軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

文字の大きさ
150 / 212
第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第12話 上陸阻止作戦後編

しおりを挟む
 すでにビーチでの戦闘は終局に向かいつつあり、特に私がドンパチやる必要はなかった。だから私は砂浜に座ってラファティのバトルを見届けることにした。
 海面の上に立つ海賊のボスに向かって、ラファティの乗るボードはものすごい速さで水面上を滑っていく。
 
「ちぇっすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 
 ボスの目の前まで滑ってきたラファティは思い切り叫びながら、右手のサーベルを海賊に向かって振った。
 そのするどい剣筋は確実にボスの首筋を捉えていた。

「海の上を滑れるくらいで、俺が殺せると思うなよ小娘!」

 ラファティの剣は海面から伸びてきた水の柱によって弾かれる。さらにその水の柱はクネクネと動いてラファティに迫って来た。

「ちっ!気持ち悪いなぁ!」

 ラファティはボードを巧みに操って、ボスから距離を取る。だが水の柱はラファティの背中を追い続けてきた。

「逃げ場はないぞ!俺が操れるのはこの海すべての水だ!その板から叩き落してやるよ!」

 ボスは剣を鞘から抜き、それをラファティの方に向かって振るう。するとラファティの足元の水面が揺らぎ始めて、まるで噴水の様に柱が吹き上がった。ラファティはボードごと宙に弾かれる。

「へぇ…でもこの程度の波なら楽勝なんだけど!水を操れるのはあなただけじゃないよ!事象を変奏せよ!結晶よ凍てつき、大地に降り注げ!」

 ラファティが魔法を発動させる。すると彼女の周囲の水しぶきが凍り、やがてそれは柔らかそうな雪になった。その雪の上にラファティはボードで着地して、そのまま軽やかに滑り海面まで戻ってきた。スノボなのか、サーフィンなのか。なんとも言い難い不思議なバトルになってきた。

「ほう!氷使いか!だけどな!これだけの量を果たして凍らせることが出来るかな!?」

 ボスは自信に満ちた声を上げて、自身の周囲に水の柱たちを作り出した。そして再び剣をラファティの方に向かって振るう。すると水の柱がラファティに向かってものすごい勢いで飛んでいく。極大の水鉄砲と例えるのが適切だろうか。だけどあれ能力のくせがあるみたいだ。どうやら水の柱の進行方向は、身体動作で表現しないとターゲット出来ないみたいだ。

「だからでかけりゃいいってもんじゃないんだって。なんで男はそういうのがわかんないのかなぁ?あらよっと!」

 ラファティは水鉄砲がぶつかる直前に水面から宙に向かって跳ねた。そして水の柱の上に着地し、そのままボスの方に向かって滑っていく。

「なにぃ?!なんで滑れるんだよ?!水流はお前の反対なのに!?」

「お化粧の秘密を男に教える女はいないんだよね…そんなの聞いちゃうからモテないんだよ」

 ボスにはわかってないらしい。だけど私には見えていた。ラファティは厳密には水の柱の上を滑ってない。水の柱がまき散らしている水滴や水蒸気をそのまま凍らせて雪にして滑っているのだ。雪は滑ってすぐに溶けているから見えづらいだけ。まあ解説は簡単だけど、よくそんな緻密な魔法操作が出来るよねって思う。まじで原作最強キャラクターの一角にいる隠しキャラだけあるよ。ラファティさん最強です。

「ほら二回目チェストぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ラファティは再びボスに肉薄し今度は胴を狙う。だが残念ながらまたもその剣は防がれる。今度現れたのは柱ではなく渦だった。ボスの体を激しい渦が取り囲み、その勢いに剣は弾かれたのだ。

「次から次へと…!大人しく刎ねられて欲しいんだけど!」

 ボスの横を通り過ぎながらラファティは悪態をついていた。けっこうイラっとしている。声はいつもと違って甘ったるい感じがなく、すごくとげとげしい。

「ほざくなよ小娘!俺はこの水流操作で海の頂点に立ったんだ!攻防一体の万能スキルなんだよ!!」

 渦を解除して、またも水の柱を作り出して、ラファティに向かって撃ちまくる。そのすべてをラファティは軽やかに躱していく。

「キリがないな…。どうしようかな…」

 ラファティはボードの上で腕くみしながら考え事を始めた。その間も水鉄砲や噴水などの攻撃は続いていたが、そのすべてを華麗なサーフトリックで躱していた。

「トリックキメるのも飽きてきたなぁ…。あっ!いいこと思いついた!事象を変奏せよ!この情熱はすべてを焦がすものとなれ!」

 彼女はすごく悪い笑顔を浮かべて、呪文を唱える。すると右手のサーベルの切っ先が真っ赤に熱せられる。そのままその切っ先を海面に漬ける。するとそこから爆発的な勢いで蒸気が発生する。

