い目がある。
だからもう隊長さんに冷静な判断なんて出来ない。
(ただ今回のこの杜撰な通行許可の出方には若干だが、私があわよくばマジで死んだらいいのにってギムレー男爵が思っている節を感じる。そしてそれを事故として処理したいみたいな甘い考えを感じる。そんなんだから政治がわかってないって言われちゃうんだよ)。
「くそ!だからアイガイオン家のお嬢様がデメテル盆地を通ることに反対したのに!王子が承認したからやるってなんだよ!ばかじゃねぇのかよ!軍事音痴の男爵はこれだから!くそ!ちくしょう!」
隊長さんは自分の主人に対して憤っている。いいね、ここまで来れば落とせる。
「隊長さん。わたくしはこのような不正義を放置するギムレー家を到底許せそうにありません。わたくしはここを通ってギムレー男爵に罰を与えとうございます。許可をいただけませんか?正義を執行する許可を!」
私がここを通過する大義名分はもともと『バカンスに行くため』だった。
だけどここで一大義名分をすり替えて置こうと思う。
『ギムレーに正義の罰を与えるため』にという大義名分に書き換えるのだ。
「私に正義の許可を求めているのですか?」
「ええそうですよ、隊長さん。ここを守るあなたの手に正義が行われるか否かがあるのです。正義を行うわたくしを通すか否かを決められるのはあなたなのです!」
「私の手に正義がある…?」
バカンスの為に通すよりも、正義の実現のためという方が職務を破る罪の意識は軽いだろう。
「あなたは職務に忠実である善良な兵士です。だからわたくしを通すことに抵抗がおありのようですね。でもあなたも本当はギムレーの失政に憤っておいででしょう?ここからはデメテル盆地がすべてよく見えます。あなたは盗賊たちに荒らされるこの地に心を痛めておいでではなかったのですか?」
知ってるかい?人ってこういう風に言ってやると記憶をすぐに書き換えるんだよ(笑)。
「…そうだ。私もここの生まれだ。この地を守ろうと兵士になったのに…。盗賊たちをここから監視するだけ…。そのくせ人員が足りないから最近は山脈にまでも盗賊共の浸透を止められなくて…いずれはここも破られて山脈内の街道もあいつらの手に落ちていただろう…。なんどもなんども男爵には増援を要求したのに金がないなどと言いやがって。なのに湖の周りにはバンバン綺麗なホテルを建ててるんだぞ!おかしいじゃないかこんなの!」
隊長さんがギムレーの政治を批判し始めた。
検問所にいた兵士たちもその気持ちは同じらしく隊長の言葉に涙を流して頷いていた。
つーか結構やべぇ話だよ、山脈への浸透を許してた後だったらかなりやばかった。
盗賊を討ったのはけっこうギリギリのタイミングだったのかも知れない…。
「ならばあなた方も来ますか?」
「え?私たちもですか?」
「そうです。正義の鉄槌をギムレーに下してやりましょう。わたくしたちの軍勢に加わりなさい。あなたが背負ってしまった罪と恥を共に雪ぎに行きましょう。その志があれば、わたくしはあなた方を歓迎しましょう」
私は隊長さんに手を伸ばす。
そして彼は恐る恐る私の方へ手を伸ばし、私の手を握った。
「お願いします…私たちに正義をください…」
隊長さんは涙を流しながら私の手を両手でつかみ懇願している。
その後ろにいる検問所のエレイン州軍の兵士たちも私に期待の眼差しを向けて、頭を下げた。
「ええ、わたくしはあなたたちに正義を与えましょう。ようこそ。わが軍へ。さあ行きましょう!諸君!この山を越えた先に我らが怨敵がいる!わたくしについてきなさい!」
私のその掛け声と共に、隊長さんとエレイン州軍の兵士たちは、閉じられていたゲートを開く。
これで私たちの進撃を阻むものは何もない。
「続け!御名代様に続け!わたしはあなたの刻む足跡に続くことを誓います!そしてあなたにこの命と忠誠を捧げます!続け!皆も続け!御名代様に続けぇ!」
ラファティがそう叫ぶ。そして兵士たちもそれに続く。エレイン州軍の兵士たちも続いてくれた。
「「「「「我らはあなたの正義と大義に忠誠を誓います!続け!御名代様に続け!続け!続け!続けぇぇぇ!」」」」」
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