「何だ?!目くらましか!くそ!」

 ラファティはボスの周りをぐるぐると回った。彼の姿は蒸気に包まれて見えなくなってしまった。

「くそ!来るなら来いよ卑怯もん!!どうせ俺の渦を剣で切ることなんて出来ないんだからな!」

 蒸気の中からボスの啖呵が聞こえてくる。だけどラファティはどこ吹く風と言った調子だ。一応何度か適当な魔力弾を造って海賊の方に飛ばした。

「はっ!この程度の威力で俺の渦は超えられないんだよ!わはははははは!」

 海賊さんのドヤ顔決めてそうな声が響いてくる。そんな虚しい声をガン無視しながらラファティはサイドポーチから両側にフックのついた巻取り型のワイヤーリールを取り出す。もともとはクライミングや山肌を降りるときに使うような奴で軍の支給品の一つだ。片方のフックのワイヤーを少し伸ばしてそれをソードブレイカーの柄と鍔に巻き付けてしっかりと結ぶ。もう片方のフックを腰のベルトに引っ掛けてから、ラファティは呪文を唱え始める。

「事象を変奏せよ。汝は我が軍の目たる斥候。汝は我が軍の牙たる猟犬。汝は我らに勝利を齎せ!」

 呪文を唱えながら、ラファティはソードブレイカーの刃を優しく撫でた。一瞬刃が光ったが、それはすぐに収まった。そしてラファティはソードブレイカーを海にわざと落とした。そのままソードブレイカーは沈んでいく。それとともにリールのワイヤーがドンドン伸びていく。ラファティはソードブレイカーの代わりに予備のサーベルを抜いて、左手に構えた。

「どうした!小細工はもう終わりか!所詮はこんなもんか!」

 蒸気の向こうからはまだボスの威勢のいい声が響いていた。だがそれに対してラファティはとても冷たい顔をしていた。

「ねえちょっと聞きたいんだけど。ここら辺の海域ではよく両手両足に重りをつけられて沈められた子供の遺体が見つかるんだって。多分人身売買の被害者だと思うの。生きたまま海に捨てられて溺死させられてるって話。もしかしてあなたたちの仕業?」

 この話は初耳だ。だけどそういうことがあってもこの世界じゃ不思議とは思えない。ラファティがそれを気にするのはよくわかる。普段の彼女は憲兵で、主にお巡りさんと刑事をやっているのだから。それにしても惨すぎる話だ。

「あん?ああ、それなら俺たちがやった」

「なんで?」

「子供を売るときには管理に気をつけなきゃならない。あいつらはわかってないからすぐに逃げ出そうとする。だから見せしめに一人選んで海に捨てるところを見せるんだ。それで大人しくなるんだよ。それで管理コストが浮くんだ。経営者なら当然の行動さ!あとついでに言えば航海の安全を祈願してって奴だよ。俺は信心深いんでな。女神様のご加護ってやつが欲しいんだよ。ひゃはははは!」

「下種め…」

 2人が話している間に蒸気はとうとう消えてしまった。海賊の姿が再び見えるようになった。

「これで小細工は終わりにするよ。わたしの本気の本気を見せてあげる」 

 ラファティは二本のサーベルをとても見栄えのする型で構えた。敵であっても惚れ惚れするような美しさが今の彼女にはあった。実際ボスもどこかと見惚れてる。

「お前いい女だな。どうだ。あの貧乳のお嬢様じゃなくて俺に仕えろよ。俺の強さはよくわかったろう?俺の女になるなら」

 馬鹿だなぁほんと。男の人ってどうして敵の女をすぐに口説こうとするの?あと私は別に貧乳ではない。この制服を着ているときは胸が小さく見えるだけ。マジでなんだよ。でかくても小さくてもどっちでもいいだろ!なんで皆私の胸のサイズを気にする!他のことを気にしろ!ほんとムカつく!
 
「ごめんなさい。好きな人いるんで。てか犯罪者と付き合うわけないでしょばーか!生まれ変わって出直してきなよ!」

 当然ラファティは、ニヤリと笑ってそれをお断りする。それを聞いたボスはなんか悔しそうにプルプル震えてる。それを見て私はちょっと溜飲が下がった。

「いいだろう…!お前はここでボコして拉致ってやる!持って帰ってそのはねっ返りを躾け直してやるのも一興だ!」

「好き勝手ほざくな!いますぐにその妄想ごとお前を斬り捨ててあげる!」

 ラファティはボードを一気に加速させて、ボスに迫る。そしてその勢いを乗せて、三度彼の首を刎ねようと剣を振るった。

「何度やっても無駄だ!」

 またもその剣は渦に弾かれる。だがラファティの口元は喜悦によって歪められていた。

「ねぇ。あなたは歩けるから忘れてるかもしれないけど、ここって海の上なんだよね」

「だからなんだ?そんなの言われんでもわかって…」

「わかってないよ。だからわからせてあげる!事象を変奏せよ!喰らいつけ!我が猟犬!」

 ラファティは呪文を唱えた。すると突然ボスを守る渦に赤い色が混ざった。

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

 そして渦の向こうからボスの叫び声が響き渡る。そして渦の発動が止まり、中から腹を大きく切り裂かれたボスの姿現れた。その大きな傷口を必死に抑えていた。どうやら痛みによって渦の制御の集中が途切れたようだ。

「何だこの剣は…!?いったいどこから!?まさかワープさせたのか?!」

 海賊の持つ剣に、さっきラファティが落としたソードブレイカーが絡みついていた。よく見ればソードブレイカーにはべっとりと血がついている。腹を切り裂いてそのまま武器まで絡めとったようだ。

「そんなすごい技が使えるなら最初から使ってるよ。言ったでしょ。ここは海だよ。あなたの渦のシールドは確かに大したもんだよ。大質量の水に高出力の勢いがのってるから魔法や剣で突破するのは容易じゃない。全方位に死角がない。上空からでも無理。でも足元は違うよね」

「足元…。まさかお前、剣を泳がせたのか?!」

「その通り!剣は海の中を進んであなたの足元で待機した。そして渦が発動してあなたが慢心するときに…飛び出したの」

 なかなか恐ろしい戦法だ。まさかファンタジー世界の異能バトルで魚雷戦を見られるとは思わなかった。ラファティの異能の使い方は本当に千変万能。実際原作のRPGバトルでも一番テクニカルなバトルが出来るキャラだった。やりこみ動画では彼女の使用が一番人気だった。

「一応。お嬢様に倣って、降伏勧告するね。今投降すれば命は保障してあげる。ここいら一帯の海賊をしめてるってんならこっちとしてもいろいろ聞きたいことあるもの。麻薬の流通とか、人身売買被害者の輸送とかあんたたちがやってるんでしょ?きりきり吐くなら殺さないであげる」

 悲しいことだが海は犯罪の舞台になりやすい。麻薬組織や人身売買業者は海賊と組んで違法な巨大流通網を作り上げている。この男はその一角でしかないだろうけど、逮捕できたらそれなりには闇を掃えるかもしれない。

「だがな!おれはまだ負けてねぇ!」

 ボスは再び渦を発動させる。同時にワイヤーが渦に絡めとられていきドンドンとボスの方に巻き取られていく。

「このままワイヤーごとお前を渦に飲み込んでバラバラにしてやる!」

 確かにこのまま行けばラファティはワイヤーに巻き込まれて渦に飲み込まれてズタズタにされる。だけどそんな浅知恵に負けるようなら最強とは言えないんだ。

「あーあ。ここで力比べしちゃうのか…。生け捕りにしたかったなぁ…愚か者め。事象を変奏せよ!雷よ!蛇の如く絡みつけ!」

 ラファティはワイヤーを掴んで、そこに魔法で創った電流を流す。その電流はワイヤーを伝って一瞬でボスの下へ届いた。

「ぎゅああああああああああああああああああああああ!あああああああああああああああああああああああああ!」

 激しい電流に晒されたボスは苦痛の叫びをあげる。すぐに渦は解除されて水は海面に落ちていく。だがワイヤーはそう単純な動きをしなかった。ぐるぐると渦の中で運動していた慣性までは消えない。

「ぎゃひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。ぐあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 めちゃくちゃな動きをするワイヤーがボスの体に絡まり、そして切り刻んでいく。四肢も胴も首も頭も細切れになって、海へとボトボトと落ちて行った。あとはきっと魚の餌だ。あまりにも哀れすぎる死に方。ラファティはその残虐な光景を最後まで見届けた。

「良かったね。自分の王国で死ねるなんて、あなたはとっても幸せだった。だから海の底で永遠に詫び続けなさい。お前が殺した子供たちにね」

 こうして私たちは海賊の上陸を阻止し、すべての作戦は私たちの勝利によって終わったのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した

無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。  静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...